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陽の家庭の事情
「ただいまー」
「お帰りー……って、あら。一人?」
拍子抜けしたような母の声に、都は憮然としながら紙袋を手渡した。
「これ、陽から」
「あらー、泊まって行かないなら、せめて連れて来れば良かったのに。母さんだって、綺麗になった陽ちゃんに会いたかったわ」
「何か、時間ないんだって」
「そうなの? もしかしたら、お父さんと会う予定でもあるのかしらね」
「お父さん? 陽のお父さんて、山形で一緒に暮らしてるんじゃないの?」
キョトンとする都に、母は少々言い難そうに言葉を返した。
「……子供の頃だし、あんたにはわざわざ説明しなかったけど。陽ちゃんのご両親、離婚してたのよ。急な引っ越しもそれが理由。旦那さんの方は地元のこっちに残って、お母さんは陽ちゃんを連れて自分の実家に帰ったの」
「え……嘘」
「嘘じゃないわよ。はっきりしたことは知らないけど、お母さんの方に……男の人がいたみたい。こんな話、できれば子供のあんたに聞かせたくないでしょ」
「だ、だって私、ずっと手紙の宛名変えてない。最初から、一條陽って。手紙、何で届いて……」
不意におろおろし出した都に、母は安心させるように笑って見せた。
「大丈夫、それで良いの。一條は、陽ちゃんのお母さんの旧姓。初めて手紙を出す時に、私があんたに教えたの。それまでの陽ちゃんの姓は桜井。家の表札がそうだったでしょ。もう十年も前のことだから、記憶がごっちゃになってるのかもしれないけど」
「桜井……? 覚えてない」
「子供同士は、名前で呼び合うから名字なんて関係ないものね」
母の言葉に、都は納得した。確かに名字が急に存在感を帯び始めたのは、小学校に上がってからだった。あの頃は誰も陽のことを、「桜井」なんて呼ぶ人間はいなかった。だから記憶にも留まらなかったのだろう。
(そんな大変なことがあったのに、陽は少しも泣かなかった。寧ろ私ばっかり泣いて……)
きっと自分を慰めるために我慢していたのだろうと思うと、今になってひどく申し訳ない気がした。何も知らなかった罪悪感も手伝って、居ても立ってもいられず都は携帯で陽にメッセージを入れた。
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