第八話 三人一組

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第八話 三人一組

(リン)、よかったな。これで当面金には困らねえし、紀一(きいち)さん探しにもすぐ発てるってもんだ!オレも面倒くせえ仕事斡旋しなくて済むってもんよ」 「武蔵(むさし)さん。だから、真剣(まつるぎ)さんを換金はしませんってば!」  凛のボロ借家に帰ってきた一行は、さっそく今後の方針を検討する事になった。 言い争う真剣と武蔵を気にかけながら、凛は三人分のお茶を用意するため、台所に立っている。 「それにしたち、相変わらず質素な部屋やね。おなごが暮らしとるとは到底思えんよ」  武蔵はいつも通りちゃぶ台の左脇の定位置に胡坐をかいて座り、真剣はきょろきょろ落ち着きなく室内を物色していた。 未来記録士(レコーディスト)見習いの凛は、必要最低限の家具しか置いていない。  窓際の壁側に、木製の洋服箪笥。部屋の中央に年期の入ったちゃぶ台が一卓。布団はしまう場所が無いので、いつも畳んで角っこに放置している。 ウロチョロする真剣を黙認したまま、凛は林檎の皮むきに取り掛かり始めた。 (でも、流石に箪笥を覗かれそうになったら止めよう) 乙女の洋服箪笥を勝手に漁る男性が(しかも本人が在宅中)昨今に居るとは凛も思いたくないが、この真剣新助(まつるぎしんすけ)ならやりかねないと、なんとなく思った。 「真剣!うろうろしてねえで、ここへ座れ!たっぷり問い詰めてえ事があるんだよ。無論、それを全部聞き出したらてめえはお役ご免だぜ。役人に突き出してやるから、つかの間の自由を精々堪能しやがれ」 「わしは、誰にも縛られやーせんよ」 「戯言を言ってんじゃねえっ」 「二人とも、取り合えず静かにしてください」  凛がお茶と林檎の皿を載せた盆を持って戻ってくると、真剣は嬉しそうに笑ってちゃぶ台の右側に腰を下ろした。 (……この二人に挟まれて座るのって、なんか落ち着かないな……) 凛は自分の花柄座布団を引っ張ってくると、そこに足を崩して座る 。 「凛、こいつに訊きてえことがあるんなら、今のうちに全部訊き出しておけ!」 「はっはっはっ。わしは逃げやーせんよ。安心せえ、凛さんが望むなら、護衛だけじゃのうて、添い寝のオマケもつけるぜよ」 「いえ、望みません。結構です」 「この変態阿呆賞金首が!」 「はっはっはっは!」 「てめえはシバき殺す!!」  このままでは埒があかない。完全に真剣のペースに巻き込まれている。 「待って…落ち着いてください、武蔵さん…!」 ちゃぶ台を跨いで真剣につかみかかりそうな武蔵をなだめ、凛は意を決して本題に入った。 「真剣さん。契約したって事は、こちらの質問にも答えてくれるんですよね?」 「わしに答えられる範囲なら、ええぜよ」 「父に何があったんですか?桜藤(おうとう)の乱の後、父はどうなったんです?」 「わしは、知ってのとおり脱走兵じゃき。わしが戦場を逃げ延びた後のことは、正直ゆうてわからんよ」 「……そう、ですか」  真剣は、眉間に皺を寄せていた。長い前髪に隠れた丸い瞳が窄められる。 「わしが戦場を後にする前に、紀一はわしに(まじない)をかけちゅう」 「え?」 「……それが、わしが紀一と接触したしまいやか」 「その呪ってなんなんだよ。なんで戦の最中に、紀一さんがわざわざてめえにそんなモンかけるんだ」  武蔵はケッと舌打ちをすると、縁が欠けた専用の湯飲みを一口すすった。 「おかしいだろうが。てめえは紀一さんの護衛で、一緒に戦に行ったんだろ?守るべき主を置いて逃げた理由はなんだよ?呪っつーのが関係してんのか?」  武蔵の言い分はもっともで、現に戦の脱走兵は厳重な処罰を科せられる。 戦場において主君を捨てて我先に逃げるなど、あってはならないことだ。 「なにか、理由があったんですよね…?」 「凛さん」  ――真剣も本心では辛かったのではないだろうか。 だからこそ顔を苦渋で歪め、覚悟を決めて語っているのではないか。そう想像したとき、凛の正直な気持ちが自然と唇から零れ落ちていた。 「阿呆!どんな理由があれ、犯罪は犯罪なんだよ!」 「凛さん、ありがとう。わしに言えることは余りないが、これだけは言える」 「なんですか?」 「呪を施し、わしに〝逃げろ〟とゆうたのは紀一じゃ。紀一には、わしの未来が視えちょったぜよ」 「あ…」  未来記録士(レコーディスト)であれば、対象の未来の確率を予報できる。紀一が真剣の未来を心眼で視て、真剣に命じたとするなら――。 「父は、真剣さんを助けたかったんでしょうか?」 「くだらねえ。護衛の意味分かってんのか?たとえ何が起きようと、仕えた主の側を離れず守り通すのが使命だろ!」  そこまでを一息で言い切った武蔵は、湯飲みをちゃぶ台に置いて真剣を睨みつけた。溢れんばかりの敵意を全身から滾らせている。 「ああ…武蔵のゆう通りやか。どんな理由があれ、わしは罪人じゃ。それを否定はせんよ」  対する真剣は、湯飲みにも林檎にも手をつけず、腕を組んだままの体勢で答える。 「開き直りかよ?てめえは大人しく換金されたらどうだ?」 「武蔵さん、まってください。真剣さんは、私と約束をしているんです」 凛は、真剣と武蔵の会話になんとか割り込もうする。 「ど阿呆っ、こいつに護衛なんて任せられるか!?現に一度、脱走してるんだぞ!?」 「わしは、今度は逃げんよ。信じてもらえないかも知れんが、こればかりは〝信じてくれ〟としか言えやーせん」 「へっ。口ではなんとでも言える!凛、とにかく手っ取り早く金が欲しいんなら、こいつを役人に突き出すのを勧めるぜ!」  真剣を頭から否定する武蔵と、肝心なことは一切語らない真剣。 どちらも一歩も譲り合わない以上、到底歩み寄れそうにも無い。 凛はいきり立った武蔵を何とか押さえようと、彼の着物の裾を引っ張る。 「お金なら、きちんと仕事をこなして少しずつ貯めていきます。だから、真剣さんを換金するのは待ってください。私は、約束を破りたくないんです…」 「ちっ、勝手にしろよ」 「武蔵さん……ごめんなさい」  なんとか武蔵を説得しようとした凛だったが、武蔵は凛の腕を振り払って部屋を出て行ってしまった。 「凛さん。追いかけなくてええんか?」 「私、武蔵さんの気持ちを考えずに……」 「おんし、武蔵とはどういう関係なんなが?」  武蔵が出て行った襖を一瞥してから、真剣は凛を振り返った。 視線を向けられた凛は、ぽつぽつと語り始める。 「…旧知の間柄です。武蔵さんは代々続く都の行商一家の長男ですが、かつては都の小さな村々を回って、商いと施しを行う偽善事業を行っていました。だから、私の住む村にも度々訪れていたんです。武蔵さんの御両親と私の父は仲がよく、自然と交流を持つようになりました…。武蔵さんは私の遊び相手になってくれたり、記録符(レコード)の練習相手をしてくれました。今では未来記録士(レコーディスト)の仕事に否定的で、とっつき難くなってしまいましたけど…」 「ほうか、なるほどの。おんしにとっては、実の兄のような存在なんか」 「そう、かもしれません」  凛は顔を俯けて、袴の前で重ねた手のひらを握りしめた。 感情論を捨てれば賞金首の真剣は法で裁かれるべきだろうし、換金して資金を調達するのが正しいだろう。 (――それでも、真剣さんと協定を結ぶと決めたのは私のワガママ…) 「凛さん、資金の事なら心配いらん。わしにいい考えがあるぜよ」 「え?」 「とにかく、武蔵を連れ戻そか!あやつはきっと、本心ではおんしを気にしとる。わしはおんしの護衛じゃき、一緒に行くぜよ」  真剣は凛の側に近寄ると、凛の頭に手の平を置き、優しくなでた。 その手つきは武蔵の頭ポンポンとはまた違う仕草だが、真剣なりの思いやりの気持ちはしっかり凛に伝わっていた。 「……はい……」  凛とて、本心では武蔵と仲違いをしたくはない。 真剣に勇気づけられ、凛は武蔵を連れ戻しに夜の都へ繰り出すことにしたのだった。
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