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第十話 一秒先を視よ
真剣の唐突な武術大会参加宣言から、一夜明けた本日。
「おんし、どの武器が欲しいんじゃ?なんでもわしが買うてやるぜよ!…出世払いでのぅ」
「本当に、本気なんですか!?」
武器戸棚を前にした凛は、早くも卒倒しそうになった。
定休日の武蔵堂を「貸し切りたい」と申し出た真剣は、どうやら凛に武器を与えるのが目的らしい。
一般的な刀剣は勿論、銃器、大槍、薙刀、暗器、木刀に至るまで古今東西ありとあらゆる武器が一式揃うのが、都一の武器屋【武蔵堂】だ。
しかし、凛のように妙齢の娘が扱うとなると選定は難しい。
そもそも、茜音では「女性は家を守るもの」という考え方が主流だ。
「だからーっ!無理に決まってるだろうが!?凛が武術大会でまともに戦えるワケねえだろ?精々生き残れたらめっけもんだ!」
武蔵に文句を浴びせられても、凛は言い返すことができなかった。
素人の身で帝の精鋭を相手に立ち回る自信があるはずもない。
「私だって、二人のお役に立てるなら参加したいと思ってます。でも、武器を持って戦った経験もないのに…」
「ちっちっち!凛さん、わしの言葉を覚えちゅうか?わしは〝おんしには、おんしの戦い方がある〟と言うたちや」
「はい。それは聞きましたけど…?」
「武器はあくまでお飾りじゃ。大会参加に丸腰では規則違反じゃからの。おんしはわしの背中に隠れておればええ」
「え?」
「はあっ?」
凛が目を丸くしていると、いきり立った武蔵が真剣に食ってかかった。
「なに言ってんだよ、てめえは?!」
「作戦があるぜよ。試合が始まったら、秋都が先行して敵に突っ込み、全員打ちのめすんじゃ。……万事オッケー。ジ・エンドぜよ」
「おいっ!?なんだ、その作戦にもなってねえクソみてえな妄言は!つーか、それって全員オレが倒すってことじゃねえか!?どんだけ他力本願なんだ、てめえはッ!?」
憤る武蔵を尻目に、真剣はにんまり笑ったまま得意げに続ける。
「わしは、凛さんのガードに徹するよ。〝未来を心眼で視る〟勝利の女神がわしらには居る。凛さんさえ守りきればこっちが勝ったも同然ろう?」
「私は未来記録をして、武蔵さんの手助けをすればいいんですね?」
「そうちや。ようできちゅう!」
ここでようやく、凛には真剣の〝作戦〟(と言うほどでもない)の概要が理解できた。
一方、作戦の要である武蔵といえば、眉間に皺を寄せて真剣を睨んでいる。
「秋都。おんしは、敵を倒すことだけに集中すればええ」
「だーかーらー!それがふざけてるって言ってんだよ、阿呆が!俺はそもそも、凛を大会に出すのは反対だ!いくら規則で殺しはご法度って言ってても、万が一だってあるだろうが!毎月死人が何人か出てるんだぞ?」
「えっ!?」
武蔵の怒声を聞き、凛の顔から血の気が引いた。
――帝の御前での武術大会だ。まさか参加者が落命する危険はないだろうと、凛はどこかで楽観視していたのだ。
「オレ様は負けるつもりねえし、やれってんならやってやるぜ。けど、戦えない小娘を危険な大会には出せねえって言ってんだよ!」
正直、凛の決心は揺らぎそうになっていた。
心眼を使って武蔵のサポートをする。未来記録士の能力を活用するのは一向に構わない。…が、いざ戦闘に巻き込まれたら、自分の身は自分で守らなくてはならないのだ。当然、武蔵の足を引っ張ってはならない。凛が唇を噛みしめて悩んでいると、真剣が静かに彼女の側へ歩み寄った。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。わしが、絶対おんしを守ってみせる」
「真剣さん」
「絶対。――……絶対じゃ」
真剣は、凛の細い髪の毛を梳くように撫でた。真剣の柔らかい口調が、凛の緊張した心をほんの少し和らげる。
「この世の中に、〝絶対〟なんて保障はねえんだよ。未来記録士でさえ、心眼で視ることできねえもんだってある。真剣、てめえの未来がいい例だろうが?」
「ほうかもしれんのお。それでも、凛さんは絶対守り抜く。それが、わしの護衛としての任務じゃ」
「私……」
「凛さん。返事は今すぐとは言わんから、よう考えてみてくれんかの?」
「おい、真剣…!!」
「少しの間、居ぬるぜよ」
武蔵の制止には耳を貸さず、真剣は玄関の引き戸を開けるとふらりと商店街へ消えて行った。
「っとに、勝手なヤツだぜ。凛、断れ。お前は武術大会なんぞに出る必要ねえ。どうしても大会の優勝賞金が欲しいってんなら、まあ…オレ様が真剣と出てやるよ。あと一人武術の心得があるヤツとッ捕まえりゃ、頭数は何とかなるだろ」
「武蔵さん」
「ん?」
「私、未来記録士の力を戦いに活かそうなんて、考えた事ありませんでした…」
「阿呆、当たり前だ。紀一さんだって護衛が付いてたんだぜ?呪術師の役目は、率先して戦場で武器を振るうことじゃねえ。戦の戦況を読んだり、結果を予測して戦術を練ることなんだからな。軍師みてえなもんってこった」
武蔵は凛に説明しながら武器戸棚の鍵をかけた。
小刀が並んだガラスケースの前で呆然と立ち尽くす凛の腕をつかんだ武蔵は、語気を強めて呼びかける。
「おら。物騒な物熱心に見つめてねえで来い。居間で茶でも入れてやる」
「…はい…」
武蔵に促されて居間の座敷へと上がった凛だったが、その心中は穏やかではなかった。
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