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あの後、塩月は熟睡してしまって気がついたら朝になっていた。目を覚ますと、隣で御笠が寝ていた。
「な、なんで社長が隣で熟睡してるんだよ?!」
塩月は何事かと戸惑っていたけれど、隣の部屋に泊まった水野と真凜がチャイムを鳴らし、部屋にやって来たので、何事もなかったように振舞った。
何より水野先輩を見ていると和む!
いつもよくわからないペースで翻弄する御笠に振り回されているから余計に水野が優しく思えた。
「社長から聞いたけど、熱、大丈夫?」
「だ、大丈夫です。熱中症みたいになって…もう十分に寝たので!もっと先輩と話したかった!」
「そんな必死にならなくても、また仕事で会えるから」
「ねーねー水野くん、モーニング食べに行こう!」
真凛に手を引かれて、水野は先を行く。
「郁人、体調大丈夫?」
御笠が後ろから話しかけてきて、塩月は肩が上がる。
「誰のせいで!」
「水野くんには尻尾を振るのに、随分冷たいね」
「社長に振るわけないだろ!」
塩月は初めてされるがままになった事実と、気持ち悪いどころか、真逆だったことに戸惑いしかなかった。
水野先輩みたいな癒してくれる人がよかったはずなのに。こんな展開になるなんて…!
冷静になろうとするのに、御笠の前ではまだドキドキしてしまう。時間が経てば普通に会話できる!と言い聞かせて、塩月は前の二人を追いかけた。
お盆明け。北原が体調不良で倒れ、休養をとった。
上司の分の仕事がようやく片付いたのはいいが、ここ数日、真凜を迎えに行くことができなかった。
塩月は真凛が気にかかり、御笠に連絡を取ると、自宅にいる真凜と会うことができた。真凜が塩月と一緒に寝たいと言うので、寝かしつけてようやく落ち着いた所で、御笠が唐突に伝えてきた。
「水野くんと北原、付き合うことになったらしいよ」
「え、えええ?!」
「そんなに驚くこと?」
御笠にビールを渡されて、塩月はそれを受け取った。ソファーの隣に御笠が座った。
さすがにもう戸惑うことはなかったけれど、やはり、ミントの匂いが微かにした。
「驚きますよ。確かに側から見て、北原部長も水野先輩が特別だって意識してましたけど…まさかこんなに簡単に行くとは。北原部長から連絡があったんですね?」
「うん。何かと北原は昔からの付き合いで気にかけていたしね。歳の離れた弟みたいなものだから」
「ふーん」
「どうしたの?」
「水野先輩が幸せになれるのは、複雑ながらも嬉しいですけど。好きな人が自分を好きだって言うのに、本当に俺は縁がないなあって」
「好きな人と付き合ったことないの?」
「向こうから言ってくれて付き合ったことはありますけど、逆はまったく。好きになるかなって付き合って見るんですけど、うまくいかなくて」
「でも、セフレはいるんだろ?」
「社長と違って俺は…そのゲイなんで。発散できる相手は割と見つかるんです。不毛な思いをしてる人たちはたくさんいるんで」
「なるほどね」
「社長も羨ましいですよ。好きな人と結婚して、子供がいて」
「本気になると一途だからね。でも奥さんに限ってなかなか気づかないし、大変だったな」
「俺もこうって思ったらそれしか見えなくなるんです。だからこそ羨ましいんですよ。好きな人が好きになってくれることが」
「郁人は好きな人いないの?」
「いません。水野先輩と北原部長のことで今は頭がいっぱいで…なんだか一人置き去りにされた気分です」
「水野くんが郁人になら何か相談してくるかもね。こう言うこととか」
「想像したくない…って社長!どこに手をやって!」
御笠に腰に手を回されて、塩月は驚く。
「そんなビクビクすることないでしょう」
「社長に限っては例外!前科があるだろ!」
「そんな睨まないで」
御笠は塩月の手からビール缶を取って、テーブルに置いた。そして御笠はソファに塩月を押し倒した。
「俺を押し倒そうなんて、悪趣味な」
「嫌なら逃げればいいだろ?」
「逃げる元気もないだけ。もうほっといてください」
「ほっとけないな。こんな楽しい状況ないでしょう。それに水野くんのことなんて忘れるくらい気持ちよくしてあげれるのは、俺ぐらいだと思うけど」
「酔うほどの酒を飲んでないのに、そんなことをよく言う」
「凹んで、されるがままの君に言われたくないね」
塩月は顎を掴まれて、御笠にキスをされた。
水野先輩のことで、どうせ俺なんてと自暴自棄になっているからかもしれない。
腹が立つけど、社長とこんな風にしていたら、何もかも忘れられる…。
ヤケになるなんてよくあることだけど、どうしたんだ俺、なんか泣きそう…。
すると、御笠が塩月の背に手を回し、ぎゅっと抱きしめてきた。
「…社長?」
「別の意味で泣かせたいのに、そんな顔されちゃあ、優しくするしかないでしょう。落ち着くまでこうしてるから」
「…後で笑うなよ」
「笑わないよ」
「社長に慰められる俺って真凜ちゃんと同レベルなのかも」
「そんなことはないよ。俺だって、誰かに抱きしめられたくなる時がある」
御笠の首筋から優しいミントの香りが充満して、塩月は気持ちが落ち着いた。
塩月もゆっくり御笠の背中に手を回した。すると御笠がさらに強く抱きしめてきた。
前に真凜が言っていたパパの寂しそうな顔の話を塩月は思い出した。
喧嘩腰にやりやった前のような展開でなく。こんな風に自分が社長と慰め合うことになるなんて…。
不思議な気持ちになりながら、郁人は目を閉じた。
御笠社長は一体何がしたいんだ?
あのままソファで寝て、次に目が覚めると寝起きであることをいいことに、御笠に散々キスされまくってしまった。それ以外はまったくしようとせず、逆に焦らされているようで暴れると、御笠はその手を離した。
社長に遊ばれてるのはわかるけど、何がしたいのかわからない…。
わけがわからないまま塩月はそのまま御笠宅を後にした。
一旦帰宅してから出勤すると「おい、ボーっとしてないで。仕事しろ」と北原に言われ、塩月はグッと睨みつける。
よくも俺の癒しの水野先輩を!
「何だよその顔は。休んでいた間、代わりに仕事をしてくれたことに関しては、本当に感謝してるんだ」
「そのことで怒ってるんじゃないですよ。北原部長、水野先輩とうまく行ったみたいじゃないですか…」
「ああ、御笠から聞いたのか。そういや俺が倒れた時も二人でいたよな」
「俺は水野先輩の近くにいたんで。社長とはその…水野先輩を通じて知り合ったんです」
「そうだったのか…あ、そうそう塩月に聞きたいことがあったんだけど」
「何ですか?」
耳打ちを促す北原を不審に思いながら、塩月は左耳を近づけた。
「男同士でするのってどうしたらいいんだ?」
「えっ…」
塩月は一旦思考が停止したものの。職場だからまたにしてくださいと退散したのだが、塩月は後日またしても思考が停止した。
「塩月くん、あのさ、男同士ってどうしたらいいのかな?」
水野先輩、やっぱり俺に聞くのか…。
久しぶりに水野先輩宅でサシ飲みに誘われて喜んでいた時間を返して欲しい。
「あ、いや、その、こう言うことを聞ける相手が塩月くんしかいなくて」
塩月が黙っていると、水野は顔を真っ赤にした。水野先輩、言う相手が違うんじゃないのか?と言うかこのシチュエーションで恋人がどうして俺じゃないんだよ?
塩月は複雑な気持ちになりながらも、俺にしかと言ってくれたのは単純に嬉しいかった。
「頼ってくれるのは嬉しいですけど、そう言うの、二人で話した方がいいと思いますよ?」
「…だよね。やっぱり恥ずかしくて。恋人になったらいずれって考えるとね…」
「北原部長だって、悩んでること同じだと思います。確かに言いにくい話題ですけど、好きな相手だからこそ伝えないとダメだと思います」
「そうだよね。塩月くんに頼ってばっかりじゃダメだな。いつも背中を押してくれてありがとう」
「俺は別に、水野先輩が幸せならいいんです」
「塩月くん優しいね。真凜ちゃんも言ってたよ。あれから会ってないけど、真凜ちゃんは元気してる?」
「元気してますよ。水野先輩にまた会いたそうにしてました」
「そっか。俺もまた会いたいって伝えといて」
「わかりました」
「そう言えば、お盆休みの時からずっと気になってたんだけど、社長と塩月くん、いつの間に仲良くなってたの?」
「えっ…」
「北原部長と御笠社長は昔からの付き合いだからだけど、塩月くんは引き抜きされたからかな?」
まさかシャボンの一件からだとは言えず、塩月は「そうです」と嘘をついた。
「御笠社長、優しいよね。とっつきにくいのかなって思ったけど、いろいろ気にしてくれてるし。いいお父さんなんだろうな」
「いいお父さんだとは思いますよ」
さすがに自分への態度は水野には言えないが、真凜の父としては優しいし、一生懸命だと思う。
「奥さんのことは聞いた?」
「はい。まさかそれで保険会社を買い取って、車の保険に力を入れているとは知らず」
「俺も最近まで知らなかったんだ。社長に父親に大変だけど、好きな人とうまくいってるといいな。この前、指輪外したんだよね。俺や北原部長のことも応援してくれていたし。何かできるといいんだけど」
「社長、好きな人いるんですね」
「知らなかったの?」
「はい。会っても真凜ちゃんの世話焼いてるか、世間話してるぐらいで」
真凜が眠って帰る間際に、いつもセクハラ紛いなことをされているが、プールの件の時のようなことまではしてこない。
別にされたいわけじゃないけど、変に触って、からかったりして俺を楽しんでるのが腹が立つんだよな…。そもそも、好きな人がいるなら俺なんかからかってないで、その人にアプローチすればいいのに…。
真凜の世話を頼まれて、そろそろ一か月になる。塩月は、真凜に対して寂しい気持ちもあるが、好きな人がいるならなおさらこれ以上、御笠のプライベートを邪魔するのはいけないと思った。
週末の夜。仕事終わりにいつものように塩月が真凜を寝かしつけて部屋を出ると、御笠はお風呂上がりのパンツ一枚だった。最初は驚いたが平然としているのは、見慣れた光景だからだ。塩月は慣れは怖いなと思いながらソファーに座った。
そして、この前水野や北原に同じように相談されたことを御笠に伝えた。
「そんなにおかしいかよ」
笑いのツボにハマったのか御笠は涙目になるまで笑った。
「あはは…だって郁人が不憫すぎるから」
「社長、それで笑うってすごい性格悪いぞ」
「ごめんごめん。それで、水野くんや北原に教えたの?」
「教えるか!水野先輩ならともかく北原部長は論外!」
「なら水野くんには教えたの?」
「だから教えてませんって。水野先輩が嫌がるに決まってるし。そう言うのは二人で話すべきだろ?」
「二人の為ならそうすべきだろうけど。その隙に水野くんに意地悪しちゃえばいいのに」
「生憎俺は社長みたいに、セクハラしないんで」
「セフレは抱いちゃうのに?」
「残念ながら、とんとそう言うのはしてないです。社長、好きな人いるなら、その相手からかった方がいいんじゃないですか?」
「…それ水野くんから聞いた?」
御笠はため息を吐いた。
「そうですけど。え!まさか社長の癖にうまく行ってないとか?」
「郁人の癖に俺をからかおうとしない」
塩月のニヤついている頬を御笠はひっぱる。
「いってー…いつもやられっぱなしで、俺がからかえるなんて滅多にないし」
「郁人の癖に可愛くないな」
「社長、なんなら俺が手伝ってあげますよ?」
塩月がにやつきながら、御笠に言うと睨まれた。当分このネタで遊べる。普段の仕返しとばかりに塩月は御笠に話しかけた。
「社長が好きになるやつはこんなふざけた性格してるなんて知らないだろうな。社長の好きな人ってどんな人?」
「すごくムカつく人だよ」
「ムカつくねえ…俺からしたら、社長がムカつくけど」
「聞き捨てならないね」
「自覚してないのが、性格悪いよな」
「俺は性格いい方だと思うよ…そうだ、話は変わるけど、お義母さん退院する日が決まったんだ。月曜日には退院することになった」
「よかった。ならもう俺は今日でお役御免ですね」
「世話をしてくれて助かったよ。真凜が寂しがると思う」
「石鹸の恩はあったし。俺も先輩のことでモヤモヤしていたけど、真凜ちゃんや社長の相手してたら、気が紛れたから」
「郁人は素直じゃないよね」
「素直じゃないのはそっちだろ?」
「俺は結構素直なんだけどな」
「その笑顔が怖いんだよ…」
ムッとしていると塩月は御笠に腕を掴まれてそのままソファーに押し倒された。
「相変わらず悪趣味だよな」
「社長に向かって悪趣味はないよね」
「悪趣味だろ?好きな相手がいるなら、その相手にアプローチしろよ。俺は代わりになんてならないよ」
「そうだね。代わりにはならないかな」
ふっと御笠が笑うとミントの匂いが、塩月の鼻腔を擽った。やっぱり、この匂い、好きだな。
「ずっと思ってたんだけどさ。社長、どこのシャンプー使ってるんだ?」
「シャンプー?」
「ミント系のさ、いい匂いするから。俺も使いたいなって。高すぎるなら厳しいけど、手ごろなら使ってみたいなって」
塩月の発言に御笠は一瞬固まったが、すぐ笑顔になった。
「なら身体、洗ってあげようか?」
「は?」
御笠の突拍子ない発言に、塩月は上を取られていたことを後悔した。
俺はなんで社長にシャンプーとリンスをされた挙句、石鹸を泡立てた手で身体を洗われようとしているだ?
「いや、もういいって!身体は自分で洗うから!」
「どうして、ミントの匂いの正体知りたくない?」
「シャンプーやリンスからは匂いしなかったし、ならこの石鹸なんだろ?それがわかればいいから、外に出ろ!」
身体を洗うと言われて、塩月は嫌がったが「郁人は俺にやられっぱなしでいいの?」と言われ、ムッとして、やってやるよ!と浴室に行った。塩月が仕返しに御笠にシャワーをかけてこっちから攻め立ててやろうとしたら、逆にシャワーをかけられて塩月は服を脱ぐ羽目になった。その後、御笠は丁寧に塩月の髪を洗い始めた。
真凜の頭を洗っている御笠の指先は手慣れていて、とても気持ちがよかったが、それで解放してくれるわけがない。
「社長、もういいから。シャワー浴びるから!」
「頭洗ってる時は黙って、身体洗うってなったら嫌がるって何?」
御笠は塩月の背に立つと、わき腹から両手を差し込み、身体を洗っていく。塩月は変な声を出さぬように唇を噛んだ。
「こうなるってわかってたからだ!」
「ここからが楽しいんでしょ?」
石鹸を泡立てて身体を洗い始めた御笠は、長い指で塩月の胸元を弄る。
「やめろって…」
肩に顔を乗せた御笠は、塩月の身体を洗い続けている。
「これ、あの曰く付きのシャボンなんだよね。郁人使ってないの?」
「そんなの信じてないから…!」
「ふーん」
塩月の鳩尾から、ゆっくりと中心に向かって指が這う。
「もういいから!」
「どうして?ちゃんと反応してる」
「そんな変な触り方するからだろ!」
御笠の指先は中心の後ろ側の割れ目をなぞった。そしてそのまま侵入してきた。
「ちょっと!そこは…!」
「大丈夫、綺麗にするだけだから」
「き、気持ち悪いから、やめろ!」
「どうして?前の方は気持ちよさそうじゃない」
「中途半端に触ったからだろっ」
「本当にそれだけ?初めてだけど、ちゃんと反応してるね」
「言わなくていい。早く指を抜け!」
「抜かない」
「じゃあ、もうどっかいけ!」
「このままで辛くない?」
「どうにかするから!」
「ここで一人でするの?」
「だ、誰のせいで!」
「郁人、本当に嫌なら殴ってでもこの場からいなくなるでしょ?髪を洗わせてくれるってことは、いいってことだと思っちゃうよね」
「髪洗われたら、そのまま出るわけにいかないだろ?」
「そうだけどさ」
「社長こそどうして俺なんかにこんなことするんだよ?」
「楽しいからに決まってるからでしょ?」
「笑って誤魔化すな…」
「辛そうなのに、気持ちよくなれないのが辛いね」
「…っ!」
「声出さないように話して誤魔化してたんだね」
「そ、そんなとこ、躊躇なく触るやつ初めてだ!」
御笠は塩月の背後から自分の中心を当てる。パンツ越しにも強く強調していて、塩月は背中を向けていてもわかった。
「変なもん当てんな!」
「どうして?郁人もしてきたんだよね?ならさ、俺を慰めてよ」
塩月が目の前の鏡を見ると、御笠が切実な顔していた。塩月は胸に何とも言えない気持ちが迫った。
どうして苦しそうな顔して俺を見てるんだよ?そんなに好きな人とうまく言ってないのか?
「…お願い郁人」
「あっ…」
強く当てつけられて、不覚にも声が出た。
「社長なんだから、いいよね?」
「り、理由になってない!」
「このままだと辛いし…ね、いいでしょ?」
前のプールの時もこうして焦らしながら、触る手を離さず、塩月を解放させてくれなかった。
ここまでの行為は予想外だったが、塩月自身、このまま立っているのは限界だった。
「勝手に…しろ!」
「うん、勝手にするね」
塩月は指を解放した後、自分の熱をゆっくりと侵入させた。
「息を吐いて」
「…なっ!」
「嫌がってたら無理矢理するよ?」
「さ、最低だな」
深く息を吸って息を吐くタイミングで、御笠はずんずんと侵入してきた。
「そんなに息を詰めたらダメだよ」
「されるのはわからないんだから仕方ないだろ」
戸惑う塩月の言葉の後に一気に攻めてきた。
「……っ!」
「痛い?」
「はあっ…」
「準備は万全だったんだけどね…郁人大丈夫?」
「大丈夫じゃない…変な感じ」
「そりゃそうだよね」
「…早くどいて」
「その前に郁人楽にしてあげないとね」
勢いを失った中心を御笠は責め立てた。
「郁人は何も考えなくていいから、そのまま身を任せてごらん」
「ふっ…ぐっ…」
御笠はそれから巧みに前後を動かして、郁人の快感を昂らせた。
塩月は壁に両手をつけて立っているのを耐えるしかなかった。
「はあっ…!」
早く解放されたい塩月は何もかも考えないでそのまま快感を追いかける。すると、顎が剃りかえって背筋に快感が走り抜けた。
「あっあ…っ!」
「自分だけ気持ちよくなったら、俺が慰められたことにならないでしょ?」
ぐるりと向かい合う体制にされるとそのまま、また御笠が侵入して、動きをやめなくなった。
「目を瞑っちゃダメだよ。俺を見なきゃ」
「こ、こうでもしないとやってられない!」
「へぇ…俺は郁人の姿、ちゃんと見てるけどね。郁人は見ないんだ」
その言葉にムッとして、郁人は目を開けた。すると御笠が郁人を見ていた。
なんだよ…その余裕のない顔!
「郁人、笑うところじゃないよ」
「だって、社長、思った以上に余裕ないから」
「言ったよね。慰めてくれって」
「…仕方ない。その顔に免じて、今日だけは俺の身体貸してやる」
「郁人の癖に偉そうだね」
御笠が塩月の両脚を上げて最終段階に入る。
「…う、うるさい!」
浴室に響き渡る二人の息遣いに、もうどうにでもなれと思いながら、塩月は御笠に身を委ねた。
浴室で脱力している塩月は、下半身を綺麗にしている御笠を知らないふりをした。そのまま何も言う力なく放っておいたら、御笠にされるがままそのまま身体をふかれた。ようやく御笠から解放されると塩月は涼しいリビングに戻り、ソファーに倒れた。
熱さで頭も身体も伸びている塩月に御笠は水を渡した。互いに水分補給した後、またソファーに横になる塩月に御笠が覆い被さってきた。
「何のつもりだよ?!」
「大丈夫、ゴムはあるから」
「笑顔でさっきよりちゃんとしてるからって言っても無理だ!」
「どうして、気持ちよくなかった?」
「それとこれとは別だろ。身体を貸すのは一回きり」
「俺は郁人として、気持ちよかったんだけど、ダメ?」
こいつ、絶対わかって言ってる気がする…!
しかも、このまま両手を離してくれそうにない。こうやって会うのは今日が最後、もう二度と自分を相手にお願いされることもないだろう。何より何を考えているかわからない相手に争っていい事はない。
「あーもう、勝手にしろ。バカ社長め!」
「…郁人って、やっぱり甘いよね」
「そこは、優しいって言えよ!」
「知ってる…郁人は優しくて、気持ちいいこと好きだよね?」
御笠にまっすぐ見つめられて言われると、塩月はまた何とも言えない気持ちが込み上げてきた。
いつもは毅然としている御笠が、自分の前だけで見せる姿。
俺って真凜ちゃんのお願いにも弱かったけど、社長のお願いにも相当弱いな…。
せめてもの抵抗で睨みつける塩月に、御笠は満足気な顔をして、キスの雨を降らせた。
それから翌朝までそんな繰り返しで、日曜日は御笠宅でダラダラと過ごした。
真凜が心配そうに体調がすぐれない自分を見る目に、塩月は胸が痛んだ。
さすがに自分の父親が悪いとは言えないしな…。
「ねえ、郁人!」
まだ動くのが辛い塩月の足元であれ書いて、これを見たいと甘えてくる姿を見ると何事もなかったように隣にいる真凜の親の姿とダブった。
やっぱり似たもの親子だな…。
「え、もう郁人は真凜を迎えに来ないの?」
その夜、重い腰が何とか動くようになった塩月が帰宅しようとした所で、父が真凜に「おばあちゃんがまた世話をしてくれる」と言った。真凜は喜んでいたけれど、塩月の膝から離れなかった。
「俺は期間限定だったから。でもまた俺や水野先輩で遊びに来るから、そんな寂しそうな顔するな」
「でも真凜、郁人が来てくれないとやだ」
「こら、郁人を困らせちゃダメだろう」
「だってパパだって郁人が毎日こなくなったら寂しいでしょう」
「そうだけど、パパは我慢するかな」
「…嘘つくなよ」
いつもの笑顔で娘に平然と言う御笠には寂しさを感じない。
部下だった俺に娘の面倒を見てもらい、散々からかえる遊び相手に過ぎないくせに…。
真凜ちゃんの方が何倍も素直で純粋で可愛い。
塩月はしゃがんで真っ直ぐに真凜を見た。
「真凜ちゃん、また遊びに来るから、そんな顔しないで」
「ほんと?また真凜と遊んでくれる?」
「うん。また遊ぼう」
笑顔で応えると真凜はようやく笑顔になった。
「…ちゅっ!」
「ん?」
いきなり真凜に頬をキスされた塩月は驚く。
「また会おうねって、ちゅーだよ!」
「いいなあ。パパもしようかな?」
「…なっ!」
腕を掴まれて御笠が頬にキスしようとするので、塩月は必死に離れようとする。
「やめろ!ふざけんな!」
「郁人、パパ嫌いなの?」
「き、嫌いじゃないけど、真凜ちゃんの方が何倍も好きだ!じゃあな、二人とも!」
塩月は御笠から逃げるように玄関から出た。
扉の向こうから二人の笑い声が聞こえてくる。
御笠の冗談はいただけないが、真凜としんみりせずにお別れできたのは嬉しかった。
この一か月、想像しなかった一か月だったな…。
塩月はしみじみと思い返していた。さらに残暑厳しいとあっては、空調の効いたオフィスの椅子に座るとなかなか動けない。
「…動きたくない」
朝、何事もなかったように皆に挨拶をした御笠を見ていると、昨日までのことが夢のようだった。
まだ身体の中に違和感がある気がする…。
「こら、塩月、だれてんじゃないぞ!今月の契約切れリストは出てるだろ?それに新規で増えたスマホからの説明じゃ足りないって顧客へ直接の説明をしにいくリストもだ」
「今、出るところでした」
席を立つ塩月に北原は「わかってるならさっさと動け」と言った。
「それに保険の分野を広げる計画が上がったから、また忙しくなるぞ。その為に塩月を引き抜いたんだからな」
「その話は引き抜きの時に軽く聞きました。また人が増えるかも知れませんね」
「ネットでの契約を主にしているから、人員はどうなるかわからないがな。御笠もよくやるよ」
北原は呆れながらも、御笠に憧れている様子だった。
御笠の仕事にかけるバイタリティーは塩月も一目置いている。
プライベートでは、食えないやつと腹立たしくなるけど、まるで疲れた様子も見せずにいた。
社長はいつストレス発散してるんだろう?
「ね、俺のこと呼んだ?」
「わあ!」
背後に急に現れた御笠に塩月声を上げる。
「おい、塩月、でかい声出すな」
「塩月くんそんなにびっくりしなくても」
「背後に立たれたら誰でも驚きます!じゃ、外回り行って来ますんで!」
「頑張って」
「言われなくとも頑張ります!」
塩月は背を向けて、足速にその場を去る。汗がダラダラと出てくるのは、突き刺さるような日差しのせいだけではなかった。
御笠に背後に立たれた時、またあのミントの匂いがした。しかもそれは御笠からじゃなく、塩月自身だった。
あの曰く付きの石鹸を帰宅してから、ちょうど石鹸が切れていたから昨夜使った。
御笠が近くにいる時に匂うのはわかる。でも、自分自身から匂うのは初めてだった。
もしかして、さっき俺、社長を意識してたのか?
いやいや、石鹸一つで妙な考えをするのは、きっと失恋したばかりだからだ。
俺も水野先輩を見習って、早く恋人作ろう…。
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