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焼肉屋からの帰宅すると二人はそれぞれの住居に帰った。
「おかえり、彩夏ちゃん。帰ってくるの遅いから心配してたんだよ。晩ご飯食べてきたの?」
「うん。実はな…」
車の中で二人は会話をしなかった。
光橋さんはこうなることがわかってて四人で食事したん?
彩夏は様々な気持ちが一気に溢れ出すのを感じ、立夏と清人に全てを話した。
「なるほど。その二人を巻き込んで壮大な痴話喧嘩だね」
「もちろん前ほど距離は感じてないけど、何も話さず帰ってきて。どうしたらいいのかさすがにわからんくて、二人に聞いてもらおうと」
「光橋は、彩夏ちゃんに何度も言ってる通り。どうして欲しいのか言ってほしいんだと思うよ。それをずっと待ってるんだと思うな」
「私のこと、嫌になってないかな」
「嫌いになってないよ。本当に嫌なら離婚届出すぐらいのこと光橋くんはすると思う。自分の気持ちを素直に言うのが下手なだけ。そこを彩夏ちゃんに甘えてるから」
「夫婦って、こうやって関係築くんじゃないかな?彩夏ちゃんとぶつかって光橋もいろんな感情に気づいたはずだよ」
「立夏さんも清人にいもそうやったん?」
立夏と清人は互いに見合って笑い合う。
「そうだね。たくさん喧嘩したし、今でもよく話し合ってるよ。去年の夏から僕がまた清人くんや周りに迷惑かけたからね」
「立夏さんはすぐ別れようって言うから、俺が何度も引き留めてる。そうじゃなくて、二人で向き合ってこうって話をいつもしてるんだ。立夏さんがしたいこと、俺がそれを支えたいこと…」
「清人くんは彩夏ちゃんと同じで真っ直ぐだからね。そこに随分助けられて、支えてもらってる。彩夏ちゃんも光橋くんと今回のことでダメなところも向き合って、話し合っていけばもっと分かり合えるんじゃないかな?何もかも最初から完璧な二人なんていない。本音でぶつからなきゃ、すれ違ってそのまま終わっちゃうよ」
「そんなん嫌や…」
「光橋だって、同じだと思うよ」
彩夏は深呼吸をして、二人を見た。
「わかった。明日、光橋さんと話す」
翌日、彩夏は光橋を訪ねたが不在だった。電話は出ないし、メッセージは既読にならない。立夏も清人も同じだった。
翌々日になると、彩夏は松井に連絡を取った。
「社長は昨日から体調不良でお休みになられてます。39度近く熱が出たそうで。今日は37度台に下がったから来ると言うのを止めた所です。社長に就任以来、規定の休日以外はまともに休みを取られていないので丁度いい養生になると思いまして」
彩夏は松井の電話を切ると、すぐに光橋のマンションを訪れた。何度もチャイムを鳴らすと、ようやく足音が近づいて扉が開いた。
「松井から聞いたのか」
パジャマにマスク姿の光橋は見たことがないほど弱っていた。髪の毛はボサボサ、顔色も悪い。彩夏は泣きそうになるのを堪えて光橋を睨みつけた。
「何怒ってんだ?」
「とりあえず入れて」
「玄関までだぞ」
外に話が聞かれても困ると光橋は彩夏を玄関に招いた。
「制服のまま、部屋に来るな」
「そんなんどうでもいい!なんで体調悪いこと言わんの!」
「うつしたくない」
「うつすとか関係ない。一人で治そうとするなんて!奥さんがいること忘れんといて」
「大きい声出すな…頭に響く。いいから寝かせてくれ」
光橋は背中を向けて寝室に戻ろうとする。
「うちは必要ないん?」
「看病したいとかいう女性の願望があるならお断りだ」
「た、確かにその憧れはあるけども!弱ってる時ほど、誰かに側にいてほしくないん?」
「…勝手にしろ」
「言われんでもそうするつもりや」
彩夏は寝室に向かう光橋の後を追った。
光橋はよほど辛いのかすぐベッドに横になった。
「なんかして欲しいこと…ある?」
ベッドサイドの床にしゃがみ込んで彩夏は光橋をじっと見つめる。
「…飲み物飲みたい」
彩夏は言われるままに冷蔵庫からミネラルウォーターを取った。
「アイスノン変えたい」
また彩夏は言われるままに冷蔵庫へ向かう。
頭のアイスノンを変えると光橋は少し苦しさが楽になったようだ。
「素直な光橋さんって変な感じ」
「言えって言ったのはそっちだろ…」
光橋は言いながら、眠りについた。
数時間後、光橋が目を覚ますと外が暗かった。
熱が下がったのか、体は少し楽になっている。何故か妙に心地よい感触もして、光橋は隣を見て驚愕した。
「おいっ!」
「ん…?光橋さん目が覚めた?」
「何で格好だ…」
なんと彩夏は下着姿で光橋の隣で眠っていた。
また熱が上がりそうだなと光橋は頭を抱える。
「え?伊月ちゃんが貸してくれた漫画にはこんなシーンあったし」
「漫画だ!相変わらず変な入れ知恵をするお嬢様だな」
「でも男の人ってこういうの嬉しいんやない?」
「それをそのままするなバカ…」
「でも熱は下がったんやない?寒そうやったのはほんまやし」
「こんな何番煎じかわからない方法で熱が下がるって…」
「落ち込んでる光橋さん、面白いな」
「…笑うな。まったくこの前と言い、俺を振り回すな」
「それはこっちのセリフや!子供すぎる自分が光橋さんに嫌われんようにって必死で…」
「彩夏が嫉妬したり、そんな自分に落ち込んでるのは薄々気づいてた」
「じゃあ何か言ってや!」
光橋は彩夏の方を向いて胸元に抱きついた。
「光橋さん?!」
「彩夏が言ってくれなきゃ、俺はどうしたらいいのかわからない」
彩夏は光橋の言葉に心臓が高鳴る。勢いのまま、下着姿になったは良いが、先のことを考えていなかった。
「うちのこと、嫌いになってない?」
光橋にはいつも見下ろされている。彩夏が見下すのは新鮮だった。
「なってない。まさか不倫されるとは思わなかったけどな」
「鵜月さんはデートじゃないよ!」
「わかってる。その名前を言うのをやめろ。堪えてる理性がおかしくなる」
「それを言うなら菊池さんかって…」
「あの日はどうせなら菊池と鵜月に一度に俺たちの関係がわかるようにした方がいいと思った。そうじゃなくても、菊池には彩夏のことを話すつもりで夕食に誘った」
「てっきり光橋さんは菊池さんに未練があるんかと」
「俺が誰と結婚してるかわかってるのか?未練があるなら最初から彩夏と結婚なんてしない」
「それもそうか…」
「でも…」
「でも?やっぱり元カノにドキッとしたん?」
「正直、彩夏が新卒といた時は焦った。もうダメかと思った」
光橋はさらに彩夏の胸元深くに顔を埋め、背中に回していた力を強くする。
「光橋さんからそんな言葉初めて聞いた」
彩夏は目を瞬かせる。
「熱のせいだな」
「え!熱上がった?」
彩夏が額に手を添えると、光橋の熱のこもった目に囚われた。
そしてそのまま光橋は彩夏を押し倒した。
さっきのしおらしい光橋さんはどこに…!?
「ちょっと、な、なに?」
光橋は彩夏の首筋に歯を立てた。
「ぎゃっ…」
「そんなカッコして、旦那を襲った罰だ」
眼鏡を外した光橋に、彩夏は体を強張せる。
首筋から鎖骨までを甘噛みしたり、舌で弄ぶ光橋に彩夏は恥ずかしくて目を瞑るしかできなかった。
このままどこまで行くんやろ…。
変な声が出ないように彩夏は必死に声を殺す。
「…彩夏」
「み、光橋さん…」
熱視線が絡み合い、彩夏が光橋の首に手を回したその時だった。
「おーい!光橋!!大丈夫かー?!玄関の鍵が空いてたから心配し…て…!」
光橋と彩夏の二人を見て、清人は固まった。
「清人にいっ!?」
彩夏は顔を真っ赤にした。
「石橋、邪魔だ」
光橋は清人を睨む。清人はそのまま膝から倒れた。
「ちょっと!ダメや!光橋さん」
清人を無視して続きをしようとする光橋の口を彩夏は塞いだ。
「まったく清人くんは…」
立夏が呆れた表情で清人を見る。
「ごめん!二人とも!」
清人は彩夏と光橋に頭を下げた。
あの後、彩夏は部屋に戻り、洋服に着替えた。
彩夏が自分の部屋に戻った際、帰宅した立夏に声をかけ、光橋の寝室に四人が揃ったのだ。
「い、いやいや!清人にいには心配かけてたから!」
彩夏が光橋の寝室に戻ると光橋は大人しく布団に横になっていた。清人は自分の頬を叩いていた。
「物凄く邪魔だった」
「光橋さん!」
「すまん!光橋!」
「光橋くんが不機嫌になるのも無理ないね」
「うう…」
清人は項垂れる。
「いいんや!光橋さんは病人なんやし!ほら、立夏さんが持ってきてくれた薬飲んだら?」
「光橋くん、薬も飲まずに治そうとするなんて普通じゃないよ」
「別に飲まずに治そうとしたわけじゃない。昨日は熱が39度近く上がった。布団に横になるのが精一杯だったんだ。で、今日は熱は下がったし、このまま治ると思った」
そう言いながらも光橋は立夏が持ってきた風邪薬を飲んだ。
「それでもまだ熱はあるんだから、薬飲んだらゆっくり寝なきゃね」
「わかってる」
「清人くん、帰るよ」
「う、うん」
「大丈夫だ。今日はもうあんな真似を彩夏にしない」
「清人にい、うちは光橋さんの側におるだけやから」
「二人を邪魔した俺も悪いし、反対はしないけど…!やっぱり彩夏ちゃんの従兄弟として、言うことを許してくれ!!二人とも今日はもうイチャイチャするなよ!」
「わかってる」
「じゃ、お大事にね」
立夏は苦笑いをしながら、清人の首根っこを掴んで去った。
「やっと静かになったな」
光橋がため息をつく。
彩夏はベッドサイトに行き、光橋の手を握った。
「最初からこうしてるだけでよかったのに。伊月ちゃんの漫画は習うべきやなかったな」
「何番煎じかわからない展開だが、俺はある意味得した」
「光橋さん、熱があるからって大胆やわ」
「どっちが…」
「そう言えば光橋さん、昨日熱出たんってうちのことでほっとしたから?」
「なんでそんなことを聞くんだ?」
「気になることはすぐ聞きたいんや!」
「そうだよ。悪いか…」
「あかん、嬉しすぎて泣く…」
「急に病人の前で泣くな…」
彩夏は手で涙を拭う。ようやく心からモヤモヤが消えていく気がした。
「光橋さん、好きやで」
「…知ってる」
光橋の握る手が強くなった。彩夏も強く握り返した。
「早くチューできるように元気になってな」
「元気になったら覚えとけ」
無邪気な女子高生妻に振り舞わされる旦那の苦難はまだまだ続く。
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