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水着の位置を確認してから改めて目を向ける。
細くもなく太くもなく、極端にがっしりしているわけでもなく、ほどよく筋張っている春日井の腕と、長身なぶん見上げるしかない背中をたどり、肩が日焼けで赤くなっているのを発見した。見るからにひりひりと痛そうだ。
由香奈は両手ですくった海水をぱしゃっと彼の背中にかけた。勢いがなくて肩まで届かなかったけれど。
「え?」
「日焼け、痛そうだなって」
「そうでもないけど。そんなに焼けたかな」
春日井はひたすら二の腕の日焼け跡が気になるようで、肩をあげて顔をしかめてから、そういえば、と目線を落として自分の海パンのウエストをめくった。
「跡ついてる。焼けたんだなぁ」
当然、由香奈も目で追ってしまい。春日井は「あ」と慌てて両手をあげた。
「ご、ごめん!」
「…………」
由香奈は何も言わずに、ただ海面を睨みつけた。段々と腹が立ってきた。怒る、というのは、由香奈にとって最も遠い感情で、それなのに、大好きな人に対して腹が立った。大好きなのに。
「どうして謝るんですか」
自分でも聞いたことのない低い声が口からこぼれた。
常にはないことが起こりつつあることを感じたのか、春日井は両手を降参の形にしたままうつむいている由香奈のうなじを見下ろす。
「いや、俺、無神経で……」
「そんなことないです。むしろ春日井さんは私に気を使いすぎです。どうしてですか」
「どうしてって」
「いちいちいちいち謝って。他の人にはそんなじゃないじゃないですか。どうして私にばっかり」
「それは」
「子どもたちには遠慮がないじゃないですか。気遣ってはいても、本気でぶつかってるじゃないですか。だから子どもたちもみんなあんなに懐いて。でも私には、なんか壁があるみたいなのどうしてですか」
「そんなことな……」
「ありますっ!」
きっと睨みあげれば、彼はほとほと参ったというように片手で頭を抱えていた。そんな、うろたえた様子の春日井を見るのは初めてだった。いつだって泰然自若としているのに。
そんな彼を見て、由香奈の怒りは瞬時にしゅぅんとしぼんでしまった。違う。困らせたいわけじゃないのに。
しばし沈黙の圧力が場を支配した。
両手で顔を覆って微動だにせずいた春日井が先に口を開いた。
「……そりゃあ、由香奈ちゃんを子どもたちと同じに扱えないよ」
由香奈は泣きたいような気持ちでうつむいたまま彼の声を聞く。
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