10人が本棚に入れています
本棚に追加
女の子の丸い瞳を見返していたら、恥ずかしいと思う自分が恥ずかしいのでは、という気がしてきた。
「何も恥ずかしくないか」
「うん、おねえちゃんかわいいもん」
なんの理屈も通っていない女児の言葉だったが、由香奈はそのポジティブさに素直に感心する。人の個性や特性をプラスに捉えて褒めることができるのは、この子自身がそういう大人にたくさん愛されて育っているからなのだろう。
やがて砂山にトンネルが開通して、でも流れ込んだ水が砂に染みると、すぐに側面から崩れてしまった。
「あーっ!!」
残念そうな声をあげたものの、「でもかんせいしたね」と女の子はぱちぱちと手を叩いて喜んだ。
するとタイミングを見計らっていたように、赤ちゃんを胸に抱いた女性が近寄ってきて由香奈に会釈した。
「すみません、うちの子が遊んでもらっちゃって。ちゃんとお礼を言って」
「うん。おねえちゃん、ありがとうございました」
「こちらこそ。楽しかったね」
「本当にありがとうございました。……ほら、ご飯食べに行くよ。砂をちゃんと平らに戻して」
「はーい」
また一緒に砂を均す作業をしてから、お別れをした。
座ったまま母娘の後姿を見送っていると、すっと横から手を差し出された。こちらも見計らったようなタイミングで、ずっと見ていたのかな、と由香奈は顔を赤くしながら春日井の手を取って立ち上がった。
「砂だらけだね」
「ほんとですね」
むき出しの手足にも水着にも黒い砂がこびりついてしまってる。
「海で流そう」
今更のように彼は由香奈の手を引いて導いてくれる。春日井と遊んでいた子どもたちも昼食で家族のところに戻ったのだろう。お昼時で海中にいる人たちは少なくなっていたからざぶざぶと気兼ねなく波間を進む。
胸の下まで浸かったところで海中でスカートを揺らしたり腕をこすったりしていると「ここにもついてる」と春日井が笑って手をのばし、由香奈のほっぺたをぐいっとぬぐった。またまた由香奈が固まっていると、春日井もまたまた謝る。
「ごめん、つい」
いちばん最初に頭を撫でてくれたときもそうだった。子どもたちにするみたいにしちゃってごめん、と春日井は謝ったのだ。そりゃあ由香奈だって、子どもたちにするのと同じようにスキンシップしてほしいとは思わないけれど。
彼はまた由香奈に背を向けて沖を見ながら「いい天気だね」なんてつぶやいている。その背中を視界の端に入れながら、由香奈はそっと胸元の砂を洗い落とした。
最初のコメントを投稿しよう!