プロローグ

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石橋彩夏改め光橋彩夏、十六歳。 九月の週末。彩夏は、初めて光橋の両親に会うことになった。 場所は、有名な関東の避暑地にある光橋家の別邸だ。 光橋はいつものスーツ姿。彩夏は立夏に見立ててもらった訪問着である。 サーモンピンク地に白梅、紅梅としだれ黄桜の柄が左右非対称になっている。 彩夏は訪問着をとても気に入っていた。 「振袖じゃなくて、訪問着が最初になるなんてね」と振袖が結婚したら着れなくなる事を立夏から初めて聞いた。 「立夏さん、帯をキツく締めすぎたか?」 二人は別邸の重厚な黒い門の前に立った。 彩夏は顔面蒼白になっている。 「違うよ!緊張してるんや!もう、わかってて言ってるやろ?」 「珍しく逡巡だから」 「う、うわああ。門が勝手に開いた!!」 「玄関のカメラが俺たちだと認識しただけだ」 「うへぇ」 「変な声出すな」 尻込みする彩夏の前を、光橋は顔色を変えずにずんずん進む。 玄関まで長い道のりやし!でかい豪邸を目にして平然と歩いてる光橋さんってやっぱりボンボンなんやな…。 「は、はじめまして。い、石橋彩夏と申します。この度はお、お呼びいただき、ありがとうございますっ!!」 玄関に現れた光橋の両親に、彩夏は練習していた挨拶をし、頭を下げた。 「あらあら、頭を上げてくださいな」 上品な光橋の母の声を聞いて彩夏は頭をゆっくり上げる。母は穏やかな笑顔だが、顔のパーツが光橋そっくりで緊張する。 「そうだよ。そんな緊張しなくても、もう彩夏ちゃんは家族なんだから」 隣の父親の顔も穏やかに笑っているが、シュッとしているスタイルが光橋と同じだ。 「あ、ありがとうございます」 玄関を上がると、モデルルームかと思うくらいの綺麗さに彩夏は落ち着かない。 二人は応接室に通された。革張りのソファーの椅子に座るとゴールデンレトリバーがやってきた。  「久しぶりだな。エテ」 光橋がエテの頭を撫でる。 「えて…?」 「フランス語で夏って意味だ。夏生まれだからな」 久しぶりの光橋との再会に、エテは尻尾を振っている。 しかし、彩夏がエテと目を合わせた途端、エテは彩夏を威嚇しはじめた。 「えっ?もしかして嫌われた?!」 「エテはメスだから、もしかして悟を取られたとわかったのかな」 光橋の父が笑っている。 「え!そんな!ライバルがこんなとこに?!」 彩夏とエテの睨み合いに光橋が笑いはじめた。 その様子を見て光橋の母が驚いた。 「悟がこんな笑うなんて…」 「そうだな。面白い子だ」 気がつけば、光橋一家に笑われていた。 彩夏は何がおかしいのかわからないが、笑って誤魔化すしかなかった。 「父さん、母さん、揃って挨拶をするのが遅くなった」 笑いが止まった所で光橋が身を正す。 彩夏もエテから視線を両親に向けた。 「こちらが石橋彩夏さん、平原女学院の一年。関西出身で、俺の友達の石橋清人の従兄弟だ」 「はじめまして彩夏ちゃん。私は父の一悟、こちらは妻の絹枝だ」 「はじめまして絹枝です。悟から聞いた時は本当に驚いたけれど…悟といる姿を見て、腑に落ちたわ」 「そうだな。悟の表情を見ればわかる。心配は杞憂に終わったよ。清人くんの従兄弟だということで安心していたがね…」 「でも息子さんの奥さんが十六歳だなんて、常識外れや思うんです。うちはただ光橋…悟さんが好きで、結婚するのは、夢やったけどこんな早く決まるなんて想像してなくて」 「もちろん最初は私たちも驚いたよ。でも悟に彩夏ちゃんが書いた手紙を見せてもらったのも大きかったかな」 「えっ!あの手紙、まだあったんですか?!」 光橋を見るが、知らぬ顔をしている。 「光橋さん!」 「あれは俺が貰ったものだ」 彩夏の目を見ずに光橋は言う。 「なんやねん。それ…」 あの手紙を未だ持っていただけでも嬉しいが、その態度はないだろうと彩夏は横目で睨む。 「ふふ、面白いわね。あなた」 「そうだな。クールな悟が照れてるとは」 「て、照れてるんですか?」 親にしかわからない顔なのか。彩夏はまだ知らない光橋がいるのだなと思った。 「彩夏ちゃんは悟のどこが好きなんだい?」 光橋の父がコーヒーを飲みながら言った。 「うちは、光橋さんは優しいところが好きです。いつも助けてくれるし!頭いいし、顔もめっちゃクールやし、眼鏡も似合ってるし、料理もできるやろ…とにかく、もーうちには勿体無いぐらいハイスペックで身も心もイケメンなんですっ!」 熱弁する彩夏に両親に笑顔だった。 「彩夏ちゃん、ありがとうね。悟がそんないい人だなんて褒めるのは清人くん以来だわ」 「小さいころから、何を考えてるかわからないとか、冷たいだとか言われて…ずいぶんと損してきたからね」 「父さん」 光橋が眉間に皺を寄せていた。 「すまん、すまん。悟を立てなきゃな。でも、これだけは覚えておいてくれ。悟は光橋製薬の社長だ。今は私も会長として力を貸しているが、この先どうなるかわからない。悟の奥さんとして、彩夏ちゃんがこれからきちんと支えられるよう成長してほしい」 真剣な眼差しの光橋の父に彩夏は背を伸ばした。 「父さん、まだ彩夏には…」 光橋の母が、息子の声を遮った。 「悟、母さんはね。悟の事が純粋に好きだと言う彩夏ちゃんはとても好感を持てるし。前から言うように社長として役目を果たしている以上、他のことはできる限り意見を尊重するわ。今もその気持ちは変わらないけれど、彩夏ちゃんにはきちんと覚悟してて欲しいの」 「これは彩夏ちゃんがまだ十代だからじゃないんだ。きっと悟が誰を連れてきても、伝えたいと思っていた」 「光橋さんのお父さん、お母さん、私が光橋さんの奥さんとして、何ができるのかわからないけど…光橋さんの奥さんとして恥じぬように精一杯頑張ります」 彩夏は再び頭を下げた。 「わかってくれたならいいんだよ」 「彩夏ちゃん、頭を上げて」 「ところで悟」 「何、父さん」 「彩夏ちゃんにどこが好きか伝えたのか?」 「なんだよ急に」 「いや、悟は口足らずなところがあるから心配で」 「そうね。うちの人に似て、悟は口足らずなところがあるから心配だわ。彩夏ちゃん、どうか見捨てないでね」 「母さんまで」 「絹枝。私まで巻き込まんでくれよ」 光橋が恥ずかしがっているのが、さすがに彩夏にもわかった。 光橋さんも人の子やな…。 それにしても、ご両親はホンマ当たってる。 光橋さんがうちのどこか好きとか聞いた事ない。 そもそも好きやとかちゃんと告白してもらえんまま、ここまで完全に勢いや…! 光橋さんにうちのどこが好きか、聞きたい! ただ若いから…なんて考えたくないし! もちろん、ちゃんと光橋さんの奥さんとして認めてもらえるように、頑張らな! 彩夏が気合いを入れて深呼吸した。すると、エテがまた彩夏を威嚇し始めた。 「エテ…うちと勝負やな!!」 光橋家は今までにない笑い声が響いていた。
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