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            3年後  御岳征を乗せた車椅子を押して雅美は、病院の屋上に出た。ここは満開の桜が望める特別なスポットだった。  ぽかぽか陽気の下、征は目を細めながら、桜を眺める。 「綺麗だ。カンバスに収めたいな」 「綺麗ね。外泊の許可をとったから。お父さん、久々のお家だね」 「しばらく、桜もお預けか」 「あのね、家の近所の公園に桜が咲いているから。家に帰ってもお花見はできるよ」  三年前、父親の征は脳溢血で倒れ、左半身が麻痺してしまった。一時はもう、絵描きとしては無理だろうと世間では噂された。だが、懸命のリハビリと周りのサポートもあって、画家としてカムバックした。だが、車椅子生活は余儀なくされた。  世間を騒がせたバンクシー殺人事件は、石原能弘の自供で幕を下ろした。記憶を取り戻した能弘は、自分が殺人を犯したことを思い出した。記憶が封印されたことで、彼の中の異常性が鳴りを潜め、記憶を取り戻した瞬間、その異常性に気づき、恐れおののいた。  石原能弘は今も鑑定留置だ。精神鑑定の結果しだいでは娑婆に戻ることもあり得た。  雅美は能弘とはまだ会ってはいない。彼は過去の人間になろうとしていた。 「そういえば、猪俣さんの娘さん、美大に受かったそうじゃないか。やっぱり、雅美の教え方が良かったんだろう」  征は嬉しそうに言った。 「麗華ちゃんが優秀なのよ。それに、わたしは受験のためのテクニックしか教えられないし。本当の意味で芸術家肌ではないよ」 「そうか。まあ、それも悪くはない。いつか描きたいと思ったときに描けばいいさ。ああ、わたしは本当に罰を受けてしまったようだ」  前に征に私生児がいたことは、雅美も聞いていた。ただ、その子どもとは会っていないし、これからも会うつもりはないという。  以前、ポーラ美術館の駐車場で、背後からわたしに抱きついてきた男はおそらく、征の息子だろう。きっと兄妹の匂いを感じたのかもしれない。 「誰しも過ちは犯すもの。だから、わたしたちは過ちを犯したものを非難する資格はないと思う」
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