プロローグ

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「光橋さん、お誕生日おめでとう!」 夫、光橋の四月二日の誕生日から二十日以上過ぎている。妻、彩夏は祝えなかった当日の分を取り返す為、祝いの席をもうけた。 光橋、三十歳。彩夏、今年の八月で十八歳。一回り違う二人は夫婦になって、二年が過ぎた。 「もう三十なんだから、そんな祝いの気分じゃない」 光橋は彩夏との喧嘩ですっかり自分の誕生日を忘れていた。 「誕生日はいろいろあったから、それどころじゃなかったけどな!やっぱり誕生日は二人で祝わな!」 彩夏の髪を一つにした団子頭、首元がフリルとリボンのついた長袖の白トップスにベージュの短パンは、最近のお気に入りの格好だ。 光橋は麻のシャツとサテン地の黒いリラックスパンツを履いている。 「立夏さんといろいろ料理を作ったんだな」 「光橋さん、欲しいものないって言うし。立夏さんと相談して、ローストビーフ、クリームコロッケ、カボチャサラダ、コンソメスープのメニューにしてん。はじめてのものが大半で大変やった」 彩夏は光橋と別宅婚だ。光橋の友人である二人ー加賀美立夏と彩夏の親戚でもある石橋清人と三人でマンションの隣の住居に住んでいる。 彩夏が高校生、光橋が会社の社長である為に取られた二人の結婚スタイルである。 それでも彩夏が光橋の家に夕食時、訪れることができるのは、清人の友人で親戚の子と仲が良いと説明できるから。 「立夏さんとケーキも作ったんだな」 「そうやねん!立夏さん大変な時やのに、協力してくれて…」 「華道の展示会は六月か」 「それだけやない。清人にいと立夏さんの養子縁組の準備してるみたい」 「ついに養子縁組か」 「二人に取れば、それが結婚やろ?お祝いしなあかんよな」 「そうだな」 石橋清人と加賀美立夏は男性同士のカップルだ。養子縁組をするにきっかけは、加賀美流の次男であることを伏せて、展示会に出るためだったと言う。 「何がいいか、また考えなね」 「二人は何もいらないと言うだろうが、学生時代からの仲だし、今も彩夏のことで何かと世話になっている」 「うちは今年、大学受験やしな。こうして余裕持って光橋さんと過ごせるのも今ぐらいや」 「受けたいのは、やっぱり俺の行った大学の経済学部か?」 「うん。同じところで、同じ勉強がしたい。国際交流にも力入れてるから英会話も学べるかなって」 「俺もできるだけ力になる」 「ありがとう」 彩夏はふうふうとクリームコロッケを冷まして食べた。 「美味しい!」 光橋は淡々と食べ続けている。美味しいとは言わないけれど、箸が進んでいるということはそう言う意味なのだろう。 「光橋さん、誕生日プレゼントほんまいらんの?」 「いらない。誕生日が彩夏って言うのもナシだ」 「ちえっ」 「むくれるな。十分だ」 「じゃあ光橋さん、エッチいつするん?」 「ゴホッゲホッ…!」 光橋が喉に食べ物を詰まらせた。彩夏は慌ててお茶を渡す。 「大丈夫?!」 涙目になっている光橋は深呼吸した。 「心臓に悪い」 「動揺することやないやん!もううちは今年で十八やし!キスだけのイチャイチャはあったけど!それ以上ないやん」 光橋は自身の気の向く時に彩夏にキスをする。キスは身体の上半身までである。彩夏の年齢上最後までしないのだが、光橋の気の向くのが少ない為、彩夏は心配になる。 「うちがプレゼントなんて滑稽や言うかもしれんけど、お金がある光橋さんが欲しいものは浮かばんし」 「俺だって彩夏に物をあげた覚えはない」 「確かに去年はうちと結婚した理由を聞いたのがプレゼントで。誕生日は食べに行きたかったイタリアンのお店に連れて行ってくれたから物やないな」 「俺の誕生日プレゼントにこだわる必要なんてない。ましてや彩夏を抱くこととは関係ない」 「うちばっかり爆弾発言やん!」 彩夏はローストビーフをバクバクと食べた。 「今年は彩夏の受験、立夏さんや石橋のこと、会社の欧米進出とサブスクリプション導入。いろいろあるんだ。すべてが落ち着いたら…」 光橋はコンソメスープをスプーンですくって飲んだ。 「なんや溜めて!気になるやんか!」 「急かすな。容赦しないってだけだ」 「光橋さん、やっぱりとんでもないこと言う!!」 顔を真っ赤にする彩夏を見て、顔色をあまり変えない光橋が笑う。 「彩夏の方がとんでもないこと言っているのに」 「光橋さん普段言わんだけにビビるんや!もうこの話は終わり。作ったチーズケーキ食べよ!」 光橋は立ち上がってキッチンに行こうとする彩夏の左手をとり、膝の上に彩夏を座らせた。 「な、なに?!」 彩夏のお団子頭をまじまじと見ている光橋に彩夏は首を傾げる。 光橋は彩夏のうなじにそっと唇づける。 「うひゃあ!!」 「…変な声」 光橋が笑う声が鼓膜に響く。彩夏は光橋の誕生日にも関わらず、自身が嬉しい気持ちになっているなと思った。
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