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09/不滅の想い
ジレンが勇者と旅立ってから数ヶ月が経つ。
俺達3人はいつもと変わらずシエーナ街をプラプラしていた。
「──なぁ。エレイン、シャルロット」
「「ん?」」
「15の成人の儀が終わったらそれからどうする?」
「そうだなー」
やりたい事が特に筋トレくらいしかない俺はこの質問には少し頭を悩ませた。
この世界では、どんな人間も15歳で成人をする。
今の様な生活をしていたら笑い者になってしまう。 文明が発達していないこの世界では誰もがしのぎを削って生活をしている。裕福な貴族であろうと騎士になり立派な功績を残したり、領土争いや権力闘争や民主から指示を得るためにインフラ整備をしたり色々大変だ。
冒険者は、ギルドで依頼を受けてその日の生活日を稼ぐ。
商人は国から国に渡り歩き売買をする。道中は魔物に襲われたり、災害に襲われたりもして物を売る事もまた命懸けだ。
魔法使いや魔法学者も遺蹟を探索したり、新しい地の開拓をしたり、冒険者となったりする。誰もがいつ命を落としていても不思議じゃない世界だ。
そんな世界でニートをしている訳には行かない。
のほほんとしているが、みんな必死に今日を生きている。
「僕は筋トレ教室でも作りたいと思ってるかな」
この世界に転生した意味があるはずだと思っていた。勇者になったりとかまぁなんか特別な主人公的なポジションがあるのかと思っていた。
でも……、結局、今の今までその気配もなければ理由も見当たらない。だから俺はやりたい事をする事にした。
この世界には、フィットネスジムがない。筋トレの文化もない。だから俺が作ろうかなと思った。
「エレインらしいな」
「エレインにしか出来ない事だね!」
2人共、俺の意見に納得している。
「でも〜」
シャルロットが言い掛けて間を開ける。
「何?」
「筋トレ教室って皆んな来てくれるのかな〜って」
「まぁ、確かにエレインしか知らない事だしね」
確かにな……。それはゆっくり考えるとする。
「──シャルロットは、どうするの?」
「わ、私は、魔力もないし〜」
シャルロットは、指をもじもじさせて話を続けた。
「も、も、もし、筋トレ教室やるなら私も手伝ってもいいかな?」
「シャルロットがいいならその時はお願いしようかな」
「(ヨシ!)」
シャルロットは顔を赤らめガッツポーズをしている。やる気に満ち溢れているらしい。
「頑張れよ。険しい恋の道だ」
スヴェンがシャルロットの肩にポンッと手を置いて耳元で何かを言った。
「うん!」
余程、筋トレの魅力にメロメロらしい。素晴らしいマッチョエルフになるかもしれない。
シャルロットは魔力をもてずにずっと自信もないようだった。
それでも、最近は俺たちに筋トレも少しずつ混ざったりして頑張っている。何もできないから何もしないなんて事は損だ。なんでもいいから、とりあえずやってみる事から何かが始まる。
その中でも筋トレは最高だ。
筋トレとは、やればやる程、見た目も中身もかっこよくなる。自分のハードルを乗り越えてくれる人生を生き抜くための最高なツールだ。
【72000/5000】ここ最近タンパク質量も増えてきている。
どれ──、ここらで1つ褒めて自信をつけてあげよう。人は褒められると嬉しいし、自信が持てる。自信をもつという事と過信をするという事は別なのだ。誰だって自信を持つべきだし、持った方がいいに決まっている。
自信のない人間に自分の嫌いな側面を受け入れられる余裕なんかない。そこで筋肉を(心を)大きくして受け止めてやるんだ!
「シャルロットも筋トレを頑張っているから──」
俺は上から下までシャルロットのボディーラインを眺め。
「いい体つきになったよね。逞しく見えるよ!」
俺は親指を立てグッジョブをした。
「ナイスバルグ!」
2人は固まった。
「──た、逞しく──、ぐすん──ナ、ナイスバルグ──ひん──」
あれ? なんか泣きそうになってる!? え!?
「はぁ〜……、エレイン……お前なぁ……はぁ〜……、女心がわかっていないな……」
スヴェンは、物凄い深いため息を連呼して俺を軽蔑的な眼差しで見ている。
俺は褒めてあげたかっただけなのに……。
女心はわからない。片方の側面だけでは推量れない深さがある。
それに比べてダンベルはいい。10キロと書いてあれば、それ以上でもそれ以下でもない。ただの10キロなのだ。
それぞれ何となく、ぼんやりだが将来を意識して考えはじめている。就活は地獄だなぁ〜。ここでも地獄なのだろうか……。
「スヴェンはどうするの?」
やっぱり冒険者だろうか?
「俺は王国の聖騎士になるよ」
「えっ! 聖騎士!?」
「へー」
「初めは、冒険者になるつもりだったけど」
スヴェンは、剣の柄に手を当て話を続けた。
「先生が旅立った今は、この街や王国を守っていけるようになりたいんだ」
「なるほど……」
本当に立派な奴だ。
「聖騎士かぁ〜。スヴェンなら似合うね」
「そうだね。きっと父さんも喜ぶと思うよ」
「──で、今日は何しようか?」
「──んーー……?」
しかしここで俺達は、とてつもない問題に直面している。
暇なのだ……。
なってもいない成人の事を考えてしまうくらい。どうしようもないくらいに……。
「──東の森の話、聞いたか?」
路上で男達が話をしている。
「あぁ、なんでも女のゴーストが出るらしい」
ゴースト?
「森の中で泣いている女に話かけると食われちまうらしいぞ」
俺達3人は立ち止まって話を盗み聞きした。
「怖いな」
「もう何人目だ?」
「魔物に食べられてしまって成仏できないんだろうか……」
「「「──クワバラクワバラ」」」
俺達は、目を合わてニコリと笑った。
「「「これだ!」」」
同じ事を考えていたらしい。息もぴったりで声が重なる。
こんな面白そうな話に食い付かないはずがない。
「「「面白そうだ!」」」
──と、なる訳だ。
俺達はろくに支度もせず、ゴーストを求めて東の森にに出かけて行った。
東の森はとても薄暗い。そして広大だ。殆どの人が不気味がって避けて通る。仕方なく商人達が、しぶしぶ通るくらいの交通量だ。
噂には聞いていたが、不気味だ。
ずいぶん前に聖騎士や冒険者達が危険な魔物を一掃して、それから何年もの間ずっと放置されている。
この討伐部隊にはジレンも参加をしていた。
「どこにも見当たらないぞー」
スヴェンが小石を蹴り飛ばし、いじけたように言った。
一掃討伐があってからは、魔物達も人々を恐れてそうそう襲って来る事がない。しかし視線は感じる。魔物達も警戒をしている。
「不気味だね〜」
シャルロットは俺の袖を掴んでついて回る。
だいたいの通りを探し回ったが、どこにも女の幽霊は出てこなかった。
「なんだよー。つまんないのー」
「わ、私はちょっとほっとしてるかも」
「やっぱりもっと深いところに行かないダメか」
これ以上は日も暮れてしまう。危険だ。
「まぁ……、幽霊なんて本当にいるかなんかわからないしね」
──その時、大きな地鳴りがなった。
奥の木が倒れるのが見えた。規則的な地響き。足音!?
倒れていく木から鳥の群れが、逃げるように飛び立って行く。
「──な、なんだ!?」
スヴェンは警戒して剣を構えた。
音が近づいてくる度に木が1本、また1本と倒れる。
山が動いている? なんだあの山は?
山が近づいてくる?
いや………、あれは!?
『トロルだ!!』
スヴェンが声を荒げ剣を抜く。
全身赤茶色の肌色。5メートルを軽く超える、巨大な体格にぷっくらと突き出たお腹、しかし肥満というよりは如何にも強さの象徴のように固そうだ。 長く口からはみ出た舌は気色悪く、垂れ下がった瞼からはギョロっとした目玉が見える。
両腕を振り回して木を薙ぎ倒しトロルが、俺たちの前に立ちはだかった。
【600,005/100,000】
馬鹿な!? タンパク質10万だと!?
しかもカロリー高ッ!
タンパク質を筋肉量と考えればカロリーはエネルギーや脂質と考え、あの体格をもって動き続けられるカロリーが、60万だとしたらスタミナも尋常じゃない。
シエーナ街周辺にタンパク質5万以上の魔物は存在していなかった。それを遥かに超える高タンパク質量。
こいつは多分、強い!
「まさかこんなところにトロルがいるなんて!」
スヴェンは、俺達の前に守る様に立った。
「キャッ──!!」
恐怖のあまりシャルロットは悲鳴をあげて転んでしまった。
「シャルロットは任せたッ」
スヴェンがトロルにすかさず斬りかかる。
トロルはその大きな手で振り払い、スヴェンは後方に回転して1度下がった。
「意外と俊敏なやつだ」
『ガァァァォォォーッ!』
雄叫びをあげるトロル。
鼓膜が破れそうだ……。
トロルは一瞬周りを見渡し、シャルロットを見た。
狙いを1番弱そうなシャルロットに定めた!?
「そして狡猾か……」
スヴェンは、呟いた。
『オォォッ!』
トロルが唸りながら大きな拳を振り上げた。
「きゃぁぁぁ──!」
拳がシャルロット目掛けて降り注ぐ。悲鳴が森に響く。
「パワァァァ!」
俺は叫びながら、シャルロットの盾となるため立ちはだかった。
トロルの拳を両腕のガードで受け止める。
「ふんッ!」
両足が地面に少しめり込んだのがわかる。
重い!
しかし、たしかに重いが思っていた程ではない。
これならダンベルを足の小指に落とした時のダメージの方が余程痛い。やっぱりダンベルの方が強い。
「タンパク質10万は、ダンベル10キロ程ではないぞ!」
俺はこの世紀の発見を2人に伝えるべく叫びながら振り返った。
「「は?」」
2人共、不思議そうな顔をして固まっていた。
思っていたより10万の桁は怯えるほどではない。やはり俺のタンパク質量は53万(思っているだけ)ミスターオリンピア王者の格の違いを教えてやる。
「ウラァァァ」
俺はトロルの拳の上に飛びのり、そのまま顔にむかって体をかけ上がった。
『オォォォー』
トロルが腕を横に振り俺を振り落とそうとする。
だが、甘い!
俺の鍛えあげられたインナーマッスルとヒラメ筋の前では無駄な足掻きだ。
食事をする時、家族の団欒時、お菓子を食べながら、どんな時でも椅子に座りながらチェア・クランチをしていた俺に安息以外の隙はない!
◇◇◇チェア・クランチ◇◇◇
──椅子に座っても腹筋ができる。そんな夢みたいな話があるのか?
あるんです。オフィスや自宅のちょっとした隙間時間、はたまた電車の中でもできてしまう椅子に座ったまま腹筋を鍛えられる隙間時間活用トレーニング。
それがチェア・クランチである。
まずは正しい姿勢を覚えよう。
椅子の背もたれは使わず、背筋を伸ばして座る。腹筋を意識しながら、腰が反ったり肩が丸まらないように、頭から腰までを一直線にするイメージで座る。両脚をそろえ、ひざやかかとを閉じる。
その1、椅子に浅めに座りながら背筋を伸ばし、両手で椅子の横をつかむ。
その2、両脚をそろえ、ひざを曲げながら胸のほうに引き上げる。
常に戻す時は、ゆっくりと負荷をかけながら脚を元に戻す。
10回を3セット、インターバル60秒で行う。
◇◇◇◇◇◇
「ベンチプレスでもやるべきだったねッ!」
俺はトロルの上腕二頭筋までかけのぼり、顔面に渾身のパンチを放った。
「──グォォォー!」
トロルの顔面に拳がのめり込み潰れた。
そのまま勢いよく地面に倒れてた。
「パワァァァ──!」
着地と同時にサイド・トライ・セップスのポージングをして上腕三頭筋を見せつけた。
「やっぱ……、化け物はエレインの方だよな……」
「そ、そうかもしれないね」
何故か2人がちょっと呆れているように見えた。「スヴェンが神童ならエレインは何かな?」
「伝説のミノタウロスかキュクロプスの化身なんじゃない?」
シャルロットは苦笑いで応える。
「どこの世界にトロルを素手で殴り殺す子供がいるんだよ」
あれ? 倒したのになんでそんな反応なの?
「まったく、君の強さには呆れてしまうよ。その怪力を布教すれば君の筋トレ教室は大繁盛かもしれないね。はははっ!」
なるほど、布教ね。一理あるな。
突然。茂みから人が飛び出して来た。
「ば、バカなッ!?」
俺たちは声のする方を一斉に向いた。
黒づくめのローブを羽織った見知らぬ男が現れた。
「このトロルを君達が倒したのかッ!?」
男は驚いた様子で俺達を見ていた。
「聞くまでもないのでは? その目で見ていたでしょ?」
スヴェンは男の気配に気付いていたようだ。
「し、失礼。気を見て加勢するつもりだったのだが──」
男なフードを外して素顔を晒した。
ん? エルフ族か? 耳の形がシャルロットと似たような形をしている。
だが、ツノが生えていて、そのツノも折れていた。
髪の色は緑でエルフとは違うのか?
痩せ細っているその背中には弓を背負っている。
森の猟師のようだ。
「君達はどこから来たのだ?」
「俺達はシエーナ街から来ました。俺はスヴェンと申します」
「スヴェン……? あのシエーナの神童か」
「私はシャルロットと申します」
シャルロットはお辞儀をした。
「こちらのガタイのいい子は、精霊様か?」
「「いえ、人間です」」
「なッ!?」
いきなり失礼な人だな。
「エレインといいます」
男は、コホンと咳払いをした。
「失礼。私なナガレと言う者だ。見ての通りしがない猟師さ」
「ナガレさんはパーティーから、はぐれたのですか?」
「私は冒険者ではない。この森で1人で住んでいる」
「トロルが出るこんな森で!?」
「そうだ。君達はなぜこの森に?」
「俺たちはこの森に女性のゴーストが出ると聞いて探しに来たんです」
「その手の噂で何人もここに興味本位で訪ねてきたがそんな事実はない」
ナガレは急に罰が悪そうな表情をした。
「いくら神童とは言えども日が暮れれば、ここの魔物も活発になる。早く帰った方いい」
「(何かありそうだな……)」
耳元でスヴェンが囁いた。
確かにこの態度の変容な怪しい。
「さぁ、帰りたまえ」
そう言ってナガレは立ち去ろうとした。
「アリス……、君はどこにいるのだ」
去り際にボソっとナガレが、つぶやいたのを俺は聞いていた。
誰かを探しているようだ。
「あの人はエルフじゃないよね? ツノあるし」
俺はスヴェンに尋ねた。
「エルフのようだが、ツノらしき物が額にあったね。あれじゃまるで……」
スヴェンは意味深な表情をした。
「──伝説のドルイドみたいだったね」
シャルロットがホラーっぽく呟く。
「ドルイド?」
「知らないのかい? この地に語り継がれたおとぎ話のドルイドのステラ王子の話だよ」
まったく知らなかった。
言葉とマナー以外の学びをしなかったからおとぎ話などは聞いてこなかった。
「──その昔」
スヴェンは語り聞かせてくれた。
遥か昔、今より2万年も昔の話。
この地にはドルイドという竜の血が混ざった種族が支配していた。
ドルイドの特徴はエルフのように尖った耳を持ち、爪は長く鋭く、額にはツノが生えていた。
魔力も力も強く伝説の王国として繁栄していた。
もっとも繁栄していた時代に産まれたのがステラ王子だった。
ステラ王子の幼き頃に奴隷として同い歳の幼き女が王国に買い取られた。城には自分と奴隷の女しか近い歳の人間がいなく、友を欲していた王子は奴隷でありながらもその女を友とした。
奴隷の女も王子のことを慕っていたが、その気持ちを決して表には出さなかった。
彼女は自分の身分を弁えていたからだ。
しかし彼女の想いは、どんどん募っていく。
そんなある日。
王が死に王子が国王になろうとした年に城では謀反が起きた。
王子を守ろうとする者は誰もいなかった。
計画的に練り上げられた謀反だったのだ。
奴隷の女だけは、必死に王子を守ろとしたが無力だった。
「お逃げください!」
「もう無理だ。共に果てよう」
「なりません!」
そして彼女が、王子を守るために禁忌を犯した。
城に封印されていた【不滅の邪竜の血】その血には不死となり悪魔の化身になるという伝承があった。
奴隷の女はそれを口にしたのだ。
愛すべき王子を守るため、彼女は邪龍の血を飲み干した。
そして彼女は悪魔になった。全てを破壊し尽くした。裏切り者を全て皆殺しにし、民までも根絶やしにした。
不滅の化け物となり王国を滅ぼし、孤独な不滅となった。
「──そんな話さ。おとぎ話だから実際の話ではないんだけどね」
そんなとても悲しい物語りだった。
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