第一話 由香奈と春日井

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 クレアを待たせてしまったと慌てて海の家に戻ってみれば、先に焼きそばを食べていた彼女にけろりと言われた。 「海の中で抱き合ったまんま時間を止めてたからさ、放っておいたんだけど」  ふたりして顔を真っ赤にしながら、クレアと同じゲソ入りの焼きそばを食べた。  それはそうと、クレアは奇妙な絵柄のグラフィックTシャツを数枚買いこんできていた。 「夏といえばダサTだよね。見て、この絶妙なダサさ。サイコー」  そう言って由香奈と春日井に一枚ずつくれた。午後にはこれを着て歩けと言う。さっきは由香奈にパーカーを脱げと強要したくせに。露出を減らせるのならなんでもかまわないのだが。  かき氷も食べてから浜辺に出ると、春日井はまたまた子どもたちの集団に連れ去られ、由香奈とクレアはのんびりと波間で涼んだ後、また別の女の子と一緒に砂遊びをした。  その子が持っていたおもちゃのバケツを型にしてクレアはなんと砂のお城を作ってしまった。さすがクリエイターだ。  日が傾きかけるまで遊んで、それからお土産を買おうと着替えをすませてから売店へと行った。園美さんたちフラワーのスタッフさんへの分と、子どもたちのおやつ用に大容量のお菓子を選ぶ。 「管理人さんには何がいいでしょうか?」 「そうだなぁ」  藤堂が喜びそうなものに見当がつかない由香奈は、甥である春日井の見立てをあてにしているのに、彼は何やら遠い目になっている。 「春日井さん?」 「あ、いや。そういえばって思い出して。クルマ貸してって頼みに行ったとき、海はいかん、とかって怖い顔して止められたんだよね、はじめ」  いつも怖い顔をしている藤堂のもっと怖い顔を想像できなくて、由香奈は首を傾げる。 「どうして」 「ん、俺も疑問だったんだけど。今、わかった気がする……」  何がいけないのか由香奈はちょっと納得いかない。 「海、いけませんか? 私はまた来てもいいかなって思いました」  春日井の着ているダサTの裾を引っ張って主張してみる。 「せっかく水着も用意したのに」 「そうだよね、また来よう」 「はい。そしたら私、今度は浮き輪も準備します。あると楽しそうだなって」 「そうだね」  浮き輪があっても、彼を独り占めできないかもしれないけれど。言葉にするまでもない微妙な思いをこめて見上げていると、春日井も由香奈を見つめ返してくれて。 「おーい、そこのバカップルー。また時間を止めてないで早く帰ろうよー。自腹でまた来るならあたしは遠慮するからなー」 「え、そんな」 「いやいやマジかんべん。それより、あたしもTシャツデザインしようかなあ」  クレアに急かされ、結局藤堂にはとっさに選んだイカのストラップをわたすことになったのだった。      ~第一話 おしまい~
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