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御笠のどこが好きなのか。塩月は冷静になって考えた。どこかでそんなわけないだろ?と思いたかったからかも知れない。 「何で何だ?どうしてこんなこだわるんだ?」 「何ぶつぶつ言ってるんだ塩月」 「北原部長がやたらと俺に厳しいんで、愚痴ってました」 「愚痴る暇あるなら、さっさと仕事しろ」 「水野先輩のご飯食べたいです。何が悲しくて北原部長と残業なんかしなくちゃならないんですか?」 「俺と塩月の顧客がやたら難癖のあるやつだっただけだ。対応が日中続いて雑務が片付かなかっただけだろ?俺じゃなく悪運を恨め!」 「悪運。確かに悪運ですね」 北原と出会ったことも、北原の知り合いが御笠であったことも悪運でしかない。 「郁人、北原のお兄ちゃんおつかれ〜!」 残業していた所に、幼女の声が響き渡り二人は出入り口を見る。 「真凜ちゃん?!」 「真凜が水野くんと会いたいって言ってたから連絡したら、北原たちに差し入れするって言うから。ちょうど義母宅の真凜を迎えにいく方向と水野くんの家が近かったし、三人で来たんだ」 「二人とも、おにぎりと卵焼き作っただけど食べる?」 「食べます!」 「助かる。ちょうど腹へってたんだよなー」 「じゃあ、二人は食べておいて。その間で俺たちは窓拭きそうじでもしよう」 「はーい」 三人が仲良く窓拭きを始めるのを見ながら、塩月と北原は食事を始めた。 「水野はいい恋人だな…」 しみじみとおにぎりを食べながら北原が言った。 「羨ましいです」 「そうだろ?水野と友達になれて本当によかったよ。恋人になってからも、自分には勿体くらい尽くしてくれる」 「惚気はいいです。ムカつきますから」 「水野は渡せないけどさ。塩月ならすぐにいいやつ見つかると思うぞ。ほら御笠なんてどうだ?」 「ごほっごふっ…」 「何動揺してんだよ」 塩月は喉に詰まった米粒をお茶で流した。 「部長の癖にびっくりするような事言うからですよ」 「御笠は好きなやつほどいじめるようなやつだけど、恋人になったら本当に一途だし、大切にするぞ」 「なんで知ってるんですか?」 「御笠の奥さんは、俺の大学時代の友達だったんだ。見てて今の塩月と御笠みたいにしょっちゅう言いあってた」 「昔からの付き合いだったんですね」 「御笠は仕事も真凜のことも器用にやってる。でも仕事が忙しいかったのは、いろいろ誤魔化してる証拠で、きっと寂しい時はあると思うんだ。見せないのが上手いだけで。弟みたいに可愛がってくれてる俺から見て、御笠も安心できるパートナーは必要だと思う」 「それが俺と何か関係が?」 「塩月と関係あると思うんだが」 「関係ありません。じゃ、速く食べて仕事を片付けましょう」 「塩月、もしかして、御笠好きなんじゃないか?」 「何でそんな急な話になるんですか?!」 「御笠の話題を逸らす。それは御笠から逃げてるからじゃないか?」 「そんなことはないです」 「じゃここからは聞き流してくれ。関係が変わるのが怖いのはわかる。でもな、何もしないままでいても、何も変わらない。気づいた時には誰かに奪われるかも知れない」 「北原部長、経験あるんですか?」 「一回あった。だから二回目があるかも知れない…水野が誰かに奪われるかも知れないと思って必死に引き留めた」 「北原部長は水野先輩に必死になったのは伝わりました」 「そもそも水野が塩月がもしかしたら御笠を…って言っていたから言って見たんだ。水野ならこうするかなって背中を押してみた」 「水野先輩の力ですか」 「水野が塩月の力になりたいって言ってたからな。俺は御笠がどう思ってるか知らないし、塩月がどうしようと構わない。ただな…塩月、後悔だけはするな」 「肝に銘じます」 塩月は最後の卵焼きを食べた。絶妙な塩加減の卵焼きは、とても美味しかった。 後悔するな。北原にそう言われてから数日経った。仕事が少し落ち着き、仕事終わりに一人で飲みに行った。場所は静かに一人で御笠のことを考えようと思い、バーにした。そう言えば、半年後前にこのバーをセフレと待ち合わせに使ったなと塩月は思い出した。 「塩月くーん!」 「お前…」 思い出していた所にセフレがやってきて驚いた。スーツ姿であるのを見ると仕事帰りなのだろう。塩月より小柄な彼は可愛らしかった。 「塩月くん、あれから連絡しても既読スルーだし。電話も出ないし、寂しかったんだけど」 「絶対連絡しなきゃならないわけじゃないだろ?昔の知り合いツテで連絡先が繋がってるだけなんだし」 「そうだけどさ。今の職場に代わって、連絡キャンセルしてから相手して来んないじゃん。ここに来たら会える気がして、時々来てたんだよね」 「あ、そう」 「冷たいな。また失恋でもした?寂しいなら俺が相手するよ」 「生憎そんな気分じゃない。ここの静かな雰囲気が好きで飲みに来たんだ。ほっといてくれ」 「何よその態度!」 「気分を悪くしたなら謝る。でも俺の恋人でもないんだから、突っかかってこないでくれ」 「はあ?!別につっかかってなんかないし!」 逆上するセフレに塩月は、一回寝たことを後悔した。ろくな相手じゃないな。知り合いめ、当てつけやがったか…。 「無視かよ!」 塩月の首元を掴むセフレに周りがざわつく。 「殴るならここはやめてくれ。外に出よう」 塩月は冷静な態度にセフレはかちんと来たらしくその場で右頬を叩かれた。 パンッという音と、店のドアが開く音が同時にした。 そちらの方をちらっと見た塩月は声を無くした。 何と店に入ってきたのは、御笠と美人秘書だった。 「香菜子、ごめん。今日は飲み無しだ。先に帰って真凜を見ててくれない?」 「え、あ、うん。わかった」 店の雰囲気から脱したかった香菜子は御笠の言う通りに外へ出た。 「大丈夫、郁人?」 御笠は走って塩月の元にやってきて、郁人の手を取った。 「なんだよあんた!いきなり入ってきて!邪魔するな」 「君、警察呼んで暴行罪で訴えてもいいかな?」 「はあ?」 「言ったよね。郁人に用があるならまずは俺を通せって。暴力罪で訴えるのは言っとくけど、本気だからね?」 有無を言わさない笑顔にセフレは固まっている。 「お、おい社長…もう良いって。場所考えろ」 「確かに場所は悪いね…これお詫びです」 御笠は胸元の財布から一万円を出してバーテンダーに渡し、店を出た。塩月の手を握った御笠はそのまま人気のない場所まで走った。 「社長もういい。助かった。ここでいいから」 「ダメだよ」 「えっ?」 手を離してくれると思いきや。御笠はさらに手を強く握った。 「運良く俺が店に来たから良いものの…放っといたら、何するかわからないな」 「社長には関係ないだろ」 塩月の方を振りむいた御笠は左手で、塩月の右頬をつねった。 「確かに関係ないね」 「なにふるんだほ!」 「郁人はあのセフレと恋人になったの?」 「はっ?なんでそうなる。あいつが勝手に逆上してぶってきたんだよ。やっぱり俺って、運悪い」 「運はどうでもいいけど。郁人、頭冷やしにいくよ」 「ちょっとどこに!」 車を止めていたパーキングに引っ張られた塩月はそのまま助手席に放り込まれた。 車が着いた先は駅前の高級ホテルだった。 「えっ?!ちょっと!」 「いいから黙ってて」 塩月の右手を掴んだまま、御笠は手続きを済ませた。 ホテルの一室に入ると塩月はようやく右手を離された。 「ちょっとどういうつもりだよ?!」 「どうもこうもないよ。郁人は俺が好きなんじゃないの?」 「な、なんでそんな、いきなり…」 「水野くんからこの前連絡があった。北原伝いにね。やっぱり塩月くんは社長が好きなんじゃないかなって。だから郁人が告白してくれるのを待ってたんだけど…まさかあんな修羅場に出くわすとは思わなかったよ。それにセフレまだ連絡とってたなんて許せないな」 「ちょっと待て!あれは本当にたまたま何だよ!で、社長もそこにたまたまやってきただけ!」 「それは随分な悪運だね」 「悪運だよ。北原部長も水野先輩もどうして俺と社長をくっつけようとするんだよ」 「郁人、俺とくっつくの嫌なの?」 「簡単なことじゃないだろ?社長の遊び相手にならいくらでもなるけど。好きってなれば別だ。真凜ちゃんがいる…奥さんだっている」 「郁人はそんな俺が好きになったんじゃないの?」 「えっ…」 「独身でただの社長だったら、郁人と会うこともなかったと思う。奥さんがいたから、真凜の世話をしてくれたから、俺は郁人のことを知れたんだ」 「社長には好きな人がいるんだろ?」 「いるよ」 「ならフラれるの確定だろ?!」 「もうバレてるんだし。どのみちこの機会に言わなきゃすっきりしないんじゃない?」 「くそっ!あーもうわかった!言えばいいんだろ!言えば!」 やけになった塩月は深く息を吸って御笠に言った。  「俺は社長の事が好きだ!わかったか!」 「あははっ…」 「人の気持ちを笑うなよ!」 「ごめんごめん。こうも素直だと面白くて」 冷蔵庫に冷やしてあったミネラルウォーターを取り出して御笠は塩月の打たれた左頬につけた。 「冷た…!」 「俺も郁人が好きだよ」 「えっ?…俺!?」 「ははっ!やっぱり自分以外って思い込んでたんだね」 「当たり前だろ?!社長はそんな素振り全くなかったじゃないか?!」 「これからアプローチするか悩んでたところで、水野くんや北原が味方になってくれて。郁人がどう来るか待っていたら。まさか今日このタイミングで出くわすとは思わなかった。セフレと連絡取ったって思って、焦ったしね」 「焦ったのか?」 「そりゃ焦るよね。郁人は水野くんと違って純情なんかじゃないし。首輪をつけとかないとダメだね」 「俺は犬かよ」 「かなりの暴れ犬だね。よく吠えるし、飼い主にはかみつくし…好意のある相手にはわかりやすく尻尾を振るしね」 「あっそ、勝手に言っとけよ」 ベッドに横になった塩月を御笠は見下ろす。ネクタイを取った御笠の首筋からふわっとミントの匂いがした。 「…やっぱり、ミントの匂い」 「俺もするよ。ミントの匂い。最初に郁人に近づいた時にして、もしかしてって思ったのが飲みに誘ったきっかけ。それからは面白くて、楽しくて、健気で、欲望に素直な郁人に惹かれた」 「本当にいいのか?俺と付き合って」 「人を好きになることを責めちゃダメだよ。それは素敵なことだ。認めてあげないといけない。俺たちはこうして生きてるんだから。香帆里が交通事故で亡くなる前、祖父が恋人を連れてきたのを見て俺に言ったんだ。おじいちゃんにとって、今でも愛妻で愛娘はたった二人だけ。それは死ぬまで変わらないけど、おじいちゃんは今生きている。生き生きしているからおばちゃんもきっと喜んでるはずだってね。香帆里の言う通り、俺は人を好きになることを責めずに認めて生きたくてね」 「それは素敵な話だと思う。でも怖くないのか?」 「俺は香帆里の分まで幸せになるって決めたから。郁人のことだから、きっと真凜のことも気に掛けてるんだろうけど、真凜には、何があっても向き合って行こうって決めてるよ」 「社長って、いつも欲しい言葉をくれるからずるい」 「そこはずるいじゃなくて。だから好きで堪らない!ってならないかな?」 「ならない!俺はすごく悩んでたんだ!いつもなら、こうと決めたら貫く。でも今回は相手がいつもと訳が違う。なんで自分ばかり前途多難な恋ばかりするんだろうって思い悩んだ」 「でももう悩む必要はないよね?俺と両思いになったんだし。好きな人と両思いになれた気持ちはどう?」 「自分で自分のこと好きな人とか言うか?」 「言うよ?首まで真っ赤になって戸惑ってる郁人、見てて楽しいしね」 「ふざけんな!!」 顔を真っ赤にした塩月に御笠はキスをした。充満するミントの匂いが身体中を通り抜けて行くのを塩月は感じた。 こいつ俺より一回り上とかありえないだろ! 御笠の手練手管に、塩月はされるがままで朝を迎えた。すやすやとベットの上で寝ている御笠は見目麗しい。塩月は腹が立った。 どんな体力してるんだ?!俺だってあんな抱き方したことない!何よりめっちゃしつこい。甘えられると弱いの、実はわかってやってるんじゃ? 「何で好きになったのが、社長なんだろ?」 「…疑問系とはいただけないね」 「起きてたのかよ」 「郁人が俺の顔を観察してる時からね」 「悪趣味なやつ…」 「悪趣味とは失礼な」 「身体ばっきばきになるまで俺を抱く奴があるか!」 「好きな人と結ばれた朝にそんな色気のないこと言わないでよ」 「うぐぐ…」 「ははっ…戸惑ってる戸惑ってる」 「くそっ!殴りたいのに頭以外、だるすぎて動かない…」 「好きな人に向かって暴力とは…」 「好きな人、好きな人言うな!」 「昨日の夜っきり郁人が頑なに言わないから、自分で言うしかないだろ?それとも本当に俺の事、好きなの?」 「そんな簡単に言うなんて俺は社長みたいな軽いやつじゃない。それに好きな人が自分を好きで混乱してんだ!」 「もっと混乱したらいいよ」 塩月の頬にキスをして、御笠は身体が思うようにいかない塩月を抱きしめた。 塩月は肌の温度の高さと、落ち着く匂いに包まれる。言葉にできない安心感を噛み締めながら、塩月は生まれて初めて両思いなった恋人の腕の中で目を閉じた。
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