第七話 逢引(後編)

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第七話 逢引(後編)

 真剣(まつるぎ)に連れて行かれた最後の逢引スポット。 そこは都の北門を出てすぐ、小さな雑木林の中にある小高い丘の上だった。 林の中に連れ込まれた時は警戒した凛だったが、砂利の坂を登って見晴らしの良い丘に立った時、やっと真剣の狙いが分かった。 「すごい!都全部が見渡せるんですね」 「ああ。ええとこじゃろ?」 「はい、とても!」  丘の上には、見事な絶景が広がっていた。暮れ始めた茜の空と都の陰影のコントラストに凛はうっとり見惚れる。 「あん中の人間の内、まこと平穏に生きちゅう人はなんぼおるんかのぉ…」  凛の隣に立つ真剣は、端整な横顔に苦渋を滲ませてポツリと呟いた。 長い後ろ髪は旗のように秋風に靡いている。 「凛さん。おんしは何故、わしにここまで付いて来た?」 「えっ?」 「確かに、紀一の情報がほしいのはわかる。ほんでも、わしはお尋ね者やき。身の危険もあるかもしれん」 「……それは」  凛は、問い詰めるような真剣の視線に一瞬声を失った。 ――確かに、都で真剣に再会した時、凛の口から飛び出した言葉は「父探し」とは、かけ離れたものだった。  凛はただ、真剣の目的が知りたかったのだ。 「真剣さんの知っている〝未来〟に、父が関係している気がして…。だから、ちゃんと話を聞いてみたかったんです」  思い悩んだ末、凛は慎重に言葉を紡ぐ。 「真剣さんは、ずっと父を探しているんですよね。それは、あなたの未来に父が必要だからではないんですか…?」  凛の問いに対し、暫し真剣が沈黙する。風に揺れる草むらがこすれ合い、さわさわ音を立てていた。 「…紀一の娘であるおまえさんがそうゆうんやき、そうなんやろうな」  真剣の視線は、夕暮れに沈む都に注がれたままだ。凛の問いを肯定しているようにも取れるが、煙に巻こうとしているようでもあった。 「わしは……紀一を止めるために、戦場を逃げ延びたんじゃ。茜音(あかね)青藍(せいらん)、二つの国に平穏を取り戻すために」 「えっ?いま、……なんて?」 ――紀一を止める。  不穏な単語が耳に入り、凛のこめかみに痛みが走った。 真剣(まつるぎ)の横顔は真剣(しんけん)そのもの。とても冗談を言っているようには見えない。 「父は、生きているんですよね?一体何があったんですか?……止めるって、どういう意味なんです?」  ただ、父と真剣の間にある真実が知りたい。真剣の着物の裾を握り締め、凛が顔を見上げると、真剣は双眸を細めて笑った。 「わしの運命の気が視えないと、凛さんはゆうたね」 「ええ…。〝気〟が視えなかったのは、真剣さんが初めてでした」 「こりゃー、紀一の仕業じゃき」 「はい?」 「紀一がわしに呪をかけとる」 「……まじない、ですか?」  真剣の口から予想外の答えを聞いて、凛は面食らった。 (まじない)と一口に言っても種類は様々。占いも呪術に含まれるが、凛が紀一に教わったのは未来記録(レコーディング)の方法だけだ。  世界各地には多彩な呪術師が存在しており、病を治癒する者から他者を祟り殺せる呪術者まで存在するという。 「あの、呪って一体、どんな?」 「わしの運命の気を、やつが封じとるんじゃ」 「え?」  ――人間なら誰しも生まれつき持っている気を封じる? そんなことに何の意味があるのか、凛は要領を得なかった。 「わしの呪が解けておらんことは、おんしに視てもろうてよう分かっちゅう。つまり、呪術者も生きとるちゅうことじゃ。おんしがわしを視ようとしたとき、紅い光が視えたのは紀一の呪の結界やろう」 「どうして、父は真剣さんの運命の気を封じたりするんですか?」 「ほりゃあ、簡単ちや。同じような力を持った者に、自分の――……」 「自分の?」  真剣の言葉も紀一の目的も凛には理解不能だ。謎を紐解きたい一心の凛に対して、真剣の表情は徐々に影を落としていく。再び二人の間に沈黙が訪れた、その時だった。 「おーーーーーーーい!りーーーーーーーん!居んのかこらーーーーー!居たら、返事しろアホーーーーー!」 「な…っ!む、武蔵さん…!?」 「おや。ナイトのお迎えじゃのー」 「ないと?」 「護衛ちゅー意味じゃ」 「護衛……」  凛と真剣が同時に振り返ってみると、ぜえぜえ肩で息をする武蔵の姿があった。癖っ毛が強風で煽られて、見るも無残な雀の巣状態になっている。 「武蔵さん、どうしてここが?」 「……ッ、真剣ぃ……てめえはまた、凝りもせず凛を――……!」  真剣は、武蔵の殺気を余裕の笑みで受け止めていた。肩に降りた横髪を背に流し、丸みを帯びた目元を細めて武蔵を見ている。 「おんし、まっこと良い目をしちょるなー」 「ふっざけんな!!凛から離れろってんだよっ!」  飄々とした真剣に業を煮やした武蔵は、腰に下げていた愛刀・紅鶺鴒丸(ベニセキレイマル)の柄に手をかける。 「武蔵さん!」  帯刀状態から放つ居合いの一撃は、肉眼では剣先すら捉えられないスピードだ。  一太刀は草の海を真っ二つに引き裂き、研ぎ澄まされた剣圧が空気を振動させて相手に届く。  真剣は表情一つ変えず、武蔵の居合いで裂けた地面の亀裂と、なぎ倒された草波を眺めていた。 「…次はてめえを斬るぜ」 「ええ腕じゃの。おんし、名のある剣客か?」 「てめえに名乗る名はねえ!凛を離せ!」 「仲良くしやーせんか?わしも、おんしらの仲間に入れて欲しいぜよ」 「へっ?」  しかし、一触触発の空気をあっけらかんと打ち破ったのは、当事者の真剣本人だった。 「はあ?な、なんだとぉ?」  武蔵は肩を怒りでわなわな震わせて、今度は抜刀しようと構える。 「ま、待って!武蔵さん!」 「凛!てめえは何をやってんだ!?いい年の女がひょこひょこ男について行って、恥を知りやがれ!」 「ええ?ち、違います……!わたしはただ、真剣さんに父の事を聞きだそうとして…」 「へえー。そうかいそうかい!暮れなずむ空の下、二人っきりで熱心に見詰め合ってか?ああっ?」 「みっ!?」 凛は、武蔵の発言でやっと自分の状況に気がついた。 (そ、そう言われてみれば……わたし今日ずっと真剣さんと二人っきりで…) 「はっはっ。仲がよくて、しょうえいなあー」 「どこがだっ!?良いから、てめえは去れ真剣!散れっ!」 「武蔵さん、そんな言い方は……」  凛は慌てて武蔵に駆け寄り、攻撃を止めさせようとする。 真剣は二人のやり取りを微笑ましそうに見守りながら言った。 「凛さん。未来記録士(レコーディスト)としてはおんしはまだ駆け出し。護衛は多いほうがよかろ。どうなが?わしをおんしの護衛にしてくれんか?」 「はあぁあぁぁーっ!?」  武蔵は裏返った声で大絶叫。凛は呆気に取られて目をぱちぱちさせた。 「ご、護衛と言われても。私……お金払えませんし」 「簡単な契約じゃ。おんしはわしの呪を解いてくれ。わしは、紀一が見つかるまでおんしに協力するき」 「呪を解くって…。呪を見たのは真剣さんが初めてですし、これまで聞いた事もないんですよ」 「未来記録士(レコーディスト)の施した呪は、未来記録士にしか、解けんのじゃ」 「未来記録士(わたし)にしか……」  呪の正体は凛には見当もつかないが、呪は紀一に繋がる手がかりになるかもしれない。紀一が秘密にしていた未来記録士の真実を凛は知りたかった。 「つか、なんでてめーが未来記録士しか解けないマジナイについて知ってんだよ!?」  武蔵の問いに対し、真剣はただ柔和な笑みを湛え黙しているだけだった。 「真剣さん。本当に、協力してくれますか?」 「おい、凛……何言い出すんだよ?」  武蔵が呼び止めようとした時には、既に凛の心の準備は出来ていた。真剣に向き直った凛は、深々と頭を下げる。 「宜しくお願いします」  自分ひとりでは、危険な目に遭っても身を守る術がない。しかし、紀一を探し出す前に死んでしまっては元も子もない。  凛は、非力な自分が嫌だった。縋れるものにはなんでも縋って、紀一を見つけ出す決意を固めたのだ。 「勝手に話を決めてんじゃねーよ」 「武蔵さん?」 「子守なんざ、オレ一人で手が足りてる!」  武蔵は納得がいかない様子で真剣に詰め寄るが、真剣の口元はおかしそうに吊り上がった。 「ほう、やきもちか?」 「ぶっ!?」 「武蔵さん、汚いですよ!」 「ごほっ、げほっ!」  予期せぬ変化球を喰らった武蔵は、唾を飛ばして噎せ返ってしまった。くるくる舌が回る武蔵にしては珍しい反応だ。 「若いもんは、ええのぉー」 「誰がッ!いつッ!誰にッ!何でッ!ヤキモチなんざ妬いたァッ?」 「ほれ、おんしの家に帰って、作戦会議ぜよ」 「え?え?は……?なっ、なんですか?」  ゴーイングマイウェイの真剣は、凛の手をさっと引いて丘を下り始める。 「こらー!阿呆共ー!待ちやがれっ、オレも行くからなー!」  何はともあれ、凛は護衛を二名?獲得し、紀一探しの旅へ向けての大きな一歩を踏み出した。 「凛、どうせならそいつを役人に突き出して換金しちまえっ!」  二人に追いついた武蔵は、真剣と凛の間にずいと割って入ってくる。 「それは出来ないです。私には真剣さんの協力が必要ですから。何の手がかりもなしに、どこに居るかも分からない父を探すよりは確実ですし…それに、真剣さんは呪をかけられているんです。私しか解けないなら、力になりたいんです」 「そういうことじゃねえよ!っとに、しかたねーな…。まあいい、この阿呆賞金首からはオレ様が情報と金をたっぷりふんだくってやらぁっ!」 「ゆうとくが、わしは金は持っちゃーせんよ」 「ほざけっ!ぜってーてめえごと換金してやるからな!」    ――こうして、いつの間にか三人仲良く?夕焼けの帰路を辿る羽目になっていた。呪のことも真剣のことも、結局何一つ分からずじまいだ。  凛はそっと着物の胸に手を当てて、リアムのネックレスに一度だけ触れると俯けた顔を上げた。  そして、言い争いながら先を歩く武蔵と真剣の背に、ぱたぱた駆け寄って行くのだった。
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