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清々しい朝。まだ低い太陽の光を見て大きく伸びをする。
今日は畑仕事を手伝わなくても良いと言われてしまった。きっと、雪に会いに行きたいと急く気持ちを覚って気を遣ってくれたのだろう。
「悪いことしたな」
そうは言っても、あと3日で帰らないといけないし。彼に会いたい気持ちは確かなのだ。
雪なら見つけてくれるという謎の確信のもと、山をずいずいと進んでいった。
「今日は早いな」
「早く雪に会いたくて」
今日は背後からお出ましらしい。振り替えると、思ったより近くに雪の姿があった。長髪が夏風に揺れている。
その美しさに見とれていると、彼がふ、と微笑む。そして、行こう、と手を引かれるままに、雪の後ろをついていった。
「わぁ、懐かしい」
連れてこられた場所は、昔よく遊んだ小さな泉だった。ここには雪との思い出が詰まっている。
「懐かしい、か。私はつい数日前のことのように思える」
「雪が神様だから?」
やっぱり、人間と神様では時間の流れが違うのだろう。違いを見つけると少し寂しくなる。
「もう神様などではないがな」
「そっか……。ねぇ、雪。俺はやっぱり雪の口から本当のことを聞きたい。どうなっても絶対後悔しないから、話してよ」
雪の手を取って必死にうったえた。ざわざわと風で木の葉がぶつかる音が大きくなる。
珍しく雪の視線が泳いでいた。まだ迷っているのだろう。
「なら、優佑は……こちらに帰って来ることができなくなっても後悔しない、と言い切れるか?」
やや言いにくそうに雪が口を開いた。言葉を探しているようで、困ったように眉が下がっている。
神隠し的な何かか、それとも死ぬということだろうか。ばあちゃんのことは気がかりだが、正直この世に未練なんてない。
「しないよ。雪と一緒ならどこでも良い」
迷いなく答える俺に、雪は目を丸くした。普通の人だったら迷うんだろうな。驚くのも無理はない。
普通じゃない母。普通じゃない教授。普通じゃない先輩に後輩、同級生……。息ができない生活に、俺はもう、うんざりだった。
「俺には雪しかいない。雪がいなきゃ駄目なんだよ」
「辛かったな。守ってやれなくてごめん」
気づいた時には滴が頬を伝っていた。塞き止めていた何かが壊れてしまったように涙が溢れる。
雪の冷たい手が涙を拭ってくれた。そして、目尻に唇を寄せ、水滴を吸い取る。
「おいで。優佑が後悔しないなら、優佑の幸せになるなら、全てを話そう。ただそれは、君の一生を奪うことになるかもしれない。本当にそれでも良いのか?」
「雪と一緒にいられるなら何も要らない。俺の全部雪にあげるから、できるなら雪の助けになりたい」
華奢なように見えて、どこに力を隠しているのか、勢いよく抱きついた俺をしっかりと受け止めてくれた。
この瞬間気づいたのだ。ああ、俺はずっと雪のことが好きだったんだって。
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