プロローグ

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みつはし さとしさま 16さいになったら、みつはしさんの およめさんになります。 いしばし あやか 十年前の八月下旬。 小学一年生の石橋彩夏はおりがみの裏に書いた手紙を光橋悟に渡した。 光橋は、高校三年生。彩夏とは十二も離れている。 夏休みに訪れた光橋に、彩夏は夢中になった。 クールで、何を考えているかわからない。 ラグビー部で焼けた肌黒さ以外、田舎町にはいない淡々とした佇まいは珍しく。 短髪にメガネ姿の組合せは知的だった。 嫌な顔をしながらも、ずっと彩夏と一緒にいてくれた。光橋はわかりにくいけれど、優しかった。 「いますぐ読んで!」 顔色は変わらないが光橋はすぐ読んだ。 光橋のメガネの奥を彩夏は見ていたが「手紙なんていらないと言われるかも」と気がついたら、俯いていた。 すると、彩夏の頭に光橋の手が触れた。 「…みつはしさん?」 光橋は相変わらず顔色を変えぬまま、ハの字眉の彩夏をずいぶんと高い位置から見ていた。 「本当に叶えたいなら、叶えてやる」 「光橋、約束は簡単にしない主義だろ?」 彩夏の従兄弟に当たる石橋清人が驚いていた。 光橋は清人が連れてきたラグビー部の親友だった。スレンダーな光橋と違ってガタイがよく、真っ直ぐで男らしい性格だ。 「彩夏ちゃんは光橋くんの心を動かしたんだね」 清人の隣で和服を着こなす眉目秀麗な男性は、加賀美立夏。清人や光橋のひとつ年上で大学一年。 清人が連れてきたもう一人の友人だ。 立夏は笑顔に品があった。 彩夏は私も同じぐらいの歳になったら、こんな風に笑えるかなと思った。 「じゃあな」 光橋が手紙を折りたたんで、ジーパンのポケットに入れた。 彩夏は三人の背中を見送りながら、手紙を書いたきっかけを思い出した。 昨夜のこと。 田舎町の神社で出店が多数出る祭りが行われた。 有名な花道家でもある立夏に着付けをしてもらった彩夏は意気揚々。 あれをしたい、これをしたいと彩夏は光橋と屋台のあちこちへ行き、挙句、神社の境内にやってきた。 真夏の人混みの中、彩夏に手をひっぱり回され、さすがの光橋も汗をかいていた。 「もうこれで最後だからな」 「わかってるって」 「水風船と、きらきら光る棒とリンゴ飴持ってて」 光橋は黙って、それらを受け取った。 彩夏は巾着袋から、小銭入れを開けると貴重な百円玉を賽銭箱に投げた。 「何をそんな願うことがあるんだ」 「うるさいな!光橋さんは黙ってて」 パンパンと手を叩いて、彩夏は目をぐっと閉じた。 念を込めて、神様に何度もお願いした。 「そんな真剣に叶えることがあるのか?」 光橋は彩夏のあまりに真剣な表情に声をかけた。 「みつはしさんなら叶えてくれる?」 「内容によってはな」 「ほんまに叶えてくれるん?」 「俺が叶えられることならな」 「…みつはしさんに、ずっとここにいて欲しい」 「えっ?」 あまり顔色を変えない光橋が驚いた。まさか自分に関係するとは思わなかったようだ。 驚く光橋の顔を見ながら、彩夏は必死に言った。 「みつはしさんにうちのそばにいつもいてほしい。めちゃムカつくなって思う時もあるけど、いつもなんで?って聞いたら答えてくれるし、お風呂以外はそばにおってもモンク言わんし」 「好きなようにさせとけばいいって思っただけだ。普段子どもに触れ合う機会がないし。戸惑いもあった」 「な、みつはしさん。お願い、叶えてくれるんやろ?」 ズボンの裾を引っ張って、彩夏はお願いした。 「それは無理だな」 「な、なんでなん?願い叶えてくれるんやろ?」 「お金で解決できない」 「みつはしさん、お金でかえるん?」 「買えない。とにかく、明日、俺は石橋と立夏さんと帰る。今年は大学が別になる石橋や立夏さんと過ごす最後の夏だからここに来たが、もう来ない」 ぴしゃりと言い切られ、彩夏は言葉をなくした。 「…もう、会えないん?」 彩夏は恐る恐る声に出すと、震えていた。 「そうだな」 「ひどい!なんでなん!」 「嘘つく方がひどいだろ」 願いが叶わないどころか、もう二度と光橋に会えないとわかると、彩夏は目が涙でいっぱいになった。 うわーんっと声を出して泣き出した彩夏に、光橋は慌ててしゃがんだ。 泣きながら彩夏は光橋を見た。 泣き落としでも、無理なことは小さいながらわかっていた。 でも泣かずにはいられなかった。 彩夏は目を擦りながら、光橋の顔を見た。 その顔は、戸惑っていた。 光橋さん、こんな顔をするんや。 光橋さんが困っている顔してるのが、嬉しいなんて、へんなんかな? 彩夏は悲しいのか、嬉しいのかわからないまま、その場で泣いていた。 光橋は黙っていたが、泣き止むまでずっと彩夏の側にいた。 翌朝、彩夏は泣き疲れ、光橋におぶられて帰ってきたと母に聞かされた。 母に事の顛末を話して、どうしたら光橋さんと一緒にいられるかと聞くと、母が言った。 「十六歳になって結婚したら、一緒にいられるかもなあ」 母の冗談だったにも関わらず、彩夏はその言葉を鵜呑みにした。 「うち、みつはしさんのお嫁さんになる!」 可愛い娘の言葉に、母は丁寧に手紙の書き方を教えてくれた。 それから二人は十年会っていない。 唯一、清人とのつながりで、バレンタインデーにチョコを送り、ホワイトデーにお返しがある。 それ以外二人のやりとりはない。 彩夏は手紙を書くにも、何をどう書けばいいか分からず。 手作りチョコ菓子に思いを込めていた。 後は清人と立夏を介して、光橋の話を聞いたり、写真や動画を見せてもらった。 もう、アイドルを応援しているような気持ちに似てる。 あの夏の日の出来事に、いつまで憧れているのか。 さすがに中学生にもなると彩夏は思った。 でも、ずっと夢は変わらない。 「うちは、光橋さんのお嫁さんになる!」 この夢に決着をつけなければいけない。 中学になり、必死に勉強した彩夏は都内の有名私立女子高校を受験し、見事、合格した。 そして今年の春、上京した。
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