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07/フレンド
スヴェンの振り上げた木刀の剣先に魔法らしき光が見える。
もちろん魔法を食らった事が前世も含めてない。どんなダメージがあるのか検討もつかない。
間違いなく危険だ。
───ここで俺が思いつく選択肢は2つ。
A、右に避けスヴェンの後ろに回り込んでからの華麗なるバックドロップ
B、直前でフェイントをかけバックステップからの聖なる鉄槌パンチ。
────さぁ……、どうする……?
────AかBか……。
────BかAか……。
Aかッ──。
いや、Bかッ──!
時間がない。どうする!?
決めたぁぁぁぁぁぁぁ────!
俺は、そのまま直進しラリアットをスヴェンにぶちかました。
脳筋という言葉は……、あれは単純に単細胞という意味で認識しているなら大きな間違いだ。
【健全な精神は、健全なる肉体に宿る】という言葉がある。ありとあらゆる選択肢を考慮した上で、己の一番信頼できる筋肉を選ぶだけの事だ。
単純にそれしか思いつかなった訳ではなく。たくさんの選択肢の中から最も信頼における肉体を選んでいるのだ。
まぁ、それが脳筋という事なんだけど……。
──俺のラリアットは、スヴェンの木刀をへし折りそのままスヴェンの首元に直撃した。
スヴェンは5メートルほど後方に吹っ飛んだ。
「ぐはッ!」
すかさず倒れ込んだスヴェンを持ち上げて無理矢理立たせた。
そしてシャルロットのほうを向き、両手を仰いだ。
「え?」
シャルロットは、わけもわからずキョトンとしていた。
さぁ〜、シャルロット歓声をよこせ! 早く早く!
俺は更に両手を大きく仰いだ。
「アッ!」
ポンと両手を叩いて思い出した様な表情を見せた。
「ワ、ワァ──!」
右手の拳を高々と上げてシャルロットは恥ずかしそうに叫んだ。
「ガッデーム!」
もう完全に俺の気分はプロレスラーだ。
俺は右手を高々と空にかかげた。
──そして俺はもう1度。
スヴェンにラリアットを入れた。
「ブフォッ!」
スヴェンは、そのまま宙を舞った。今にも失神しそうになっていた。白目を剥いている。まだ立っているのが不思議なくらいだ。
俺はスヴェンの胸ぐらを掴んだ。
「降参か?」
「ハァ……ハァ……」
「降参か!」
「う……、ぐすん……ぐすん……」
スヴェンの目から涙が浮かんできた。
「まだやるかい?」
「うぁぁぁぁぁ──……ご、ごめんよぉぉぉぉ──!
スヴェンは膝をつき大声で泣きはじめた。
「え?」
ちょっと、ちょっと、そんなに泣かれたらこっちが虐めているみたいじゃないか……。
「エレイン、シャルロットぉぉぉぉ──、本当は君達と仲良くなりたかっただけなんだぁぁぁ──ぁ!」
俺はシャルロットと目を合わせ互いに苦笑いをした。
その後、俺達はスヴェンの謝罪を受けた。そして彼の本心を聞いてみると、どうやら俺達もスヴェンという人間を誤解していたようだ。
第一印象が最悪だったけどその後、誰よりも仲良くなる人間というのは結構いたりする。
スヴェンは実は俺達とただ仲良くしたかったらしい。睨んでいたんじゃなくて何と声かけたらいいか考えていて、しかめっ面になっていただけだったとか……。
他にもいつもシャルロットを助けようとしていたけど、俺がすぐに助けるからタイミングがなかった事やプライドが邪魔しちゃって素直になれなかった事。
スヴェンは、ありのままを俺たちに打ち明けた。
なんて不器用なやつなんだ。貴族ともなるとそういう類のプライドが出てしまうのだろうか?
子供は子供らしく「友達になろう」と素直に言えば良いのに……。
頭のいいやつ程、あれやこれや考えてしまい素直になれなかったりするものなんだろう。転生前の社会もそういう奴は多かったのかもしれない。当たり前の話だけど、関わらなければ関われない。
そうして俺たちは【仲間はずれの2人ぼっち】から【仲良し3人組】になった。
◇◇◇それから2年が経った◇◇◇
──スヴェンが仲間になってからというものシャルロットがいじめらる事はなくなった。誰もが一目置く少年剣士ナンバー1だ。学校カースト制度の頂点と言ってもいい存在だ。
誰もその仲間をいじめるなんてそんな事はできない。
スヴェンは神童なんて呼ばれる程の優等生でもあるが、凄くいい奴でもあり、そこそこの天然だ。
俺達は一緒にシャルロットの悩みを親身に考えたりもするが、スヴェンは「魔力が高まる」と言われて怪しげな高価なツボを買って、それをシャルロットにプレゼントしてあげたりもした。
他にも魔力が高まる儀式だとか言って変なペテン師から高額な授業料を払い謎のダンスを習って来た事もあった。1日中、シャルロットを座らせてその周りを奇妙なダンスをしながらグルグル回っていた。
あれは、笑ったよ。最後は、踊り疲れて疲労でぶっ倒れるのだもの……。
伝説の魔力の杖を探して死にはぐった事もある。ダンジョンで底なし沼に落ちたのだ。
それからスヴェンも俺から筋トレを習って、補助についてくれたりもする。
遊ぶだけではなく勉強も、剣術も、魔法もよくできる奴だ。
そうしてスヴェンは剣の腕の実力もどんどん上達していった。12歳の頃にはすでにA級冒険者並の強さにまでなっていた。
【シエーナ街の神童】と謳われるレベルだ。
俺達はいつも3人で連んでいた。
俺の趣味でもある手軽な高タンパク質なモンスター退治にも出かけた。シャルロットは怖がって絶対に食べなかったけど、スヴェンとは魔物の肉を一緒に共有する仲だ。
俺の誕生日の日には、シャルロットとスヴェンの2人で魔物の素材を集め鍛冶屋に作ってもらった50キロのダンベルをプレゼントしてくれた。
あれは、本当に嬉しかったね。感動したよ。
スヴェンの誕生日の日には、シャルロットと俺からアイアンソードをプレゼントした。
シャルロットの誕生日の日には、スヴェンとお金や素材を出し合い妖精の腕輪をプレゼントした。
俺達は正真正銘の親友だ。
◇◇◇街の外の荒野◇◇◇
「──エレイン! そっちに行ったぞぉ!」
キングトートが俺に向かって来る。
【2000/5500】
超低カロリーの高タンパク質の魔物だ。見た目は2メートル越えの気色悪い大きなカエルで味はどことなく魚肉ソーセージのようだ。見た目がグロいが全然おいしい。よく洗わないと少し臭い……。
「まかせて!」
俺はキングトートの足を捻りあげて転がした。
「おぉー!」
追いついたスヴェンが剣を突き立てトドメを刺した。
「やったねッ!」
3人でハイタッチをした。
俺が隙を作り、スヴェンがトドメを刺し、シャルロットが筋肉を褒めたり、剣術を褒めたりして見守ると言うお決まりの流れが出来ていた。
魔物を狩ると調理のためにその場でキャンプをする。今回は倒して捌いたキングトートの肉を焼く。
「シャルロット食べないの?」
「美味しいよ?」
「い、いいよ……、私は大丈夫……」
まぁこれが健全な判断なのだろう……。
「じゃあ、これ貰うね」
「うん!」
スヴェンは、何も気にせず食べている。
「──なぁ! エレイン、シャルロット」
「なんだい?」
「なに?」
「15の成人の儀が終わったら俺達で冒険者をやろうぜ。世界を旅しよう」
「嫌だよ」
「えー! なんで?」
「僕はあんな忙しそうに魔物退治に追われて暮らすのはごめんだよ」
ジレンの忙しそうな毎日を思うと懲り懲りだ。
「いいじゃん。今だってこうやって魔物退治をしているんだし」
「私はエレインがやるなら着いていくよ?」
「嫌だってば!」
「冒険者はかっこいいじゃん。ジレン先生みたいになりたいな」
「だいたいさ。もし僕が冒険者になったらクラスはなんなのさ」
「クラス?」
「剣士でもなければ魔法だって使えない。クラスの登録もできないし、そんな奴に依頼だって来ないよ」
「──ん──?」
スヴェンは少し考えてから「……武術家!」と言った。
「ダメダメ。ちゃんと修行してる武術家達に失礼だよ。僕はそんな風に武術家なんて名乗れないね」
転生前の世界でもプロボクサーの友人やキックボクサーの友人はいた。彼らのように命を賭けて戦ってきた選手達を知っている立場からすれば武術家なんて名乗るのはおこがましい。自分がそれを許さない。
「そうだなぁ。シャルロットも考えてよ」
「「んー……」」
「あッ!」
「何か浮かんだ?」
「うん。筋肉戦士」
「単純過ぎない?」
「肉体勇者」
「じゃぁ、筋肉使い!」
「筋肉賢者」
「ダンベルマン!」
「大胸筋族」
「肉塊師!」
「筋肉魔王」
「筋肉マン!」
「剣聖の筋肉息子」
「筋肉!」
最後のは、もはや部位だ。
スヴェンとシャルロットは好き勝手に俺のクラスネームを出し合っている。
俺はちょっとだけ自己紹介の妄想をした……。
「──はじめまして勇者のパーティーの皆様。僕は冒険者のエレインといいます。剣聖の筋肉息子のダンベルマンです。どうぞよろしくお願いします」
ないなぁ……。
「それに最後の筋肉って……、もう人じゃないよ」
「筋肉の化身!」
「まだ言ってんの? もういいってば……」
◇◇◇翌日◇◇◇
今日は久しぶりにジレンが家にいた。俺はいつもの様に裏庭で筋トレをしている。
鉄棒の大と小、ダンベルが10キロと25キロと50キロのセット。そしてベンチプレスにシットアップベンチと魔物の素材を売ってエルゴに作ってもらい筋トレ器具はちょっとずつ充実してきている。
よし、今日はデッドリフトをやろう。
俺のうしろでスヴェンは懸垂をしていた。
「私にも何か教えて!」
たまにこんな感じでシャルロットも筋トレに混ざる。
「じゃあ……、スヴェンと同じ懸垂はどうだい?」
スヴェンが、鉄棒から降りてシャルロットをエスコートする。
「やぁッ!」
大きい方の鉄棒にぶら下がり、シャルロットは足をシダバタさせて必死に体を持ち上げようとしたがもち上がらず……、力尽きた……。
「うぅ……ハァ〜……だめだぁ〜」
ため息と同時に鉄棒から降りた。
「──なら、斜め懸垂だね」
「斜め懸垂?」
◇◇◇斜め懸垂(インバーテッドロー)略してナナケン◇◇◇
──腕立て伏せができない人が膝をついてやるように懸垂にも補助的種目がある。
低い鉄棒やチンニングスタンドに足を付けた状態で仰向けでぶら下がる。
広背筋・僧帽筋・上腕二頭筋に効果があるトレーニングだ。
その1、仰向けに寝転がり、順手でバーを握る。拳は肩幅より少し広い位置に広げる。
その2、身体の角度が床から45度になるように身体を持ち上げる。
その3、かかとだけを床につけ、身体はまっすぐにキープする。
その4、肩甲骨を寄せて身体を引き上げていく。
胸がバーに近づいたら、ゆっくりと元の体勢に戻る。
この動作を10回3セット行う。
ポイントは上げから下げまで背中の緊張、肩甲骨を寄せ続ける事だ。懸垂でも同じ事で胸をしっかり張った状態でないと肩や腕に負荷が逃げてしまう。
角度を変えれば広背筋や僧帽筋にピンポイントに効かせられる。
なんと自宅のテーブルで下に潜れば鉄棒がなくてもできちゃうぞ!
◇◇◇◇◇◇
「さぁ、やってみよう」
「うん、これなら私でもできそうね」
シャルロットが小さい鉄棒で斜め懸垂の体制をとった。
「うん。クールだぜ」
スヴェンが親指を立てグッジョブをする。
「そ、そうかな……」
「うん。クールだ」
「そんなにじっと見ないでよ」
シャルロットの顔が真っ赤になった。
「さぁ、やっておしまい!(斜め懸垂を)」
「うん!」
「いーち……、にぃー……、さぁーん……」
「……ふっ……ぅん……はぁはぁ…ん…あっ……」
「しっかり肩甲骨を寄せて広背筋の伸縮を意識して」
「……んっ……はぁ……ふぅ……」
「──9──、10!」
「はぁ──、辛かったよぉ」
やり切ったシャルロットが座り込んだ。
「ナイス!」
「いぇーい!」
「いぇい!」
3人でハイタッチをした。
「私にもできたよ〜」
「おつかれさま」
「おつかれシャルロット」
これも小さな成功体験だ。筋トレの素晴らしい要素の1つには、この様なコツコツと小さな成功体験を自然と感じられるというポジティブなポイントがある。
成功体験は、自己肯定感に作用する。小さな成功体験は小さな自信になり、それをコツコツと積み上げる事でやがて前向き人間が出来上がる。
筋トレ、最高です!
「ウフフ。やってるわね」
ルイーダが裏庭に入ってきた。
「「お邪魔しています」」
「シャルちゃんもスヴェンくんもお腹空いたでしょ?」
「いい香り〜」
シャルロットは目を閉じて香りを嗅いだ。
「3人共おやつにしましょう」
ルイーダの手には美味しそうなお菓子があった。俺達のために焼いてくれたみたいだ。
「「「──は──い!」」」
俺達は手をあげて家の中に入った。
ジレンが先に席に着いて食べていた。
「ルイーダのお菓子は美味しいぞ〜。さぁみんなも食べてごらん」
「「「いっただきまーす!」」」
「うまい!」
「美味しい!」
「ルイーダさん後でレシピ教えて頂けませんか?」
「いいわよ〜。シャルちゃんいいお嫁さんになりそうね」
「えへへへ」
他愛もない話をしながら団欒の時間が過ぎる。ルイーダのお菓子はお世辞抜きに美味い。カロリーはちょっと高いけど……。
まぁ、筋トレで燃やせばいい。
「あなた、今回はいつまでいられそうなの?」
「一通りの大物は退治したからね。しばらくは休めると思うよ」
「それはよかったわ」
ルイーダは嬉しそうに手を叩いた。
コンコンとドアをノックする音が聞こえる。
「誰か来たよ?」
「客が来たみたいだ。どれ、俺が出よう」
ジレンは席から立ち上がりドアを開けた。
「──突然の来訪失礼します」
「貴方達は……王国の──」
全身鎧で武装をした集団が我が家を取り囲んでいる。敵意は感じられないが威圧感が凄い。
鎧の胸元にはミッドガル王国【聖騎士】のトーレドマークであるワシのマークの模様が描かれていた。
「聖騎士!?」
スヴェンが驚き立ち上がる。
「剣聖と名高いジレン・グランデ殿とお見受けする」
「剣聖なんて誰かが勝手に言う事ですよ」
「我々はミッドガル王国聖騎士軍3番隊所属の者です。私はベスタと申します」
ベスタと名乗った騎士は、丁寧に兜をとって一礼した。
「国王アーサー王からの通達をお届けに参りました」
「国王直の要請ですか……」
「はッ!」
ベスタは書状を広げた。
「──ジレン・グランデ殿。貴方にミッドガル王国アーサー国王の命令状が降りました。以下その文になります。──勇者アレス、賢者マーリン、戦士フィン、聖女エルザ様と第八回魔王討伐遠征部隊に招集を命ずる。よってこれより2週間後に王国に出頭を命ずる──以上です」
聖騎士一同がジレンに敬礼をし、その書状をジレンに手渡した。
「それでは失礼いたします」
聖騎士達はゾロゾロと帰って行った。
「魔王討伐パーティー……」
俺達が聖騎士から放たれたその言葉を理解するのに時間はいらなかった……。
「そ、そんな……」
家内では、食器が割れた音が響く……。
ルイーダは、絶望に打ちひしがれて膝から崩れ落ちた──。
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