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「この場から離れようッ!」
俺は腰を抜かしたシャルロットを抱えてナガレの家を飛び出した。
スヴェンも後ろを付いて来たが、ナガレが立ち止まる。
「ナガレさんッ!」
「ナガレさんッ! 早くッ!」
ナガレは、逃げるどころか虚な目をしてゴーストの方へ向かおうとする。
「何してるんですかッ!」
『ギィィィィァァァァォァ──』
ゴーストは、両手で自らの首を締める素振りを見せて苦しそう金切り声をあげる。
「イヤッ」
あまりにも悍ましい断末魔にシャルロットが耳を塞ぐ。
同時にナガレに黒炎が飛び迫った。
ナガレが、危ない!
スヴェンが間入れず飛び出す。
「バカヤローッ!」
ナガレを突き飛ばしてかろうじて攻撃を避けた。
スヴェンとナガレが転がる。
『イヤァァァァァァ──!』
ゴーストは顔を左右にフリながら断末魔で絶叫する。その背後から黒炎が蛇のように無数に湧き出てきた。
「やるしかねぇ」
スヴェンが居合いの構えを取る。
あれは!? そうか、絶界ッ!
「────奥義ッ!」
スヴェンが集中力を高めようとしたその瞬間、ゴーストの金切り声と共に激しい突風が巻き起こり、スヴェンは吹っ飛ばされた。
「がはッッ!」
後方に突き出た岩にスヴェンが叩きつけられる。
「スヴェンッ!」
くそ、スヴェンを助けに行きたいがシャルロットを置き去りには出来ない。
このままでは………。
ゴーストはユラユラ揺れながらブツブツと何かを呟いている。
何を言っているか全く理解ができない。それがまた背筋を凍り付かせる。
黙ったかと思えば再び顔を左右に振り出し絶叫したり、啜り泣いてみたり、不気味さを増殖させる。
『イギァァァァァァァ──ッ』
再び金切り声をあげて絶叫する。
スヴェンに向かってヘビの様に黒炎が地を這い出す。
「スヴェン! 立ッて!」
「スヴェーンッ!」
ダメだ。間に合わない!
間入れずスヴェンの前にナガレが飛び出た。
「うおおぉぉぉぉッ!」
「ナガレさんッ!」
ナガレが、黒炎に染まり焼かれて行く。
「ぐぅ……うぁぁ──!」
「ナガレさんッ!」
周囲に皮膚の焼けた臭いが漂う。
「私だ、アリスッ! ずっと君を探していた!」
ナガレがゴーストに向かって叫ぶ。
あれがアリス!?
「ずいぶん待たせてしまった」
ナガレは、黒炎にその身を燃やしながらジリジリと歩み出る。
【ヒール】
スヴェンが体制を立て直しナガレに回復魔法をかけた。
「?!〇〇あ!ぃ……◇」
ゴーストの顔は唸り、歪み、黒くなったり、白くなったりどんどん禍々しくなっていく。
その変わり行く時間が先程より早くなり、不気味さをエスカレートさせていく。
「この化物がッ!」
スヴェンが再び斬りかかった。
「!?」
体に触れる事なく剣が虚しく空を斬る。
「くそッ! くそッ!」
ヤケになったスヴェンはそれでも構わず振り回す。
しかし煙を斬るかのようにダメージを与える事はできない。
物理攻撃が効かない。
やはり肉体がないのか……、どうする?
考えろ俺。
「うあーッ!」
スヴェンの剣が虚しく空振りしていく。
ゴーストの体を煙の様に一瞬消えてはまた戻るだけであった。
「アリス」
ナガレが再びアリスに向かっていく。
「何をしてるんですか!」
スヴェンがナガレを静止する。
「離してくれッ」
「落ち着いて下さい! 落ち着け!」
スヴェンがナガレ腕を引っ張りこちらに退避してくる。
『イィヤァァァァ──ッ!』
ゴーストが2人を逃さんと再び発狂すると凄まじい強風がたつまきとなり2人を吹き飛ばした。
「うあああ」
「むぅぅ」
「スヴェンくん離してくれ! 私は行かなねばならない」
ナガレがスヴェンの手を振り解こうとする。
「ナガレさん……いや、ステラ王子! あなた死ぬ気ですか!?」
スヴェンは怒鳴った。
ドルイドの伝説のステラ王子だという事、アリスというゴーストが不滅の怪物だという事を俺達は一連のナガレの言動でうすうす気付いていた。
「あぁ、その通りだ……、私はこの時をずっと待っていたのだ!」
強烈な突風の中、ナガレは這いつくばりながらもアリスに向かっていく。スヴェンはナガレを止めようとするがゴーストの凄まじい強風でその場から動けない。
ジリジリと進むナガレ。
「すまなかった。2万年もまたせてしまったなアリス、いま解放してやるから」
『ギアアアア──!』
再びゴーストは左右に揺れながら断末魔をあげる。
「くそぉ──ッ」
禍々しい魔力によりスヴェンもろともナガレは吹き飛ばされた。
ゴーストの目からは吐血のように真っ赤な涙が流れ出す。その場にいる者が戦慄した。
「このままじゃ……、絶界も放てない……」
奥義である絶界には膨大な集中力と魔力がいる。それは絶界が抱える致命的な弱点でもあった。ジレンクラスならば一瞬で放てるが今のスヴェンには時間が必要だった。
「打つてなしッ!?」
皆が強風に耐えるために地面にへばりつく。
「打つてなしなのか!?」
どうする!?
「打つてなしなのか!?」
俺は3度目の「打つてなしなのか」を放った。
「そ、そんな……な、何故……!?」
ナガレが驚きの表情を浮かべる。
「あ、ありえないッ!」
声を詰まらせて驚いていた。
自分の目が信じられないような。
鼻水を垂らしながら固まっていた。
「なぜだ!? なぜ!? 彼は普通に立っているんだ!?」
ナガレが俺を指差し。
「打つてなしなのか!」
もう1度、同じ事を言ってスクワットをした。
「ありえないッ! しかもさっきから何やってるんだ君はッ!」
「スクワットです!」
「す、すくわっと?」
「はい!」
「いや、はいじゃなくて……」
やはり足腰を日頃から鍛えているおかげでこのくらいの風は屁ではない。
「わ、わたしをアリスの元に連れていってくれないか!」
「嫌です!」
俺は即答した。
「え? 何故! 普通この流れはわかりましたでしょ!?」
「だってナガレさんあなた死ぬ気なんですよね?」
「私ならこの状況を打破できる。頼むエレインくん、私をアリスの元へ」
「嫌です」
「えぇ……」
「僕は、この日のために足を鍛えてきたわけではないし、僕の筋トレは誰かを終わらせるために積み上げてきた物じゃないんですよ」
俺は死に急ぐナガレを突き放した。
俺は終わらせるための努力は認めない。
それが命なら尚更、許さない、認めない。
誰の命も犠牲にしない。
このスクワットにかけて努力というものは、誰かを不幸にさせる物であってはならない。誰かを悲しませたり、傷つけてするものじゃない。そんなものはただの自分勝手だ。
もし、ここで彼の命が終わったのなら俺のずっと続けてきたスクワットと2万年この日のために彼は自分勝手をしてきた事になってしまう。
2万年も想い続けてそんな事にはさせない。
だから俺は認めない。
「エレイン?」
シャルロットの手を離す。
「行くのね?」
「ここで待っていてくれ」
「うん!」
俺はゴーストを睨みつけた。
『──幽はショックッ!』
ゴーストよりも大声で絶叫し、駆け出した。
気合いってやつだ。
格闘技の経験はない。
俺はひたすらボディービルディングだ。
しかし、俺はある奥義を習得していた。
誰にも話した事はなかった……。
ここでそれを披露してやろう。
かつて、ゲームセンターで北◯の拳パンチマニアという殴りまくるゲームで俺は北◯神拳を継承していた。
「ほぉぉーあたたたたたたたたたたたたたたたッ!」
俺の北◯百裂拳の拳の風速とゴーストの魔力の風速がぶつかり合う!
『ギアアアアア──!』
「あたったったったったッ!」
激しく風速がぶつかり合う。
「がんばれー! エレインー!」
シャルロットの声援が聞こえる。
「何が起きているんだスヴェンくん!」
「わかりません!」
「……」
『りゃああーッ!』
ゴーストはさらに魔力上げて、黒炎も混じらせ俺を襲う。
「ほぉぁたぁッ!」
北◯神拳の前ではこの程度の攻撃は通用せん。
拳の風圧で全てをかき消す。
「か、彼は……、エレインくんは、人間なのか!?」
「えぇ」
シャルロットも遠い眼差しで黙って頷いた。
「あーーたたたたたッッたたたたたッッたたたたたッ!!」
さらに殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴って、殴って殴った!
しかし殴っても殴ってもゴーストの体をすり抜ける。
──北◯神拳ではジリ貧か……。
ならば、絶界に対抗すべく編み出したもう1つの必殺技をお見せしよう!
「真空〜竜巻旋◯脚!」
俺は、凄い勢いで回転蹴りぐるぐる何度もした。
その風圧でゴーストは跡形もなく絶叫と共に吹き飛んだ。
「やったか!?」
スヴェンがフラグっぽい事を言う。
やはり、消滅する事はなくまた元のゴーストの形に戻る。
わかっていたが物理が効かない。
いや、諦めるわけにはいかない。
考えろ、考えるんだ。
それがダメなら考えるな、感じろ!
『ウィァァァァァァァァァ──!』
「くッ!」
一瞬の迷いの隙を突かれゴーストは俺を吹き飛ばし皆ところまで押し戻された。
「もういい……」
ナガレが俺の肩に手を添えた。
「まだです」
「もう、わかっただろッ!」
ナガレが怒鳴る。
「君の凄さには驚いた。けれど、もう無理だ……、アリスの元に連れていってくれ。もう君達の苦しむ姿もアリスの苦しむ姿も見たくないのだ……、頼むエレインくん」
諦めてたまるか!
「頼む……、これ以上、アリスを苦しませたくないのだ」
ステラ王子の目から涙が流れた。
「君の素晴らしい努力と想いにはとても頭が下がる。だけど私のこの2万年間の……、この時のための想いも、認めてくれないか?」
「…………」
「私の想い続ける事の苦しみもアリスの苦しみも認めてくれないだろうか?」
「でもッ」
「エレインくんッ!」
ナガレは強い力で俺の両肩を掴む。
「もう私達は疲れたのだ。ゆっくり休ませてくれまいか?」
スヴェンが俺の横に立ち頷いた。
「君は私を間違いだと思っているのかもしれない。この選択が過ちだとしても……、私はただアリスを救うために2万年もの時を超えてきたのだ」
2万年……、計り知れない年月だ。想像もできない。
「その2万年の過ちを、その2万年の努力を認めてくれないだろうか?」
言葉が出なかった。
そんな事を言われたら認めるしかないじゃないか。
努力にも結果にも人それぞれ形が違うという事を俺たちは無力だったていうことを……。
今、アリスさんを助けてあげられるのはステラ王子の犠牲だけだという事を……。
正しい選択だけが全てじゃない事を……。
認めるしかないじゃないか……。
認めたくなくてふざけてみた。
だけどやっぱり不滅の怪物には通じなくて、不滅の怪物には不滅の想いしか通じないようです。
「わかりました」
認めよう。あなたの想いと努力を認めよう、俺たちの無力さを……。
2万年もの想いの行く末と結末を俺が見届けよう。
「エレインくん。ありがとう」
俺は黙ってステラ王子の手を差し出した。
ステラ王子は頷き俺の手を取った。
俺は彼を担いで歩いた。
禍々しい闇と突風の中を……。
ただ1人の命を犠牲にするために……。
この結末が望む未来じゃないと知った上で。
世界でずっと孤立してきた2人を合わせるために。
「ありがとう、ありがとう、エレインくん……」
ステラ王子が腕の中で震えていた。
「アリス……ゆっくり休もう………」
人にはそれぞれ想いがある。
ステラ王子の2万年の想いはこの日のためにあり、想い続けるということの大変さは俺にもわかる。
どれだけ眠れない夜を過ごしたのだろう?
どれだけ悲しみの中を歩んできたのだろう。
終わるためだけの努力を重ねてきた。
2人はずっと苦しみながら想い合っていたのだ。
お互いをずっと想い合い。
お互いが、傷つき合ってきた。
人ではない怪物になっても……。
怪物になった理由すら忘れても……。
どこへ行くのかもわからなくても……。
愛した人の形を忘れてしまっても……。
俺達は無力であった。
俺は認めなきゃならない。
今尚、肉体も魂をも失い彷徨い続けるアリスさんのために……。
その愛に応えるため精霊と契約して不死となったステラ王子自身のために……。
うん……。
わかっている。
わかっていたんだ。
そしてきっとそれが1番、最善だ。
スヴェンもシャルロットもわかっていた。
なのに………。
なのに……。
なのに、どうしてだろう?
………。
──涙が止まらない……
「う、うあぁぁぁ、うっ、うぅ」
涙が溢れて前が全然見えない。
「ありがとう……、こんな私達のために……、心を痛めてくれて、涙をながしてくれ、ありがとう。最後に君達に会えて本当に良かった」
距離を縮める事にアリスは顔を左右に揺らしたり、上下に揺らしたりして、断末魔の叫び声をあげて黒炎を放つ。
俺はかまわず歩いた。
身を焦がしながら……、彼を担ぎながら……、その削れる体より、心の方がずっと痛かった。
「うぅ……あぁぁぁ……ぐすん」
俺たちが焼かれるたびにスヴェンが泣きながら回復魔法をかけてくれた。
「ひ、ひーるぅ……ぅっぐ」
スヴェンとシャルロットの目からも涙が溢れていた。
1歩1歩踏み締めてアリスの目の前にたどり着いた。
「フゥーフゥー!?◇〇〇!」
何を考えているのだろう?
何を思っているのだろう?
あなたのその表情からは何も感じとれない。
俺はそれが凄く悲しい。
アリスは再び俺たちに攻撃を仕掛けてきた。
ステラ王子は前に出て透き通るアリスを抱きしめた。
体は透き通っていても、触れられなくても、間違いなく抱きしめていた……。
「アリス。もう離さない」
あのアリスの名前が刻まれた指輪を出した。
アリスは拒絶し、再びステラ王子を黒炎で焼く。
「ありずざんッ!」
まだわからないのか!
あなたの愛した男が!
目の前にいる男が!
あなたが命をかけて守った男が!
『あなたは2万年もの間、ずっとステラ王子に想われてきた。2万年も愛されたんです』
なのにどうしてお互いがわからないんだ……。
拒絶して歪み果てたアリスが静止した。
その表情は俺の涙のせいなのか……錯覚なのか…。
ほんの一瞬、人の顔が微笑んだように見えた。
「ありがとう! 勇敢なる友よ!」
ナガレが両手を仰ぐ。
「エレインよ! スヴェンよ! シャルロットよ! 私の想いは今、消え失せようとも! 君達の勇気は不滅だ!」
ナガレは一礼をした。
「そしてアリス……ずいぶん待たせてしまった。愛している。このひと言を伝えるために2万年も待たせてしまった」
ステラ王子は指輪を実体のないアリスの手に優しくあてる。
「不浄を焼き払う聖なる炎よ! 大地よ! 空よ! 森よ! 我が誓い今この身捧げ果たそう。大精霊イフリートよ!」
ステラ王子の言葉ともにアリスとステラ王子の周りは真っ赤な火柱が天まで高く伸び上がる。
包まれた炎は不思議と優しく見えた。
その背後から巨大な火の塊が動きだし巨大な人形を形取っていく。
「これが……精霊……」
俺達は息を飲んだ。
大精霊イフリートが現れた。
角が生えた顔は、牛のようで龍の様だ。野獣ではなく、高次元の知性を感じさせ全身が、神々しく真っ赤に燃える。
「大精霊イフリートよ。誓いを果たす時が来た」
「我は汝、汝は我。我が名は精霊イフリート。その誓いに従い今誓いを果たさん」
イフリートは口から業火を吐き出し、あたり一面は燃え盛る。
そうして聖なる浄化の炎の中、ステラ王子とアリス、2人は跡形もなく消えた。
イフリートもまた静かに消えていった。
その場には俺達だけが取り残された。
ただ誰かが不滅の想いを抱えて住んでいたであろう家だけが残った。
強くなろう。
目の前の誰かをもう失わないように。
強くなろう。
大切な人を守れるように。
「これでよしッ!」
両手の土をパンパンと叩き落とす。
「できたよ」
シャルロットは摘んできた花で輪っかを作っていた。
「また絶対こよう……」
スヴェンは手を合わせ言った。
俺達はステラ王子とアリスさん墓を作った。
お墓の上ではブラックタイトの指輪が輝いていた。
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