10人が本棚に入れています
本棚に追加
足元に落としたままの視界に再び波が寄せてくる。予想外に透明度が高くて波頭の影が砂地に映る。その中を、別の影がさっとよぎった。いくつかの小さな点がかたまりになって移動している。
「こっちこっち!」
甲高い声が響いて、タモを持った子どもが由香奈の方へ突進してきた。由香奈はまたよろけて、かたわらの春日井にすがった。
はからずも、クレアの見立て通りに筋肉質な彼の体つきを手のひらで確認してしまう。
「大丈夫?」
「はい」
すぐに離れたが、意外と動揺していない自分に由香奈は気がついた。春日井に触れられたときにはそれだけで緊張して倒れてしまいそうだったのに、自分から触るのは平気なような。
「ごめんなさい」
タモを持った小学生の男の子が謝る。
「魚がいるの?」
春日井は微笑んで話しかけ、その男の子のグループの少年たちとあっという間にうちとけてしまった。
「あっちの岩の方にヒトデがいるよ」
「見たい? 見たい?」
キラキラした目の子どもたちに得意げに誘われては、春日井が断れるわけがない。
「私はここで待ってます」
控えめに由香奈が言うと、春日井は頷き、少年たちに腕を引かれて行ってしまった。
波打ち際に残された由香奈は、少し迷ってから、ビーチサンダルをその場で脱いで海に入った。
この海水浴場は家族連れが多いらしく、浅瀬では小さな子どもが大人に付き添われて浮き輪で波に揺られていたし、もう少し沖では小学生から中学生くらいの子たちがゴーグルやシュノーケルを着けて海中を覗き込んだりしていた。
若者の姿は本当に少なくて、水着の女の子を物色するような輩も見当たらず、それで由香奈は気が楽になっていた。
人の少ない沖を目指すと、ある地点から急に水深が深くなって海水を冷たく感じた。むき出しのお腹まで水に浸かると、水着のスカートがゆらゆらと浮き上がる。
そのまま進んで胸まで浸かる。じりじりと日射しに焼かれていた肩まで沈んでから、つまさきで海底を蹴って体を伸ばし、平泳ぎをしてみた。
元々泳ぎは得意でないから格好はよくない。だけど沖へ沖へと簡単に流されて、足を下ろしてみたときには何の感触もなくて焦った。
慌てて必死に手で水をかいて岸へと引き返す。ほどなく足がついて心底ほっとした。
沖の方を見ると、遊泳区域を示すブイの近くには大きな浮き輪にふたりで掴まったカップルがいて、そうか、ああいうふうに浮き輪があればいいのかと由香奈は思った。
最初のコメントを投稿しよう!