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01/マッチョ転生
「ナイスバルグ!」
「キレてる! キレてる!」
「土台が違うよー!」
「6番でかいッ!」
「デカすぎて固定資産税かかっちゃうよ〜!」
「6番、阿修羅像ッ!」
「仕上がってるよ〜!」
歓声と掛け声の中、鍛えぬかれた雄大なる屈強なマッチョな男達が、ステージの上でポージングをしながら横並びに聳え立つ。
──ここは全日本ボディービル選手権会場。
(ふっ──、いいぞ、もっとだ! もっとくれ!)
「腹筋、板チョコバレンタイン!」
「6番、君は筋肉のギリシャ神話!」
「6番、リアルヘラクレス!」
「腹筋、6LDK〜!」
「その腹があれば核だって受け止められる!」
「日本最大の防衛システム腹筋省!」
(これは今年も手応えがありそうだ。見よ! この肉体美、鋼鉄の腹筋そして、山脈のような大胸筋!)
俺は次々と洗礼されたマッチョポージングを決めに決めた。
鳴り止む事のない歓声と声援が会場に響き渡る。
(もはや言語はいらない。語る言葉なんてない。この肉体のみがッ! この筋肉が! 俺の全て!)
「今回の映えある全日本ボディビル選手権大会の優勝は──」
「……誰だ?」
「………………」
静まる会場内。
『────6番! 中村武志選手です! 』
「「「うあああ────!!」」」
「「「中村! 中村! 中村!」」」
会場が、俺を祝福し割れんばかりの拍手喝采が鳴り響く。
◇◇◇◇◇◇
俺の名前は中村武志26歳。人呼んで【マッスル中村】と呼ばれている。
【2018年 全日本ボディビル選手権 優勝】
【2019年 ミスターオリンピアン 優勝】
【2020年 ミスターオリンピアン 優勝】
そして今回も【2021年 全日本ボディビル選手権 優勝】と輝かしい成績を残している、日本ボディビル会の頂点に立つ超オリンピアン。
そして日本人未到であった世界最高峰のミスターオリンピア2連覇と最高の栄誉を授かっている。
そんな俺は中学生の頃からただ只管、筋トレを続けてきた。
クリスマスもバレンタインも彼女の誕生日よりも、全てにおいて筋トレを優先させてきた。
そして彼女はいなくなったが……。
筋肉はずっと俺のそばにいて強く抱きしめてくれている。
筋肉が妻といっても過言じゃない。
筋肉の「ずっとそばにいるよ」はlikeではない、loveなのだ。
今年の【全日本ボディビル選手権2021】は頂いたので栄誉ある世界選手権の【ミスターオリンピア2021】に挑むべく、これからはガッチリと気合いを入れて仕上げていくつもりだ!
(────ここからが本番だぜ! はははは!)
◇◇◇◇◇◇
「はぁ……はぁ……」
あれ? おかしいな?
今日は全然力が入らない。
減量がいつになく効いているようだ。
早めにジムを切り上げて帰ろう。お腹空いたなぁ……。
帰ってからバナナくらいは食べるべきだな。炭水化物はもう食べられないし、プロテインを250ミリリットル飲んでバナナが、87グラムだから今日の体重増加量は330グラムくらいか……。
朝起きて30グラムは減っていると思うから、今日は300カロリー減らせばいくらか落ちるはずだ。
帰って半身浴をして、それから────。
あっ、やばい、フラフラする。体がヨタつく。早く電車に乗らないと倒れそうだ。
ちょっと追い込み過ぎたか?
いつもとコンディションが全然違う。
バットコンディションだ……。
『──まもなく1番線に電車が参ります。ご搭乗の方は危険ですので黄色ラインまでお下がり下さい──』
俺は電車に乗り込み空いている席を探した。
あぁ、よかった席が空いてた。
この状態で立っているのは辛い。
眠くなってきたな……、少しだけ寝よう。
俺は空いている席に座り、ゆっくり目を閉じた。
(…………………………)
◇◇◇◇◇◇
「──あれー? まだ人乗ってんのぉ? ──ったく困るんだよなぁ……」
「──お客さんッ! ちょっとッ! お客さんッ!」駅員が車内に入ってくる。
「──お客さんッ! お客さんッてばッ!? 終電だよ──ん? ──死んでるッ!? 誰かッ! 誰か──ッ!! 人が死んでるぞ──!!」
もう1人の駅員が慌ただしく駆け寄る。
「──う、うわぁぁぁぁ────! こ、この人! マッスル中村さんじゃないのか!?」
「マッスル中村ってあのマッスル中村か!?」
◇◇◇◇◇◇
(……………………)
(──ん?)
ここはどこだ? あたり一面が真っ白だ……。
俺は立っているのか? 浮いてるのか? 座っているのか? 転がっているのか? 平行感覚もわからない。
フラフラしているのか? ヒラヒラしているのか? ドロドロしているのか?
まるでプロテインのダマになったような不思議な感覚だ……。
これは夢なのか? 夢の中? とても不思議だ。体の感覚がまるでない。実態がない‥‥‥。空気にでもなったみたいだ。
どこからともなく俺を呼ぶ声が聞こえる。
「【──じ──汝──よッ──】」
「【見知らぬ世界に行くならば何が欲しい? 望みを叶えよう】」
「──え? なんだ? なんだって? 」
この変な声はなんだ? どこから聞こえてくるんだ? 頭の中で響いてくる。実に気持ち悪い。
「【汝が知らぬ世界に行くならば何が欲しい? 】」
どういう事だ? んー? 見知らぬ世界?
「はっはーん! これはよくある無人島に行くなら何をもって行きたいのかって事か? 」
ほぅ……よくある質問だ……。心理テストかなんかなのだろう。
「【さぁ──、汝の運命を左右する大切な問いじゃ。よく考えてから答えるがよい──】」
何だかよくわからないけど、俺の運命が決まるような心理テストなのか?
それならしっかりと考えないといけないよな。
まず最初に考えるとしたなら食糧のために狩り道具とかか?
いや、それは一般的過ぎる……。少し軽率じゃないか?
では、筋肉維持の為にもダンベルはどうだろうか?
25キロくらいか? いや50は欲しい。
──いやいやいやいや、無人島だよ?
ダンベル持っていく奴いる? おかしいだろ。
う〜ん、やっぱり糖質、脂質、カロリー、タンパク質には気を付けたい。
狩りをしたところで獲物の栄養価も気になるところだ。タンパク質と脂質とカロリーがわかれば筋肉維持もしやすいだろうし。
(──よし、これだなッ!!)
「俺が持っていくなら、タンパク質とカロリーがわかるアイテムが欲しいかな!」
「【はぁ──!? お、お前、変わっているな……ま、まぁ、よいじゃろう……】」
「俺たちマッチョにとって生命線だからな 」
「【──目覚めよ──、新たな命よ──来れり──】」
────あれ────? また意識が──。
◇◇◇◇◇◇
(──ん? 目が開かない……。なんだ……? 動けないぞ?)
うんんんん──あッ! 開いた!
ボヤけている。視界に光が差し目が痛い。
「アッウ!(痛ッ)」
「ハゥ?(え?)」
「ア、アゥ、ア────、ア────!?(な、なんだ? しゃべれないぞ!? そして声が妙に高い)
男性と女性の話し声が聞こえてくる。
全く何を言っているのかがわからない。異国の言葉?
そもそも、ここはどこだ?
とても仲睦まじく微笑ましそうに笑い合っている空気がする。誰かが顔を近づけてきた。
おっ! だッ、だれだこの女?
見知らぬ赤髪の鼻の高い女性が顔を寄せる。
泣きぼくろが特徴的で街の中ですれ違ったとしたならば、誰もが2度見をしてしまいそうな程、美しい顔立ちだ。
その隣からは、茶色髪の左目から頬にかけて刀傷のある雄健たる男性が顔を出し頬を撫でてきた。
なッ、なにするんだよ!?
その手を振り払おうとした時、自分の小さい手に俺は驚き凍りついた。(え?)自分の手を表にしたり裏にしたり何度も確認した。
小さいのだ。とてもとても小さい。
あっ、あれ? これは誰の手だ? ──え? 俺の手? 本当に俺の手なのかッ!?
「アウアウア──!?(赤ちゃんの手だと!?)」
ど、ど、どうなってんのこれッ!? えッ? 夢? 完全にパニックになっているんですけど〜。
こ、これって、もしかして転生ってやつか?
まてまてまてまて! 俺、死んだの? じゃあ私はだぁれ? 産まれたの? そして転生したの? お、落ちつけ……、俺、落ちつくんだ……。
ちょっと一旦、状況を整理しよう……。
赤ちゃんだが大人の対応だ。
冷静に、冷静になれ。お前は中村だ、あの【マッスル中村だ】
その1、俺は全日本ボディビル選手権の優勝を果たして、そのあとミスターオリンピアに向けて減量をしながら追い込みをかけていた。
その2、気分が悪くなり早めにジムを切り上げて帰宅するために電車に乗った。そしてあまりの空腹と疲労に電車で居眠りをしていた。
その3、そして今、目覚めると赤ん坊の姿で見知らぬ土地で見知らぬ言葉と、見知らぬ人間にあやされている。
あっ、逝ってんな〜、これ完全に昇天してるよ。
死んでるわ……。
どう考えても死んでるよ俺ッ! そして生まれ変わっちゃってるよこれッ!
死因はおそらく減量の追い込みすぎによる餓死だろう。
それ以外に考えられない。なんて事だ……。
そしてさっきから気になるのが、この人の頭に浮かび上がる謎の数字だ。
なんだこれ?
女の方の頭の上には、【140,700/7,220】
男の方の頭の上には、【186,000/17,520】と出ている。
一体なんの数字だ? 名前か?
それともゲームによくあるステータスか何か?
さっぱりわからん。
生前の未練といえば、3度目のオリンピア優勝の悲願が果たせなかった事だ。
今のこの時代はいつの時代だ? どこの国なのだろうか? ボディビルの大会はあるのだろうか? ジムはあるのかな? 美味しいプロテインはあるのかな? できればダマにならないのがいい。
何から何まで頭がグルグルだ。
おそらくこの目の前の女性と男性が俺の両親なのだろう。
若い夫婦だ、生前の俺と大差はないだろう。
身に付けている衣服を見ると近代的には見えない。
経済大国だった日本では、まずお目に掛かる事のない古代ローマのようなファッションセンスだ。まるでファンタジー世界のようだ。
鎧や剣といった代物が壁に掛けてある。
ここが家なのであろう。この建物の作りを見ると冒険者とかギルドとかありそうな世界観だ。
今の心境だって? もうさっぱりだよ。
1つ言える事は鍛えあげられた俺の肉体、筋肉がリセットされてしまった事に絶望している。
──ッ正直、死ぬより辛い……。
あれだけの苦しみに耐えてひたすら鍛え上げてきた己のボディが……、産まれたての赤ちゃんになってしまった事が何よりの絶望だ。だがしかし、悲観してても仕方がない。
くよくよしてても筋肉は戻ってこない。
せっかくもらった命だ、マッスルメモリーを信じよう。
とにかく1からまた鍛え上げていくしかない。
幸にも俺には記憶と知識がある。
生前、死に物狂いで勉強してきた筋トレの知識だ。今から鍛えれば生前の俺をも超えられるかも知れない。
オラわくわくすっぞ、なんてな……、空元気……。
とにもかくにも今できる事に最善の努力をしよう。
ここが、どんな世界なのかもまだわからない。
今出来る事は──ん──。
出来ることは──。
寝返りはできない。
腹筋はできない。
首は上がらない……。
まだ首が座っていないな。
これでは何もできないぞ。
はっ!
そうだ! 腹式呼吸だ!
ストマック・バキュームで腹筋を鍛える事ならできる。大きく息を吸って、3秒かけて息を吸う。その2倍かけて深く息を吐く。
6、5、4、3、2、1────、そして1秒、腹にぐっと力を入れて呼吸を止める。これを繰り返す。
ただの腹式呼吸と侮るなかれ。
あの柔術家のヒ◯ソン一族もこのトレーニングを取り入れていた。これを1日に10〜20回、数週間続けるだけで腹を鍛えられる。筋トレ初心者はよく重量ばかりに目が行ってしまい、呼吸を疎かにしてしまいがちだ。
この呼吸法で意識的に呼吸をすれば、きっと筋トレで重い重量に挑戦する時に、大きく息を吸い込むようになるだろう。しっかりとしたトレーニングはまず呼吸を止めてはいけない。
酸欠になってしまいフルパワーが出せないのだ。
しっかり筋肉に酸素を送って余分な力を抜き、負荷をかける部位の伸縮を意識しなければならない。
無我夢中に重力を上げればいいって訳でもない。呼吸を意識しながらやれば集中力も上がる。
俺は赤ん坊だからな。出来ることから地道にコツコツとやる。いきなり100キロは上がらないように、体のベースを作っていかなきゃならないのだ。千里の道も一歩からだ。
ん? 母親らしき人物が何かしようとしている。
お、おいやめろッ! 邪魔するなッ!
母親が笑顔で俺を抱き上げて百合籠のように抱きかかえ俺を揺らす。
──うっ、やばい。眠くなってきた……、子守唄が聴こえてきた────、くッ────、いかん──ね──おち──する────。
──最後に耳に残ったのは、両親の温かい笑い声だった。
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