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 能弘から雅美に携帯電話がかかってきた。表示を見たとき、雅美はまさかと思いながら電話に出た。 「あ、ええと、御岳さんの電話ですよね?」  能弘は他人行儀に訊ねる。仕方ない。今は記憶がないのだから。 「あ、はい、あの、どうしました?」 「いえ、そのう、思い出したことがありました」  まさに吉報だった。 「あ、今、どこにいますか?」  雅美は渋谷にあるコーヒーチェーン店を目指した。窓側の席に畏まって能弘が座っていた。雅美は周りを見回した。確か、彼はまだ容疑者なので、刑事がどこかで張り込んでいるはずだ。  雅美が能弘の前で一礼する。能弘は立ち上がってお辞儀を返す。見た目は彼なのに、こういう、らしくない行為が、彼は石原能弘ではないという錯覚を突き付ける。 「あの、何か飲みますか?」  能弘は気を遣って飲み物を訊く。そこも、らしくないが、雅美はここは飲み込む。 「お構いなく。で、何か思い出したんですか?」 「あの、僕、美術館である絵を見ました。湖の上を華麗に踊る妖精が描かれてたような...。でも、記憶は朧気で...」  その瞬間、雅美は立ち上がった。 「石原さん、お時間ありますか?」  二人は列車に揺られて強羅駅に到着した。シーズン中ということもあって、駅構内は混雑していた。中には修学旅行中の学生たちもいて、熱気をはらんでいた。  雅美は能弘と渋谷を出て、鉄道で箱根まで向かうことにした。もちろん、そのような方法を選んだのは、警察をまくためだ。車で向かえば、警察にとって、追跡が容易になる。鉄道路線を使えば、人込みに紛れて追跡をかわすことができる。
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