8人が本棚に入れています
本棚に追加
当たり障りなく、小鳥遊が口を開く。
「それはもちろんですが、焦らず、ゆっくりと社長には休んでもらい、記憶を思い出すことを願ってます。だから、今はなるべくそっとさせています。ええ。社長が崖から転落するなんて信じられませんでした。あの運動神経がいい社長に限ってそんなことがって思いました」
「社長さんは運動神経がよかったんですね。現場検証しましたが、あの辺は外灯が少なくて、とても暗いですね」
「確かに、あの辺は夜になると暗いし、危ないです。ですが、社長はあの辺をかれこれ、十年もジョギングコースにしています。社長にとっては慣れたコースです。だから、崖から転落するなんて...」
ならば、石原は自分を護るために敢えて崖から転落したというのか?
「あの、社長さんはバンクシーが好きなんですか?」
「ああ、あの絵ですか」
神崎は壁の「ラフナウ」を見上げ、相槌を打つ。
「社長さんは美術に興味があったんですか?」
「ええ。やはり、取引先の社長さんなんか、美術に造詣が深い方が多いので、仕事を円滑に進めるために美術を勉強しておりました。おそらく今、ホットな芸術家といえば、バンクシーですから。社長は新しもの好きでしたから」
「なるほど。あの、社長さんはスプレー缶なんて購入したことはありませんか?ほら、落書きをする際に噴霧するスプレー缶です」
「ほほう。社長は殺人事件の容疑者ですか」
露骨に神崎は嫌な表情をした。
「すみません。被害者の落書きがあった場所の近くにおりましたので...」
小鳥遊は平謝りをした。神崎ははっきりと言い放った。
「社長はスプレー缶なんて買いません。それから落書きなんて致しません!」
最初のコメントを投稿しよう!