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第十二話
「言っとくけどな。ただでさえ帝主催の武術大会は、勝ちの薄い八百長試合なんだ。帝は手前が勝つことしか脳にねえぼんくらよ。少しでも危険と判断したら、オレ様の意思で棄権させてもらうからな!」
「はい」
「はっはっ。秋都は見た目に寄らず、臆病者じゃのー」
「ッるせー!!誰が臆病だ、アホが!俺はそもそも、負けると分かってる勝負なんざしたくねーんだよ。てめえらがどうしてもっつうから付き合ってやってんじゃねーか!」
「むっ、武蔵さん、あっちで兵隊さんが睨んでますから、そんな大声で……」
やんわり武蔵を宥めようとする凛だったが、それでも武蔵の怒りは静まらなかった。
大会参加を強制的に決定された挙句、武術大会の日まで剣道の道場に(真剣の命令で)通わされたのだから、彼が怒るのも無理はない。
都の城門前広場は、茜音城正門にある広場の総称だ。
今回は広場一帯を利用して試合が行われる。
武術大会は帝主催の伝統行事だ。
帝自ら国民の前に姿を現し、無礼講で祭りに興じるというわけだ。…表向きは。
「帝の用意した精鋭部隊は、専門的な訓練を積んだ強兵だ。はなっから一般小市民が勝てるようにはなってねえ。結局はてめえの権力を見せ付けて、国民を屈服させるのが目的なんだよ」
「権力を見せびらかすためだけに、市民を利用するなんて…」
「ほうかも知れんの。ほんでも、参加することに『意義』があるぜよ」
「どんな意義が有る?賞金は優勝しなけりゃ出ねーんだぜ」
凛は言い争う二人についていきながら、不安な気持ちと戦っていた。
こうしている間に、刻一刻と試合開始時間が近づいていく。
城門前には白金の鎧を身に着け、手に長剣を構えた門番が二人立っている。
凛たちは大会案内の兵士に連れられて、広場の左側に用意された参加者用の待合所へと案内された。
待合所とはいえ、大会のために急遽用意されたスペースだ。木製の長机と、参加者用の椅子が数脚、あとは簡易的な救護用テントしかない。
参加者たちは待合所に案内され、帝の開会宣言を待つのがしきたりだ。
凛たち三人も、椅子に着席するようにと案内役の兵士に指示された。武蔵は右隣に座った真剣に小声で耳打ちする。
「おい、真剣。ここでその喋り方はやめろよ。怪しまれる」
「何故なが?」
「何故?じゃねーよ。お前のその喋り方、青藍の訛りが入ってるだろうが?ここは帝のお膝元だぞ!目ぇつけられたら、どうすんだよ」
「あイタッ!痛いぜよ……」
今は休戦中とはいえ、茜音と青藍は桜藤の乱で激戦を繰り広げたばかりだ。事の重大さを理解していない真剣を、武蔵が大声で怒鳴りつける。耳朶を引っ張られた真剣は、顔を真っ赤にして大人気なく喚いた。
――こんなに騒いだら、すぐに目をつけられてしまう。
「お願いだから、これ以上目立たないでください!」
凛は羞恥で頬を赤くしながら、男二人を宥めにかかった。
「二人とも、静かにしてください。見張りの兵士さんに睨まれてるじゃないですか…!」
「やれやれ。凛さんに叱られてしまっては仕方ないやき。――あ~あ~……こほん。…実は、茜音の言葉遣いも密かに練習していたのだ。こんな感じでどうだ、秋都?我ながら、完璧な茜音語だろう?」
「いや。なんか……それはそれでウザイな……」
「なんか変な感じですね…。真剣さんじゃないみたいで」
「ふむ。難しい注文をつけるな、お主らは」
「だからっ、なんでそんな上からなんだ!?てめえは?」
長髪をかきあげて溜息を吐く真剣は、どこぞの貴族か王族かのような振る舞いをみせる。口調で気分まで左右されるタイプのようだ。武蔵の神経が逆撫でされるのも無理はない。
「二人とも、静かにしてください。始まるみたいです」
微妙な言葉使い(偉そう)に真剣がチェンジしたところで、いよいよ大会開始時刻になった。
城門の前にいた門番二人が剣を高く掲げる。同時に、広場の左端(凛たちから見ると丁度正面)に設置された銅鑼を、帝の応援部隊が叩き始めた。
良く通る銅鑼の音が、地響きのごとく広場全体に響く。すると、通りを歩いていた市民たちが銅鑼に釣られて我先にと広場に集結した。
「けっ。阿呆の野次馬どもが、わらわら集まってきやがる。暇人どもめ」
「仕方がなかろう…。彼らは帝の政治に一切口出しできぬ。自分の家族や友人が徴兵されても、文句ひとつ言えぬのだ。武術大会で市民の気が少しでも晴れるなら、行う意味もあろう」
真剣は長い前髪の下で、群がる市民を静かに見つめていた。
「ふん。所詮、力のない一般市民が強兵相手に優勝できるワケねえのによ。オレ達だってどうなることやらだ」
武蔵は忌々しそうに舌打ちをして、門のほうを見やる。
「帝の、おなーりーーーーー!一同、礼っ!!」
凛は、城門が門番の号令と共に開かれていくのを見守っていた。
洋風文化が拡大する茜音の都。しかし、茜音城だけは未だ流行に染まらず、国の伝統的建造物として威厳を保っている。
重厚な鋼鉄と、紅く塗装された四脚門が開かれた先に、三人の人影が立っていた。
「あのお方が…帝……」
凛が帝の姿を実際に目にするのは、これが初めてだった。
(まさか、私と同じ年くらいだったなんて)
左右に控えた護衛兵に引率された帝の姿は、まだ十五・六歳くらいの少年だった。
漆黒の法衣を身に纏い、頭からすっぽりとフードを被っている。
表情は窺えないが、足元には舶来品のブーツを履き、呪術用の首飾りで華やかに胸元を飾っていた。艶やかな錫杖が、帝が歩くたびしゃらしゃらと鈴の様な音を奏でる。
――国の主というよりは、まるで呪術師のようだと凛は思った。
凛がポカンと帝に見惚れていると、隣の武蔵がこっそり口ぞえした。
「なんつう間抜け面してんだ、阿呆!……ま、驚くのも無理はねえか。俺は役人の親父から、帝の噂は耳にしてたけどな」
「そうなんですか。…私、帝があんなにお若いなんて思わなくて」
「ま、あの年齢じゃ、執政官とお目付け役がついてるだろうよ。あんな子供に一国の指揮が執れるワケがねえ。詳しい事情はしらねえけどな。…親父は役人だが帝に仕えている訳じゃねえし、下っ端役人には国の内情は明かせねえんだろうよ」
「……」
「真剣さん?」
凛は、無言で帝を凝視する真剣の横顔を覗き込んだ。
「アレがただの子供か…、果たしてそうかのう?」
「え?」
「よからぬ気配がする。あの子供……ただモンじゃーないが」
凛が話しかけても、真剣は眉間に皺を寄せたまま険しい表情のままだった。
「一同、面をあげい!皇帝、朱華様の開会宣言である!」
帝が顔を上げる。次の瞬間、凛はハッと息を呑んだ。
朱華が、凛たち三人が座っている方向へ視線をちらりと向けたからだ。
(……目が、あった?)
勿論、凛がそう感じたのはほんの僅かな間だった。朱華は護衛兵に脇を固められて、広場の中央まで歩いて行く。
頭から深く被った法衣のフードは、挨拶が始まっても取らなかった。
「これより、武術大会を開催する。知ってのとおり、この大会は余の率いる精鋭部隊と、諸君たち国民から参加を募った有志で行われる。三対三の真剣勝負だ。観戦者諸君も、余と共にこの大会を愉しんでもらいたい」
顔の全てを覆い隠すフードの下で、朱華の血色の悪い口元が小さく動いていた。
凛は朱華に対し、得体の知れない畏怖を覚えた。
朱華の声音はどちらかといえば高く、声変わり前の少年そのもの。
…それなのに、仰々しい発言と怪しげな容姿がアンバランスさを際立たせ、違和感をかきたてるのだ。
開会宣言が終わると、群衆から拍手が巻き起こった。
歓声と拍手を浴びながら、朱華が高く右手を挙げる。それを合図に、背後から護衛とは別の新たな三名の男が姿を現した。
――あれが、今回の凛たちの対戦相手。帝の用意した精鋭部隊だ。彼らは腰に武蔵と同様に刀を差し、着物と袴姿で軽装をしている。
一見、市民の普段着と変わらない格好だが、三名とも皮製の胸当てを装備していた。あれらは以前、凛も目にしたことがある。青藍の刺客が身につけている装備と同等品だろう。
「いよいよ始まっちまうのか…。こーなったら腹括るしかねえな。オレもこの日のために、道場の雷親父にスパルタ特訓受けてきたんだ。やれるだけはやってやるよ。敗北は性に合わねえからな!」
「私も頑張ります。一秒心眼で、武蔵さんをサポートできるように」
「凛、お前はくれぐれも無理すんなよ」
武蔵は椅子から立ち上がる寸前、凛の頭を数回、ぽんぽんと叩いた。
それは、凛にとってはある種のオマジナイのようなものだ。
自分の未来が視えずとも、不安に怯えないように。武蔵が凛に与えてくれる〝安心〟というお守りだ。
――凛が首から下げている、リアムのネックレスと同じように。
「凛さん。わしはお主をしっかり守る。だからお主は、その心と眼で、武蔵を助けてやるのだよ」
「はい。真剣さん」
真剣のぎこちない喋り方にほんの少し和みながら、凛も二人に続いて椅子を立ち上がった。
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