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梅雨入りした六月上旬。
市南流生花展示会が開催された。期間は一週間。
立夏は初日と最終日に顔を出すことにしていた。彩夏は初日の開催日が土曜日で、仕事で行くことできない清人の代わりも兼ねていた。
新進気鋭の華道家、加賀美立夏の名は六年前に突如として消えた。謎とされていた立夏が名前を変え展示会に現れた。
名前を変えていたことで最初は気づかれなかったが、事情を知る市南流の方々以外から声をかけられた。皆、作品に感嘆し、立夏を見て喜んでいた。
中でも立夏が舞踊を習っていた先生との再会は立夏の目が潤んでいた。
「先生、お久しぶりです」
「やっぱり…どこかで見たことがあると思ったら…名前を変えてはいるけれど、立夏さんの作品に違いないと思ったの。遊宴かつ妖艶で繊細な花遣いは立夏さんだと思ったわ」
品がよく背筋が良いのは舞踊をしていたからなのかと今更ながら彩夏は納得する。
立夏の和服姿は昔より精悍さと色気が増えた。見えない覚悟がそうさせるのかもしれない。
何より彩夏が一番強く思い出したのは、十年前の夏、初対面の立夏だった。
あの夏の日の立夏さんみたいや…。
「あら、そちらのお嬢さんはお弟子さん?」
「いえ、僕がこの姓に代わった先の親戚の子なんですが、可愛くて」
「そう、お着物似合ってるわね。立夏さんの見立てかしら?」
彩夏は思わず背筋を伸ばす。立夏が着物だと言うので、自分も着たいと言うと立夏は喜んで着せてくれた。
淡い水色で草花の柄が胸元と裾に少し付いている。着物の見立てが良いのか、実年齢の十七歳よりも三つか四つ大人っぽく見えるのが、彩夏は嬉しかった。
「はい!立夏さんはめっちゃセンスがよくて、いつも浴衣や着物を着させてもらってます」
「お弟子ではないんですが、お茶やお花を彼女には指導をさせてもらっています」
「そう。やはり才はお持ちなのね。お家のことは詳しくは知らないけれど、いろいろな噂を耳にしていたので心配だったの。中でも立夏さんは死んだという噂を耳にした時は胸が痛んだわ」
「ご心配をおかけしました」
「これからも頑張ってね」
舞踊の先生は優しく立夏に微笑んだ。立夏は嬉しそうに微笑み返していた。
立夏さん、嬉しそうやな。やっぱり立夏さんは華やかな世界に生きていくのが似合っている気がする。このまま立夏さんの家族が黙っていてくれたらな…。
彩夏は祈る思いで一日を過ごした。
「お疲れさまー!」
無事に初日が終了すると、清人と光橋がやってきた。彩夏は光橋の顔を見るや緊張した。
「俺は準備も手伝えなかったけど、すごいね!立夏さん!」
「ありがとう清人くん。光橋くんも」
「いや。楽しませてもらった。素晴らしい作品だな。立夏さん」
二人は立夏の説明を聞きながら、展示会場を一周した。
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しい」
「じゃあ、開催者の市南流の先生方にご挨拶して帰るね。みんなちょっと待っててね」
「立夏さん、やっぱり和服姿似合ってるなあ」
「うち、初めて立夏さんと会った夏の日思い出した。あの時からバリバリ活躍してたんやろ?」
「うん、学生時代から凄かったんだよ」
清人が嬉しそうに話す。彩夏も嬉しい気持ちになった。
「彩夏ちゃんが着てるのは、立夏さんが見立ててくれた着物だよね。やっぱり女の子は着物着ると変わるね。光橋もそう思うだろ?」
「ああ、孫にも衣装だな」
「なんでそんな風にしか言えんの!」
「思ったことを言っただけだ」
「光橋は素直じゃないなー」
笑う清人の姿に彩夏は心が和む。何よりいつも通りに光橋と会話できて彩夏は内心ほっとした。
「清人くん、ちょっと荷物があるんだけど!」
立夏の頼みに清人がいなくなった。光橋と彩夏、二人きりになった。展示会には閉館時間で閑散としている。
彩夏は落ち着きなく、何度も見た目先の作品を見た。
すると背中に視線を感じたので振り返ると光橋と目が合った。
「どないしたん?」
「いや…珍しい格好だから」
「久しぶりに着物着たからな。光橋さんちに挨拶言った時以来かな…」
光橋が彩夏の腕を取った。じっと見られて、彩夏は戸惑う。
ゆっくり顔がうちに近づいている気がするんやけど…。
思わず彩夏は目を瞑るが、光橋からは何もしてこない。
「化粧してたのか…」
腕の手が離されて、彩夏は顔が熱くなった。
「え、あ、うん!薄いけどな」
めっちゃ期待して恥ずかしいやん…!一体なんやったん?うちをからかってるだけ?そら人がおらんからってこんな場所でキスはあかんけど、避けるなんて。やっぱりうちに飽きた?
光橋は何もなかったように時計を見ている。
「どうした?」
「いや、なんでもない」
なんでもなくない!なんでそんな平然とした顔でおれるんや!
内心の気持ちを隠しつつ、彩夏は光橋に話しかけた。
「光橋さん、もう明日の用意はできたん?」
「…ああ。当分は会えない。ちゃんと勉強に励んで、模試頑張れよ」
「うん」
無理矢理に笑顔を作って見せたが、彩夏は寂しくて今にも泣きそうだった。
四人で帰りに寄った天ぷら屋でご飯を食べている時も、目の前に美味しい天ぷらがあるのにいつもより美味しさが半減している気がした。
自宅前で光橋と別れた後は、立夏に着物を脱がせてもらい、風呂に入った。彩夏は溜めていた気持ちが溢れ出した。
湯船にたくさん涙が流れ落ちる。拭いても拭いても止まらない。
もう二年以上経つのに、昔よりもどんどん離れるのが寂しい気持ちになるなんて…!光橋さんは仕事やのに、わがまま言うなんて、奥さん失格や…。光橋さんがうちのそばにいたくないんは当たり前や。勉強の為って言うのもあるけど。ほんまにうちに飽きたとか?!
彩夏はだんだん膨らむ不安をかき消すようにシャワーの蛇口を捻った。
翌朝、光橋は出かける前に彩夏たちの部屋を訪れ、そのまま欧米へと出張となった。
その後、光橋が一旦帰宅しても、ホテル暮らし。彩夏は模試の際はまた上京するが、夏休み期間はほとんど帰省すると立夏と清人に伝えた。
「光橋くんは帰って来てもホテル暮らしだと今よりもっと会えなくなるね。寂しくない?彩夏ちゃん」
「うん。でも十年離れてたことに比べたら大丈夫や」
笑って見せる彩夏の顔を見て、立夏と清人は心配そうな顔をした。
「大丈夫やって、二人とも!うちはうちで受験頑張らな!」
彩夏の姿に二人は応援するよと背中を叩いてくれた。
二人の存在がとても支えになっているなと彩夏は思った。
こうして何とか笑えるんは、立夏さんと清人にいのお陰やな。
立夏さんの展示会が無事に終わって欲しいな。
そんな彩夏の思いも虚しく。まさか最終日にあんなことが起こるとは、彩夏は知るよしもなかった。
大盛況で迎えた最終日。閉館間近のことだった。
受付近くで「きゃああああ!」と断末魔が響いた。
彩夏は学校帰りに立夏の元に寄り、一緒に清人の車で自宅に帰ろうとしていた。
三人が叫んだ方を見ると、玄関先で一人の男がカッターナイフを持って、立夏に向い一心不乱に走り出した。
「立夏さんっ!」
彩夏が立夏の前にまず飛び出した。
「二人とも危ないっ!」
清人が二人の前に飛び出したタイミングとカッターナイフが清人の左太腿に刺さるのは同じだった。
「清人くんっっ!」
後ろで彩夏を抱きとめた立夏の悲痛な叫びが聞こえた。清人の身体が彩夏の目の前で倒れて行く。
今、何が起きたん?!
彩夏の足元に倒れている清人を見ながら、呆然とした。
清人を刺した男はそのまま走って逃げて行く。
「兄さんっ!」
立夏が呼んでその男が立夏の兄であることを認識した彩夏は、あまりの出来事に意識を失った。
「ん…?」
次に彩夏が目を覚ますと、病院の一室だった。
「よかった。目が覚めたんだね」
「立夏さん…」
「彩夏ちゃんは気を失ってただけだったって聞いたけど、目が覚めてよかった」
「あまりにびっくりして…そうや!清人にいは?」
「…清人くんは手術中なんだ」
立夏は笑顔だった。彩夏はその笑顔を見て、心配させまいと言うのが見えて、涙が溢れた。
「立夏さん!」
思わず彩夏は立夏に抱きついた。
「どうしたの彩夏ちゃん?」
立夏は驚いたものの、彩夏を抱き止めてくれた。
「うゔう…立夏さんがそんな無理して笑うから…逆に辛いんや…」
彩夏は涙が溢れ出す。立夏も涙声で彩夏に話しかけた。
「ごめんね。僕のせいで。兄さんがやってくるかもしれないとは思ったけど、こんな風に僕を自ら狙ってくるとは思わなくて…兄さんは逮捕された」
その言葉を聞いて彩夏はさらに涙が溢れ出した。
「僕の代わりにたくさん泣いてくれてありがとう。彩夏ちゃん」
立夏が彩夏の頭を優しく撫でてくれた。
彩夏は今まで堪えていた感情も溢れ出して、なかなか泣き止むことが出来なかった。
なんで?何でこんな時に光橋さんはいてくれんの?!
声にならない思いが涙になって再び流れ出した。
明け方、清人は無事手術室を終えた。
彩夏と立夏は眠れない一夜を過ごした。
刺さったカッターナイフは無事に摘出されたが、刃先が割れて取るのに時間がかかったのだと言う。幸い神経への損傷はない。傷は深いものの、筋肉の厚さから免れたと言う。
術後の清人の側で彩夏と立夏は目覚めるのを待った。
「あれ…立夏さん?彩夏ちゃんどうしたの?」
清人の間抜けな目覚めの声に立夏は緊張の糸が切れたのか、泣きながら抱きついた。
立夏さんが清人にいに泣いて抱きついてるん初めて見た…!
立夏の勢いのまま、彩夏も清人に抱きついた。
「えっ、ちょっと?!二人ともどうしたの?」
清人は理解ができず戸惑っていたが、二人が元気であることを確認したのか安堵した顔をした。
「立夏さんも彩夏ちゃんも怪我ないんだね。よかった」
「清人くんの馬鹿!」
「そうや!自分の身体がどうなったんか、わかってるん?!」
「前回立夏さんが事故った時、俺が変われたらって思ったんだ…それに彩夏ちゃんに何かあったら光橋に殺されちゃうし」
へへっと笑う清人の顔を見て、彩夏と立夏はつられてようやく微笑みあった。
清人にいがいつもの清人にいのまま戻って来てくれてよかった…。
彩夏は事件で未だ聴取を受けている立夏と清人より先に帰宅した。シャワーを浴び、コンビニで買った弁当を食べ終えてようやく体の力が抜けた。
そして、帰宅する前に二人とした会話を思い出していた。
「彩夏ちゃん、清人くん改めて巻き込んでごめんね」
「なんでや!悪いのはお兄さんやろ?!」
「そうだよ。立夏さん、俺はそんな言葉は聞きたくないよ」
清人が真剣な顔つきで立夏に言った。
「俺は誰かの為に命をかけるほど、本気になれてる。立夏さんに何か求めてなんかない…なんてカッコつけすぎかな?」
照れ臭そうに言う清人を見ながら、立夏はありがとうと微笑んでいた。
うちは光橋さんに求めすぎてたんかな?
光橋さんが仕事で出かけていることも、光橋さんがうちのこと尊重して考えてるのに。不安になってすぐ目の前の感情でいっぱいになって相手に当たってしまう…。
「側に光橋さんがおらんからって、落ち込んでたらあかんな」
彩夏は声に出して自分を励し、参考書を取り出した。
うちが今、できることは何かちゃんと考えて、やるしかない…。
数日後。清人は術後のリハビリと経過観察で、一か月入院となった。立夏は仕事終わりに病院に顔を出し、八時には帰ってくる。
彩夏は前よりも勉強時間を増やし、学校から帰ってくるとリビングで勉強をし立夏を待つ。
立夏が帰宅すると二人で夕飯を済ませる。彩夏は風呂から上がると再び机に向かった。
そんな彩夏に立夏は勉強を見てくれ、途中、ホットミルクティーを入れてくれる。
「彩夏ちゃん、休憩しよっか」
立夏はパジャマ姿で彩夏に勉強を教えてくれる。
「立夏さん、ほんま寝てて良いねんで。教えてくれるの助かるけど、キリのいいところまでしたいから夜中一時は回るで」
「いいの。彩夏ちゃんの力になりたいし。清人くんや兄さんのこととか考えたらどのみち眠れなくて…」
立夏はホットミルクティーを息で冷ましながら、ゆっくり飲んだ。
「光橋くんは早めに仕事を切り上げて帰ってくるって。清人くんも快方に向かってるし、今までの事情を話したら兄のことでの家族間の裁判にもなるだろうから、いい弁護士を紹介してくれるって。彩夏ちゃんには連絡なかったの?」
「今週末には帰れそうだ。そのまま清人にいの見舞いに行くとメッセージはあったけど、それだけ」
「そう。彩夏ちゃん、こんなことになってちゃんと聞けなかったけど、光橋くんとなんかあった?」
「ありがとう立夏さん。うちの独りよがりやってわかったから大丈夫や!うちはやるべきことをやろって思ってる」
「彩夏ちゃん、強くなったね」
「立夏さんや清人にいを見てたからや。二人が強い気持ちでお互いを思いあってる姿を見たら、うちは光橋さんに望みすぎてるって思った」
「彩夏ちゃんのプラスになれたら光栄だよ。僕もこれから裁判とかすごく大変なことがあるけれど、お互い頑張ろうね」
立夏の笑顔に励まされて、彩夏も笑顔で応えた。
「石橋、本当によかった」
週末の午後六時。清人の病室に清人と光橋はいた。彩夏より先に光橋は病室にした。彩夏はいつも以上に光橋との再会に緊張した。
「わざわざありがとう。光橋…あ、立夏さん!彩夏ちゃん!」
「光橋くん、お帰りなさい。仕事大丈夫なの?」
「何とか落ち着いた。立夏さんからの電話で驚いたが…彩夏、大丈夫か?」
「う、うん…」
「本当か?」
「大丈夫やって」
光橋はそれ以上言わず。立夏と清人に弁護士についてのことを説明し始めた。
「忙しいのに、ありがとうね」
「移動中にできたから問題ない」
「それもだけど…彩夏ちゃんも巻き込んじゃってごめんなさい」
「すまなかった光橋」
「本当にごめんなさい」
繰り返し言いながら、立夏は頭を下げた。清人も同じように頭を下げた。
「いや、石橋こそ彩夏を守ってくれて助かった」
光橋が頭を下げているのを見て、彩夏は胸が熱くなった。
光橋は一旦ホテルに行く前に、自宅に荷物を取りに帰ると言う。彩夏は立夏より先に光橋の車で自宅に帰ることになった。
病院の駐車場はすっかり日が暮れて真っ暗だった。彩夏は助手席に乗車し、久しぶりの二人きりの空間に緊張した。
「彩夏、電話をしなくて悪かった」
「謝るなんて何や珍しい…」
光橋が珍しく謝るので、彩夏は戸惑った。
「彩夏が自分でいろいろ考えているだろうから、連絡がないんだと思ったし、最低限の連絡しか取らなかった」
「いいんや。光橋さんの仕事の邪魔はしたくない。会いたいなんて我儘言うなんて奥さん失格や…」
彩夏は気がつくと涙が頬を伝っていた。
「あれ?あれ!?おかしいな…前向きになってたはずやのに…なんで?泣きたくないのに…強い女性になりたいのに…」
光橋は彩夏を運転席から抱きしめた。
「彩夏は彩夏のままでいい。いくら泣いたって怒らない」
光橋の言葉に安心した彩夏は、ずっと言えなかった気持ちを吐き出した。
「光橋さん…ほんま…ほんまはな、めっちゃ怖かった!めっちゃくちゃ怖かった!全部!何もかも!どうなるかわからんくて!光橋さんは外国やし。うちは光橋さんの奥さんに相応しくないんやないやろうかとか、立夏さんや清人にいみたいに想い会えてるんかなとか…いっぱいしんどかった」
無茶苦茶な彩夏の言葉を光橋は黙って聞いていた。
「不安にさせてすまない。仕事のことで余裕がなくなっていた。何よりも彩夏に触れるのが怖かった」
「なんで?!」
「理性で抑えられる自信がない」
まさかの理由に彩夏は目を開く。
「なっ!?」
「自分の仕事と彩夏の受験を建前に当分ホテル住まいをする。もちろん勉強を教えたり必要最低限は会うが、一定の距離は空けないと思った。いやか?」
「いややない!光橋さんがうちの為を思ってそうするって決めたならそうする!もう我儘は言わん!」
光橋は彩夏の顔をいつもの困った顔で見た。その顔に見つめられるまま、彩夏は唇にキスをされた。
「んっ…んんっ…」
なかなか離れないので彩夏は息をするのを忘れそうになる。
光橋が彩夏のシートベルトをカチャンと取った。光橋が彩夏を両脇で抱え、光橋の膝に跨る形になった。
「な、なんかこのカッコめっちゃ恥ずかしいねんけど!光橋さん、うちに飽きたんやないの?!」
「…さっきの話聞いてたか?」
光橋は眉間に皺を寄せる。
「聞いたけど、光橋さんといないと泣いてばっかりやし。光橋さんや立夏さん、清人にい見たいにもっと強い人になりたいのに…」
「彩夏、勘違いしてないか?」
「勘違い?」
「大人になったって、不安なんだ。見せないのがうまいだけだ」
「そうなん?光橋さんも不安やったりする?」
「俺だって彩夏がいなくなったら不安だ。仕事に奮起できるのも、彩夏のおかげだ」
「そんなこと言うなんて!光橋さんまた風邪ひいた?」
彩夏は自分のおでこと相手のおでこに手をつける。
「…熱はない」
光橋は不機嫌そうに彩夏の手を取った。そして再びキスをした。
「ふふっ…仲直りのキスやね」
彩夏は久しぶりに心から笑顔になった。
光橋は彩夏に再びキスをする。
何回する気やろ?毎度こう言う展開になると、光橋さんはいつも以上に読めへん…。
深いところまで口腔内を探るので、彩夏は息ができなくなる。
「い…いくらなんでもギブや!」
彩夏が光橋の手を何度か押すと、ようやく解放された。
「…ここが駐車場でよかった」
息を整える彩夏を見ながら光橋は小さく呟いた。
「な、なんか言った?」
「いや…彩夏の受験が終わるまで当分はできないんだ。もう少し堪能させてくれ」
「ええー?!半年以上もチューもなし?」
「会うだけマシだと思え」
「それはそうやけど!ハグは?」
「ギリギリ」
「それでギリギリなん?!」
驚愕する彩夏の顔に光橋は笑い始める。
「やっぱり、彩夏といると飽きないな」
「それは嬉しいような複雑な気分やな」
口を尖らせる彩夏の唇を光橋は人差し指でそっと触れる。
彩夏はこの感触を忘れないようにと、光橋より先に自分の唇を動かした。
光橋は一瞬驚きながらも仕返しとばかりに獰猛になった。
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