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石橋彩夏、十五歳。 今年で約束の十六歳になる。 彩夏の誕生日は八月三十一日。 あと半年もない。気がついたら、五月になっていた。 三月から四月は怒涛だった。 関西の田舎町から関東に上京。 両親や弟、祖父母、友だちは涙を流しながら見送ってくれた。 引っ越し先は、親戚の石橋清人、加賀美立夏の住む都内の2LDKのマンションだ。 二人は男性同士のカップルである。 彩夏は、毎年夏に帰省する彼らとは仲良しだった。光橋のこともその度に聞いた。 そしてある日、彩夏は二人の並々ならぬ覚悟を目にした。二人とも家に勘当されたというのだ。 中でも加賀美流の花道家の次男である立夏は、ひどい仕打ちを受けたと両親が話していた。 それから彩夏の家族だけが、二人の味方になった。 彩夏も彩夏の弟の琥太郎も二人が大好きな気持ちには変わらなかった。 二人もずっと彩夏を可愛がってくれていた。 彩夏の光橋に対する思いも知った上で「部屋が一部屋空いているから、高校生活の三年間、居候すればいい」と言ってくれた。 学費だけでも相当である。彩夏の両親にすれば、大変助かる話だった。 そんな経緯で彩夏は二人の元で居候している。二人は優しい。慣れない生活にめげずにいられるのは、二人のおかげだった。   「本当は彩夏ちゃん、何でここにきたの?」 地方からこの有名校に入学する生徒はたくさんいるが、関東圏がほとんど、地方出身はほんのひと握り。 関西弁なのは彩夏だけなので、目についた。 異質な彩夏に偏見持たず、前席で話しかけてくれて仲良くなったのが唯一、伊月紗名だった。 実は社長令嬢と聞いて驚いたが、穏やかで品があって優しい伊月が彩夏は好きだった。 「同じ中学の先輩に憧れて入学したって言うてるやん!」 「それも本当だとは思うけど、並々ならぬ覚悟がありそうな気がして。なんだか夢を叶える為に来たって感じ」 「伊月ちゃん、エスパーなん?!」 「違うよー!彩夏ちゃんの必死さを見てると、何となくね。いろんな大人を親と一緒に見てるのもあるかな。キラキラしてる」 なるほど。社長令嬢の観察眼かー彩夏は息を飲んだ。 「伊月ちゃん、笑わんで聞いてくれる?」 「内容によるかな。だって彩夏ちゃん面白いし」 「そんなん言うなら、言わへんよ」 「ごめん言って。ね、またヘアアレンジしてあげるから」 伊月は彩夏の癖毛を可愛いと褒めてくれた。 彩夏からすれば、サラサラヘアの伊月は清楚系で羨ましい。さらに伊月は器用だ。 彩夏の髪を三つ編み以外にお団子にしたり、ハーフアップにしてくれた。 その度に彩夏は嬉しかった。 「ほんまに!」 「本当に!」 「み、耳かして」 伊月が彩夏に耳をかした。 彩夏が本当に上京した理由を伊月に伝えた。 ー好きな人のお嫁さんになる夢を叶える為にやってきた。 「本当に、そうなの?」 笑うどころか、伊月は目を点にしてた。 「ほ、本当に」 「その相手って誰?」 スマホの写真ホルダーに大事に保存している写真。 一昨年飲み会で清人が撮った写真は、そっぽを向いている光橋だった。 二十八になる光橋は、精悍で凛々しい男性になっていた。もう肌は黒くない。前髪は後ろに流している。 学生時代ほどではないが、体幹が良い体つきは変わらず。スーツを着こなしていた。 それもそのはず、彼は去年から一代で父が築き上げだ会社の社長となった。 ただ眼鏡の向こうの変化のない目や冷淡な顔は昔と変わらない。 この仏頂面は昔からの友人たちに見せる顔なのだと清人は嬉しそうに言っていた。 「これ、光橋製薬の光橋社長じゃない!」 「伊月ちゃん、知ってるん?」 伊月は興奮気味に自らのスマホ見せてくれた。 「ほら、これ。うちの親が載ってる電子雑誌読んでて、かっこいいなって思ってたの」 そこに写っている光橋は取材を受けていた。 スマホの写真とは違うキリッとした表情は隙がない。まさにビジネス戦いの最前にいる秘めた熱を感じさせた。 「なんか写真と違って、気を張ってるって感じやなあ」 「そりゃあ、光橋製薬の若き社長!会長についた父から昨年引き継いだマイナスの業績をプラスにした若社長なんだから」 「それってすごいってことやんね?」 「うん、すごいよ!どこで出会ったの?」 興奮する伊月に彩夏は、手紙のことからすべてを話した。 清人と立夏と地元の親友以外に口に出して話すのは初めて。彩夏は羞恥心で顔が赤くなるのがわかった。 「す、すごい。社長とそんな約束したんだ!」 「いや、子どもの可愛い約束やで!今更そんなん優しい嘘やってのはわかってんねんけど、あれからどんな男の人見ても、光橋さん以上おらんくて。今や架空の人物応援してる気分やわ」 「でも受験して上京しちゃうほどってのが、すごいね」 「やるからには、やれることしたいなって!居候してる人たちも応援してくれたし。もし再会して、うちの中で答えが出たら、スッキリしそうやん?」 「いい初恋だよね」 「でも歳離れすぎてやばいやろ?冷静に考えたら、二十八歳の人が十五歳を見て結婚したいって思う?それってロリコンやん!」 「あはははっ!彩夏ちゃんそれ自分で言っちゃう?」 「いくらなんでも、それぐらいは常識ないとやばいやろ?!けど、人伝えに聞いたり、見たりしてるだけで、こんなにドキドキするんやもん」 「いいなあ。私もそんな恋したいな。女子校じゃ縁ないし!とにかく彩夏ちゃんの恋、応援するね」 伊月に両手で手を握られて、彩夏は感激する。 「ありがとう。笑わんとうちの話聞いてくれて」 「ううん。彩夏ちゃんのそういうパワー、私、素敵だと思うよ」 彩夏は伊月の優しい言葉に席を立って抱きついた。 「ありがとう!うち、頑張る!」 「よかった。優しい友達ができて」 その夜、清人が残業の為、立夏と先に食事を取っていた彩夏は伊月との会話を報告した。 「ほんま最初はみんな外国人見るような目で見るんやもん」 「東京じゃ目立つもんね。関西弁」 「うん…やから、誰にも話しかけらんくなって…でも伊月ちゃんが話しかけてくれたから」 「ちゃんと見てくれてる子はいたでしょ?」 「うん、立夏さんのいう通りや。うちが学校に馴染めなくて凹んでた時、ちゃんと見てくれてる子はいるって言ってくれたから、頑張れた」 「ちゃんとアドバイスになってよかった」 「あとこれ!このふわとろオムライスも最高や」 「ありがとう。清人くんも好きなんだ」 「あ、清人にいが残業やから清人にいの好物のオムライスなんやな?」 ニヤけた顔で彩夏は立夏に聞く。 「何でそう思うの?」 「だって立夏さん、和食中心作るやろ?洋食は苦手や言うてたし。頑張って練習したんやない?このオムライスにするん!」 「彩夏ちゃんのいう通り」 「ええな。清人にいー!うちもそんな風に好きな人にオムライス作りたいなあ」 「また教えてあげるよ。あ、そうだ。花屋の店長が明日アルバイトお願いできるかって」 マンション近くに立夏の務める花屋がある。最初は帰宅途中に立夏の顔を見るだけだったが、いつのまにか手伝っていた。人手が足りない時は彩夏に声がかかることもあった。 「ええよ!今はテスト期間やないし。予習は今日多めにしとこ。わからんとこまた教えてくれる?」 「いいよ」 「あと、前家でやってた花を活けるのもしたいし、お茶もやってみたいねん。教えてくれる?」 立夏は田舎に帰省する度に花を活け、お茶会をした。この家にも道具は一式あった。 「いいけど、また急にどうしたの?」 「立夏さんみたいな品のある人になるには、お茶やお花やりたいなって。今花束を作るんが精一杯やし」 「花束を作るの、何回も練習して上手になったよね。じゃあ、週末、ゆっくりやって見ようか」 「ありがとう」 「あ、それってさ、やっぱり光橋くんの為?」 「立夏さんなんでそこで光橋さんの名前?!」 「今はまだ忙しくて会う時間ないって、清人くん伝えに聞いてたけど、それまでにできるだけ女子力上げたいって前言ってたし」 「それは、まあ…女子力上げる為、パックしたり、ストレッチしたり、胸大きくするマッサージしたり…いろいろしてるけど、やっぱりそれだけじゃ足りへん気がして」 「可愛いなあ。彩夏ちゃんは」 「可愛くなんてないよ!立夏さんみたいに綺麗な顔に生まれたかった。ちんちくりんな目、鼻、口。そばかすはないけど、うちは差し詰め赤毛のアンや」 「アンは可愛いよ。それに一生懸命な彩夏ちゃんは素敵だと思うな」 立夏に微笑まれて、彩夏は嬉しい気持ちでいっぱいになった。 落ち込みそうになる気持ちをいつも励ましてくれる立夏に、彩夏は清人が益々羨ましく思えた。 「ありがとうございました〜」 翌日の夕方。彩夏は立夏と二人で花屋の仕事をしていた。彩夏は学校帰りのため、ブレザーの制服にエプロン。約束通り、伊月にハーフアップの編み込みをしてもらった。 「雨、降ってきたね」 「嫌やなあ。これから梅雨の時期になるやん」 「そうだね。あ、これからお得意様に配達してくるから、一人でお願いできる?数十分だから。平日のお客さんは少なし、仮に来てもプレゼントの花束かなって。どうしても大変なら、連絡して」 「わかった。気をつけて行ってきて」 「ありがとう。じゃあね」 店先のボックスカーに花束を積んで、彩夏は立夏を見送った。 すると雨足がだんだん強くなって来て、慌てて店に入った。 彩夏はふうとため息を吐く。 とりあえず掃除をしようとちりとりとほうきを持ったところで、誰かが入ってくる音がした。 「すいません。加賀美立夏はいますか?」 目があったその人は、黒髪とスーツの肩が濡れていた。 でもそんなことは彩夏は気にも止めなかった。 その顔はどう見ても、十年来の想い人ー光橋さんだったのだ。 齧り付くように見た写真や動画。 声も目つきも顔の形も全部そうだとわかるのに、まるで夢の中にいるようで彩夏は固まった。 「私の顔に何か?」 不穏に眉を寄せられて、彩夏はハッとした。 「す、すいません…知り合いに似てたもので。今、立夏さんは出てます。何か伝えることがあれば伝えますが」 「いや…君、花束作れるか?」 「はい」 「五千円分で、小さいブーケでいい」 光橋は財布から五千円を出して、彩夏に渡した。 「わ、私でよければ…少しお待ちください」 深呼吸をしながら、あえて光橋さんを目に入れず彩夏は花を見繕った。 「お、お相手の方は女性の方ですか?」 「ああ、結婚祝いだ」 「わ、わかりました」 手先が震える。落ち着け、自分!光橋さんは、うちやって気づいてないねんから!動揺するな! 言い聞かせながら、十分ほど目の前の花に集中した。 「お待たせしました!シャクヤク、ダリア、バラ。薄ピンクと濃いピンク。葉も緑のアクセントになるので、入れさせていただきました」 「ありがとう」 「…い、いえ」 思わず、顔をじっと見ている彩夏に光橋の右眉が上がった。 「ん?君もしかして…」 「すいません!社長!お待たせしました!」 店の出入りで傘を閉じて、スーツ姿の二十代前半の女性が現れた。 ロングの黒髪、赤い口紅、スレンダーな体型、ホワイトのジャケットとパンツスーツは選ばれたものしか似合わないものだ。 「雨、大丈夫だったか?」 「はい。傘が合ったので大丈夫です。待ち合わせ場所がまさか住宅街の花屋だとは…花束は取引先のものですか?」 「いや、これは君に」 「えっ?!」 女性は驚いた様子で花束を受け取った。 「ありがとうございます!!」 感激した様子に光橋も満足気だった。 「これからも秘書として、よろしく頼む」 「はい!もちろんです」 「では、失礼」 「失礼しました」 「いえ、ありがとうございました」 彩夏は相合い傘の二人に頭を下げた。 二人が見えなくなって彩夏は夢の中から戻ったように体の力が抜けた。 「嘘やろ…なんやったん?あの似合いのカップル…」 彩夏は段々と現実味を帯びた光景を反芻する。 あれは、素敵な男女のカップルにしか映らなかった。 婚約者か!そら光橋さんに婚約者がいて、花束渡すくらいの人いたっておかしくない。おかしくないけど…! 彩夏は不意打ちにハンマーで頭を殴られた気分になった。 フラれる想像も両思いになる想像と同じぐらいしたが、こんな展開は想像もしなかった。 「彩夏ちゃん、ほら、これホットタオル」 立夏が得意先から帰ってきて、彩夏は堪えていた涙が一気に溢れ出した。 店長が帰ってきたので、二人は早々に帰宅した。 「ご、ごめん。立夏さん…う、うち、いきなり、なんか、もう」 「いいから。光橋くんが来て、気づかれなくて、しかも婚約者がいて…聞いただけで情報量多すぎて。自分がいない数十分に何があったのかって落ち着いて聞きたかったから…」 彩夏は腫れた目をホットタオルで温めながら、深呼吸をした。 「少しは落ち着いた?」 立夏は温かいルイボスティーを入れてくれた。 「う、うん」 ローズヒップ入りでほんのり酸っぱい味は彩夏の胸に沁みた。 「光橋くんに彩夏ちゃんが高校入学した時の写真は送ったんだけどな」 「気づいてないのは、十年も会ってないねんし、想像してたよ。それより驚いたんわ…婚約者のめちゃキレーな人や!」 思い出すだけで泣いてしまうお似合いの二人。いつか見るかもと思いはしたが、やはり不意打ちはつらい。 「清人くんからも光橋くんからも婚約者がいるのは聞いてないよ?」 「あーでも、やっぱり思い出されんかったのもつらいー!わかってた展開やけど、つらい」 子どものパニック状態だと冷静な自分がツッコミながらも彩夏は涙が止まらなかった。 立夏は彩夏を抱きしめて背中をぽんぽんとしてくれた。 「うっく、ひっく…ごめん。立夏さん」 「ううん、人を好きになるのはやっぱりつらいよ。僕も彩夏ちゃんと同じ。長い時間同じ人を好きだから。そう簡単にいかないもんね」 彩夏は立夏さんの言葉を聞いて、立夏さんの境遇に比べればと少し冷静になった。 「お、大袈裟やんね。うちは勝手に十年憧れとっただけや。立夏さんと清人にいに比べたら…」 「人を好きになるのに、比べる理由なんてないよ」 「う…うう、立夏さん優しいすぎる〜」 彩夏は立夏に抱きついて数分泣いた。 一息ついた所で、立夏がホットタオルを温め直すと言った。 「ありがとう立夏さん」 「いいよ。紅茶も入れ直すね」 彩夏はダイニングテーブルの椅子に座った。 泣き疲れて放心状態の彩夏に立夏は紅茶を先に出した。 同時にピンポーンとチャイムが鳴った。 「ああ、もう七時か。このチャイムは清人くんだね。夕飯作らなきゃだけど、今からなら出前にしようか」 「ごめん。うちのせいで」 「気にしないで」 立夏さんは微笑むと清人を出迎えに言った。 「ふう…」 ため息をつきながら、彩夏は紅茶を飲んだ。 「あかん。泣きすぎて頭いたい。とりあえず伊達眼鏡かけて清人にいにはごまかさな」 彩夏は自室に帰り、急いでファッション用の伊達眼鏡をかけた。 椅子に座り直して、紅茶をゆっくり飲んだ所で清人と立夏がやってきた。 「清人にい、おかえり」 「ただいま。彩夏ちゃん!」 立夏にジャケットを渡した清人は浮き足立っていた。 「なんや嬉しそうやな」 「まあね!彩夏ちゃん喜ぶと思うよ」 「清人くん…」 立夏さんは戸惑った表情だった。 「ていうか、彩夏ちゃん眼鏡どうしたの?目も赤いし、声もなんか枯れてない?」 「あー感動する映画見て、泣いててん。立夏さんに迷惑かけて」 「そうだったの?」 清人は立夏に聞いた。立夏さんはそうだよと彩夏に合わせてくれた。 「じゃあ、今から起こることもっと感動するだろうな」 ピンポーンとまたチャイムが鳴った。清人が浮き足立ちながら玄関へ向かう。 「彩夏ちゃん、あのね…」 立夏が申し訳なさそうに言うので、彩夏は首を傾げる。 「誰か、お客さんなん?」 「うん、その…」 立夏の困惑顔の向こうに、スーツ姿の男性が二人現れた。 一人は清人。彩夏はもう一人を見て、頭が真っ白になった。 「じゃーん!彩夏ちゃん!光橋、連れて来たよ!」 「…お邪魔します」 清人の腕を肩を回されて、光橋は困惑しながらリビングに現れた。 彩夏は漫画のように椅子からガタンとすべり落ちた。 「あ、彩夏ちゃん?!」 清人と立夏の声が同時に聞こえた。 「だ、大丈夫やから…」 嘘やろ?地に落ちてた所にこの仕打ち! 彩夏はズリ落ちた眼鏡をかけ直して、椅子に座った。 ちらっと見たが、夕方に訪れたスーツ姿の光橋その人だった。 清人に言われ、彩夏の席の斜め前に座った。光橋は首のネクタイを緩め、ジャケットを脱ぎ、リラックスモードになっている。 彩夏はチラチラとしか見られなかった。 「彩夏ちゃん、びっくりした?」 「び、びっくりしたよ!そりゃ」 彩夏は声が裏返るぐらい動揺していた。 制服のままで、しかも顔は涙で一番ぶさいくな顔である。せめて気合いの入れたワンピースや少しリップを塗るぐらいの時間が欲しい。 「光橋くん、今日、彩夏ちゃんに一度会ってるんだよ?」 ビールとグラス二つを持ってきた立夏さんがいきなり今日の話題を振った。 「り、立夏さん!」 「え、そうなの?」 清人は興味津々に光橋と彩夏を交互に見た。 「ああ…やっぱりあの時の」 はじめて目があって彩夏は顔を真っ赤にする。今日は一日心臓が忙しない。 「光橋くんわかってたの?」 立夏が彩夏の隣に座って、光橋に問いかけた。 「ああ、途中で秘書が来たから話せなかったけどな」 淡々とした表情で光橋は語る。 ビジネスモードの時よりも冷たい雰囲気だが、こちらが通常モードだと彩夏は思った。 この雰囲気は十年前と変わらないからだ。 「彩夏ちゃんに聞いたよ。その人と結婚するの?」 「り、立夏さん!いきなり話ぶっこまんといてや!」 「でも大切なことでしょ?」 キリッとした目で立夏に言われ、彩夏は何も言えなくなった。 「あれはただの秘書だ」 「ええええ?!」 彩夏は思わず声を上げて立ち上がった。 「うるさい」 「ご、ごめんなさい」 彩夏は光橋の言葉に小さくなって席についた。 「でも光橋くん結婚祝いに花束渡してたって」 立夏が代わりに話を聞いてくれた。 「世話になっている秘書が結婚するのは確かだけど、俺じゃない。聞いたのが急だったんで花束を渡そうと待ち合わせを立夏さんの店にした」 「そ、そうだったの」 「ほ、ほんなら、光橋さんは結婚せえへんの?」 「そうだ」 「よかった!よかったよ!立夏さんっ」 彩夏は立夏に抱きついた。 彩夏は地獄から天国に這い上がったような気分だった。 「よかったね」 立夏が安堵のため息をついた。 「な、何がどうなってたんだ?」 清人が一人取り残されていた。
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