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「光橋さん、うちになんか言うことない?」 「なんだまた着替えもせずにいきなりうちに来て」 彩夏は昨日と同じく仕事終わりの格好のまま、光橋が帰ってくるや否や訪れた。 「立夏さんと石橋は?」 「今二人とも晩ご飯食べてる」 「なら彩夏も帰って食べろ」 光橋はネクタイを外し、ジャケットを脱いだ。シャツのボタンを緩め、ソファに座る。 「眉間に皺を寄せてどうした?」 「光橋さんが言わんのなら、うちが言う!」 「何を?」 光橋はカバンからミネラルウォーターを出して飲んだ。 「今日会議した菊池さん。うちと結婚する前に付き合ってた彼女やろ!」 光橋が彩夏を見てため息をついた。 「そんなことか…」 「そ、そんなことってなんよ!うちはめっちゃ…!」 彩夏は会話を思い出すとモヤモヤしてきた。光橋に会話を全部説明したいが、彩夏はそれでは嫉妬丸出しで情けないと思った。 光橋の態度よりも一番腹が立つのは、そんなことで嫉妬をしている自分だ。 まさかそれを素直に光橋に言えるはずがない。彩夏は唇を噛む。 「気にするな」 「気にしたくなくてもしてまう!」 「じゃあどうすればいい?」 「そんなんうちが聞きたい!」 「収拾がつかない会話に興味はない。頭を冷やしてこい」 光橋も眉間に皺を寄せた。光橋は彩夏の腕を掴むとそのまま玄関に彩夏を放り出した。 「何が聞きたいのか、何をして欲しいのか、ちゃんと冷静になってまた言ってこい」 光橋は玄関の鍵を閉めた。 彩夏は涙すら出てこなかった。 光橋さんはなんでそんな簡単に気にするななんて言えるんや?うちばっかりモヤモヤして、なんでこんな思いをしなあかんのや! 彩夏は隣の自宅に戻ると、自室のベッドに篭った。立夏や清人は彩夏を心配して声をかけてきたが、二人はなすすべがなかった。 翌朝、彩夏は立夏と清人に呼ばれた。 「顔色悪いよ。彩夏ちゃん?」 立夏が食欲がないと言う彩夏にグリーンスムージーを作って出してくれた。 彩夏はそれを飲みながら呆然としている。 「彩夏ちゃんどうしたんだ?昨日光橋んちから帰ってきてから様子がおかしいぞ。光橋に連絡しても返事はないし…二人とも話してくれないとわからないよ」 清人がため息をついた。 「彩夏ちゃん、今日、職場体験最終日だけど、行ける?」 「…うん。大丈夫」 「大丈夫そうに見えないけどなあ…」 清人が頭をかく。立夏もどうしたらよいのか分からず、彩夏を心配することしかできなかった。 彩夏は会社で雑務をしながらも集中が続かない。 こんなことで腹立しくなっているなんて、光橋さんに言うと、きっと嫌われてしまう。 元カノさんのようにもっと大人で優しくて清楚で頭も賢い人やないと、うちは捨てられてしまうんやない?光橋さんもあれからなんも言ってこんし…。 「彩夏ちゃん、今日中にはこの部屋が綺麗になりそうだね」 「…うん」 彩夏と伊月が作業している部屋は最初、段ボールや電子部品、空ファイルが散乱していた。三日目には、電子物品はわかりやすく仕分けされて、部屋はすっきりとしている。 後は使用されない空ファイルなどのゴミは処分する場所にきちんと運ぶのみとなった。 「彩夏ちゃん、昨日のこと気になってるの?」 伊月には昨日あれから部屋に帰ってきて、元カノの話をした。 「うん、光橋さんと喧嘩してもて」 「その様子じゃいつもの喧嘩とは違う感じなんだね」 「こんなに近くにおるのに、なんかずいぶん離れてる気がする」 彩夏はため息をつくしかなかった。 正午、彩夏は一人、食堂に向かうことになった。伊月はまだ同行している役員の会議が終わっていない。 話全く分からん会議を一時間聞いてるのって、つらいんよな。座ってるから眠たくもなるし。今日で終わってくれてほっとするわ…。時間すぎて欲しい時こそ長い。仕事するって難しすぎる…! 彩夏は食堂でも食べる気になれず。隅の方に座ってこの三日を振り返っていた。 しかも、あの二人にどうしてこのタイミングで会うかな?知らなかったらこんな風に光橋さんとなることもなかったのに…。でもどのみち、光橋さんと菊池さんは再会して、どうにかなってしまうんかも。 「なんでこんなことになるかな…」 彩夏は小声で呟いた。 「大丈夫?疲れてる顔してるけど」 彩夏の目の前に爽やかな相貌の男性が現れた。 「あ、鵜月さん!」 鵜月は初日に食堂で話しかけてきた営業マンだ。鵜月はまだ社会人とはいえ、新卒でどこか幼さが残っている。 鵜月は初々しい彩夏と伊月を見て、自分と通づる所があると思ったらしく声をかけてきた。 三日間の職業体験と聞いて残念がっていたが、連日食堂で二人に話しかけてくれた。営業の苦労などを面白おかしく教えてくれる鵜月を彩夏は面白い人だなと思っていた。 「ちょっとバテたかな?」 彩夏が笑って見せると鵜月は心配そうな顔をした。鵜月はカバンから栄養補助食品のビスケットを出した。 「まだ開けてないからよかったら食べて」 「え、でも鵜月さんのじゃ…」 「いーの!俺はA定食べるから。彩夏ちゃんは見たところ何も食べてないんだろ?ちゃんと食べた方がいいよ」 心配な表情の鵜月を見て、彩夏は甘えさせてもらうことにした。 「ありがとう鵜月さん」 「いいの!今日は伊月ちゃんいないの?」 「伊月ちゃんはまだ会議が長引いてて、うち先に一人で休憩することになったんです」 「じゃ一緒に俺と休憩しよっか」 「はい」 彩夏は鵜月の優しい笑顔に落ち込んだ気持ちが解れた。 「はい!お茶だけどよかったら」 鵜月は定食と一緒にお茶をもう一つ淹れてきてくれた。 「ありがとうございます!」 「よかった食べてくれて」 「たった三日でこんなバテてたらだめですね。見てたら他の人はほんますごくて圧倒されて、うちには到底敵わへん気がして」 彩夏はビスケットを食べながら、つい鵜月に弱音を吐いた。 「彩夏ちゃんは会社に誰か好きな人でもいるの?」 「な、なんで急にそんな話題に?」 「敵わないって、本当に会社に勤めてたなら、同期のライバル、上司だったりするけど彩夏ちゃんの場合、学生だし、恋愛の可能性があるかなって。例えば、俺が好きだけど、他の女子が魅力的すぎて敵わないとか?」 鵜月はどこか楽しそうだった。 「鵜月さん、そう言って好きな人に本気にされへんのちゃう?」 「え、バレた?彩夏ちゃんって、鋭いのか鈍感なのかわかんないよねー」 「鈍感やないと思うけど」 「いや、鈍感だよ。ま、それはそうとお兄さんでよかったら相談しなさいな」 彩夏は光橋であることは伏せ、舞台は学校とし、恋人と元カノが再会した場面を見てしまった。さらに恋人も元カノも意味ありげな雰囲気だと伝えた。 「えー!彩夏ちゃん修羅場じゃん」 「で彼氏に聞いたんよ。元カノが気になるって、でも、そんなの気にするなって言うねん」 「それでも気になるよね。というか彩夏ちゃんに彼氏がいるのも驚き」 「おらんように見えた?」 「年齢的にまだかなって思ってただけ。そりゃこんだけ素直で純粋で明るい子ならほっとかないか」 不貞腐れた表情の鵜月に彩夏はガッツポーズをする。 「鵜月さん、冗談と本気さえ分ければ、かっこいいんやしモテる!」 「彩夏ちゃん、それは喜んでいいの?」 「本気な相手にふざけんと好きなら伝えるべきやで!」 「なんか俺、説教されてる?」 彩夏はわざと落ち込む顔をする鵜月が面白くて笑ってしまう。 「彩夏ちゃんに笑顔が戻ったならよかったよ。にしても、彩夏ちゃんほっとく彼氏ってどーなの?」 鵜月に彼氏は実は旦那であるとは言えないなと彩夏はお茶を啜る。 「うちがめっちゃ好きやから、いつも不安なんよ。彼氏はすごく大人やから。子供なうちがわがまま言ったら嫌われるんやないかって。その元カノめっちゃ魅力的やから、また復縁するんやないかって思ってまう」 「彩夏ちゃんがいながら、そんな風に心配させるなんてなんてやつだ」 鵜月が怒ってくれるのは嬉しいが、まさか自分の会社の社長だとは思わないだろう。彩夏は苦笑いするしかない。 「彩夏ちゃん、よかったら連絡先教えて!俺がその彼氏に一言言ってやるから!」 「え、ええって!」 「連絡先交換すら許さない超束縛彼氏と付き合ってるの?」 「そういうわけやないねんけど…」 これ以上断りきれない。連絡先を教えるだけならばいいかと彩夏は鵜月に押されるまま、スマホを出した。 無事に職場体験を終えた彩夏は、三年に進級した。 光橋の誕生日も祝えないまま。未だ光橋と彩夏は一週間以上、冷戦状態である。 彩夏が光橋の隣のマンションに行きさえしなければ、会うこともない。 その事実に彩夏は悲しくなったが、仮に光橋が会いに来ても、彩夏は言葉が見つからない。 立夏と清人も気にしてはいるが、光橋と彩夏ともに口を閉じているので、解決の糸口が見つからないでいた。 「彩夏ちゃん、どこに行くの?」 週末の夕方、彩夏は急遽出かける用意をし、黙って出て行こうとした。すると、立夏が気づいて声をかけた。 「と、友達と遊ぶ約束!」 「怪しいな彩夏ちゃん…」 立夏の鋭い視線から逃れるように彩夏は走った。 家にいたら、離婚するんやないかとか最悪なことばっか考えてしまう…。 彩夏はたまたま鵜月からメッセージが来て、そう返事をした。すると鵜月は彩夏に駅前のゲームセンターに行こうと誘った。 ゲーセンだけならと彩夏は鵜月の言葉に乗った。 駅前で待ち合わせをし、そのまま二人はゲームセンター入った。 二時間二人は遊び尽くした。 「やったー!お菓子取れたやん!」 「こんなのでいいならいくらでも取るよ」 「でももう七時になるし、そろそろ帰ろうかな」 「えっ、本当に帰るの?」 「うん。明日は月曜日で学校やし」 「ファストフードでもいいから、軽く何か食べようよ」 ゲーセンから出ると、ファストフードの方へと彩夏の腕を引っ張ろうとする。 鵜月は一緒にいて楽しいのだが、この押しだけは彩夏は苦手だった。 いつも光橋さんを追いかけてるからかな?追いかけられるとめっちゃ戸惑う。 「あれ、あの人どっかで見たことあるぞ」 彩夏が戸惑っていると目の前にスーツ姿の男女がいた。 「あれって…光橋さんと菊池さん?!」 「そうそう!光橋社長…ってなんで彩夏ちゃんさん付け?」 「それは…」 「知り合いだからだ」 困った彩夏を助けたのは、奇しくも光橋だった。 光橋と彩夏は目を合わせた。彩夏は先に目を逸らしてしまった。 「光橋くんそうなの?」 「ああ」 「久しぶり石橋さん」 「久しぶりです。菊池さん」 「君は新卒の鵜月だろ?」 「社長!俺みたいな一社員を覚えててくれたんですね」 「当たり前だ」 「二人はデート?」 菊池が彩夏と鵜月に言った。 「そうなんです!お二人は?」 鵜月は嬉しそうに彩夏の肩に手を回す。 「いや、うちらは別にデートやなくて」 「いいじゃん!社長と貴女もなんでしょう?」 「残念だけど違うの。たまたま同じ祝賀パーティーに参加してて、二人で夕飯がてら久しぶりに話そうかってなって」 「二人も一緒にどうだ。菊池いいか?」 「うん、構わないよ」 「社長、いいんですか?」 「ああ」 「じゃ、彩夏ちゃん行こう!こんな機会ないからさ」 「う、うん…」 光橋さん、なんでよりによってこのメンバーで夕飯なんよー! 内心突っ込みながら彩夏は光橋の車の後部座席に座った。 「かっこいい車ですね!社長!」 「光橋くん、あれから車変えたんだね」 「ああ…」 「え、もしかして、二人ってやっぱり…?!」 「昔の話よ。昔。鵜月くんだっけ。鵜月くんも彩夏ちゃんを助手席に乗せられるような車を買えるようになりなよ」 なんだこの展開!いつもなら、うちが助手席やのに!しかも菊池さんは光橋さんといい感じやし!うちは何故か鵜月さんとくっつけられるし!そもそも光橋さんはなんで食事に誘ったんや! ちらりと運転する光橋を見ても、表情は淡々としている。怒っているのか、楽しんでいるのか、彩夏にはわからなかった。 着いたのは銀座の高級焼肉店。しかも個室だった。 光橋さんと行ったことない店や!光橋さん、菊池さんとこんなとこ二人っきりで行くつもりやったん?! 彩夏は焼肉のメニューを見ながら、眉間に皺を寄せる。 「すごいお値段ですね」 「遠慮するな」 彩夏と光橋は向かい合わせに座っている。彩夏が光橋を見ると、メニューを見ながら隣の菊池と平然と会話をしていた。 やっぱり戸惑うのはうちばっかりなん?高本くん時みたいに言ってもこうへんし。 彩夏はどんよりとした気持ちになった。 「はい。光橋くん、どうぞ」 光橋に菊池は焼けた肉を分けた。 「ありがとう」 うちはいつもそんな風にわけへん。むしろ逆に他所ってもらってる…。 「石橋さんもよそうね」 「ど、どうも!」 ひたすら彩夏は食べることに集中することにした。高級焼肉は腹が立つほど美味かった。 数分後、会社の話で盛り上がっている途中で菊池が言った。 「ちょっと、お手洗いに行ってきます」 「あ、俺も行きます!」 鵜月も菊池と一緒に出て行った。 二人っきり?!久しぶりで何を話せば…。 沈黙の中、先に話しだしたのは光橋だった。 「塩タン好きだろ、食べろ」 「い、いいよ!菊池さんにあげたらええやん!」 「まだそんなことを…」 光橋は呆れた顔をしながら塩タンにレモンをかけて食べた。 「そんな嫌な態度して、ほんまは元カノに会えて嬉しいんやろ?」 「なんでそうなる。たまたま菊池と会っただけだ。そっちこそ新卒に誘われて楽しんでたんだろ?」 「うちが悩んでるから気分転換してくれただけや!」 「くだらない」 「くだらないとは何よ!もう、離婚や離婚!」 「話が飛躍しすぎだ」 「光橋さん、うちに何も言ってこんやん。会いにもこうへん」 「それは彩夏もだろ?冷静になって言葉にしてもらわないとわからない」 彩夏が言い返そうとすると、二人分の足音が近づいてきた。 「今、ここで話すようなことじゃない」 「そもそもなんで焼肉なんかにうちら誘ったんよ…」 「お待たせしました!追加注文何します?」 鵜月が笑顔で襖を開けた。 「あれ?彩夏ちゃん何怒ってんの?」 「怒ってないよ」 「光橋くんもなんか疲れてない?」 後から入ってきた菊池は光橋を心配そうに見ている。 「何もない」 「光橋さんがうちの塩タン食べただけ。さ、鵜月くん、塩タン追加注文や!」 「ホルモンも一人前頼む」 「ホルモン?あんなん気持ち悪いやん!噛み切れんし」 「文句言うなら食べるな」 「文句違うもん。いつも焼肉したらホルモン食べろってうちの皿に入れるんなんなん?嫌がらせやろ」 「ああでもしないと食わず嫌いするだろう」 「いつもうちが作った料理は美味しいとも言わずに淡々と食べるだけの癖に!」 「綺麗に食べたらそれでわかるだろ」 「わからん!なんでなんも言わんのよ!」 「それは彩夏だろ?」 「光橋さんや!あーもう、離婚や離婚!」 彩夏がそう言った後、間が空いた。 彩夏は、はたと我に返る。鵜月と菊池がじっと二人を見ている視線に気がついた。 「えへへ…喧嘩してるだけなんで気にしないで」 「い、いや、彩夏ちゃん、喧嘩っていうか…」 言い淀む鵜月に菊池が核心をつく。 「どう考えても夫婦の喧嘩なんだけど…!」 「嘘、光橋くん、女子高生と結婚してたの?!」 「社長って…ロリコンだったんですか?!」 世間の真っ当な二人の意見から逃れられるはずもない。 彩夏は世間に伏せているが、光橋と結婚して二年目になると説明した。 「マンションの隣に彩夏は親戚と住んでる。別居婚だ」 「もしかして彩夏ちゃん、彼氏が元カノとって、社長と菊池さん?!」 鵜月の中ですべての話がつながったらしい。 「光橋くん、石橋さんと食事させたのは二人の関係を話すためだったの?」 菊池は光橋の意図を察した。 「光橋くんがあんな風に言い合いするなんて」 「菊池さん、嘘ついてごめんなさい」 「世間体を考えたら当たり前よ。私もびっくりしてる。光橋くんが女子高生と結婚してるだなんて…しかも夫婦喧嘩してるし」 「白状すると菊池さんと再会したん見て、不安になったんです。しかも嫉妬までして。そんな自分が嫌で嫌で。それがきっかけで光橋さんと喧嘩してたんです」 「光橋くんってこんな風に女の子を食事に誘うタイプじゃなかったから何かおかしいなと思ってたのよね…」 「光橋さん、やること時々わからんし、何を考えてるかわからんから」 「石橋さん、辛くないの?」 「もうあかんかなってさっきまで正直思ってました」 「今は違うの?」 「光橋さんは確かに何考えてるかわかりにくいけど、うちが言ったことはちゃんと応えてくれる優しい人です。もちろん腹も立ってるけど、やっぱり光橋さんの顔見たら、どうしようもなくなる」 「光橋くんは?」 「俺は彩夏が望むことをただ待つだけだ」 腕を組んでそう言う光橋に菊池はため息をついた。 「光橋くんのそう言う優しさ私は気づけなかったな。石橋さんみたいにちゃんと本音で話せるほど向き合わなかったし」 菊池は氷で薄くなったレモンサワーを飲んだ。 「追加注文はもういい。光橋社長、私はここでお先に失礼します。ご馳走になってもいいのよね?光橋くんのことだから、鵜月くんと石橋さんを誘った時点でこうなることを予測したんでしょ?」 「ああ」 「最初から二人の仲直りに付き合ったってわけか」 「彩夏ちゃんごめん。俺、まさか彩夏ちゃんが社長と結婚してるなんて思わなくて」 「いいんよ。鵜月さんのおかげでストレス発散できたから!」 「二人にお願いがある。俺と彩夏が結婚していることは黙っていて欲しい」 光橋が頭を下げた。 「光橋さん!」 「社長!」 「光橋くんがロリコン趣味で彩夏ちゃんを選んだわけじゃないって今のでさらに確信したから大丈夫。光橋くんの頭を下げさせるのは、きっと石橋さんだけね」 菊池は悲しく笑って、その場を去った。続けて、鵜月も席を立った。 「俺すげー相手をライバルに回そうとしてたな。さすがに一言も言えないぐらい敵わない相手だよ」 「鵜月さん…」 「鵜月、彩夏が世話になった」 「社長、とんでもないです。二人のことは公表されるまで黙ってます。首にされても困るし、彩夏ちゃんが泣く姿は見たくないんで」 光橋に頭を下げた鵜月は力なくその場を去った。 「帰るか」 「うん…」 二人はもうここで食事を楽しむつもりはない。彩夏は光橋の車の助手席に乗って帰途に着いた。
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