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海の家の裏側に建つ掘っ立て小屋の更衣室を出るとあまりの日差しの強さに目がくらんだ。背後の防風林からはセミの鳴き声がわんわんと耳に入り込んでくる。小屋から続く板のステップを下りて踏みしめた砂地も熱い。
柱の間から見渡せる海の家の休憩所には春日井の姿はなくて、ロッカーに荷物を預けてから砂浜に面した正面側に回ってみると、波の音が響いてくるそこで彼はストレッチをしていた。
「お待たせしました」
「うん、大丈夫」
振り返った彼は普段通りの涼しい笑顔でクレアと由香奈を等分に見やった。特にいつもと変わった様子はない。
はぁっと密かにクレアは肩を落とす。由香奈がメイドになろうがサンタコスプレをしようが反応しなかったこの男はやはり手強い。
「……春日井さん、けっこう筋肉あるね」
「え、ほんと? 大丈夫かな?」
「ダイジョブダイジョブ」
ノリよくやりとりするクレアと春日井に由香奈はついて行けない。ばかりか、ごくごくスタンダードな男性の水着姿として正しく上半身をさらしている春日井をまともに見ることができない。
すると、なぜか春日井の方が恥ずかしそうな顔になった。
「路面焼けの跡が恥ずかしくてさ」
いつも公園で子どもたちと遊んでいる春日井の二の腕にはくっきりとTシャツの跡がついている。
「あ、そだ。由香奈は日焼け止めちゃんと塗りなよ。あんた絶対まっかになっちゃうタイプでしょ」
「うん」
「首の後ろと背中もしっかりね。じゃあ、あたしは売店の方見に行くから。地元のクリエイターさんたちが出店してるんだって。そっちぶらぶらしてくるから。お昼にここに集合ね」
自作の小さなかごバッグから取り出した日焼け止めを由香奈の手に押し付け、クレアはすたすたと駐車場の方にある建物へと行ってしまった。
気を使っているというわけでもなく、彼女がこんなふうに単独行動を取るのはいつものことだ。クレアは自分がどうしたいかをはっきり言ってくれる。だから由香奈は彼女といて気が楽だし、そういうところを見習わねばとも思う。
春日井が由香奈の手の中の日焼け止めを見ながら海の家の庇の下を指差した。
「移動する前にここで塗っていった方がいいよね」
「はい」
由香奈は慌てて手にした容器の蓋を開いて液状のそれをまずは腕にのばした。既に汗ばんでいた肌がべとつく。
むき出しの肩、胸元、首からうなじ、クレアに注意された通りに背中までしっかり、やろうとしたが。上から手を回しても、下から回しても、肩甲骨の間に手が届かない。
由香奈がわたわたしているのを見かねた春日井が言った。
「背中、やろうか?」
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