花虎の尾は夏に咲く

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花虎の尾は夏に咲く

立夏が清人にはじめて声をかけたのは、七月のある週末。ラグビー部の外周途中の清人だった。 「花虎の尾って言うんだよ」 砂に汚れたラグビーウエアを着た清人は、何故か一人で路傍に咲く花虎の尾をしゃがんで見ていた。 立夏は裏門側の茶華道部の小屋に行く最中だった。 立夏は週末は家から通う為、和装をしていた。 清人には、学生には見えなかっただろう。 「ほら、この花弁が尻尾みたいでしょ?」 あまりに真剣な眼差しなので、立夏は声をかけた。何故か清人は立夏を見たまま動かない。 「僕の顔に何か?」 立夏の日傘の影が揺れた。 日差しが強いので、立夏は和装の時は男性和装に合う日傘をさしている。 「すいません。びっくりして…」 「ああ、急に声をかけたからね。ごめんね」 不審者に思われたかと立夏はその場を後にしようとした。 「待ってください」 立夏の左腕を清人の右手が掴んだ。無骨で汚れていたが、立夏は嫌に思わなかった。 立夏は、一生懸命に練習している証拠を無碍には思えなかったのだ。 「どうしたの?」 「あの、俺、この花見てたら元気でて」 「そうなんだ」 「そしたら、この花見たいな人が出てきてビビりました」 「僕?」 「はい」 あまりに真っ直ぐに言うので立夏は笑う。 「すいません。ぶしつけに」 「いや、色んな人に言い寄られたけれど、そんなの初めてだよ」 「べ、べつに言いよるとか!俺、オトコですし」 「ああ、僕はオトコとかオンナとか形に囚われない主義だから気にしないで」 「は、はあ」 清人は眼を丸くしていた。 「また驚かせたよね。純心にはまだ早いのについ…手、離してくれる?」 清人はすみませんと頭を下げて、手を離した。立夏は頭を下げて裏門から小屋に入る。 玄関の戸をあけて閉めようとしたら、清人がまだこちらを見ていた。立夏が手を振ると清人は慌てて目を逸らして外周を再開した。 夏休みが本格的に始まった。蜃気楼ができるほど熱い日に清人は小屋の玄関先に立っていた。 砂に汚れたウエアは変わらないが、ラグビーボール片手で立夏は驚いた。 「どうしたの?」 運動部は三十五度以上は外練はないはずだ。一人この灼熱の中練習していたと言うのだろうか。立夏は一心不乱に練習する清人の姿が浮かんだ。 「あの…今、誰もいないですよね?」 「ああ、うん。今日は僕一人が来てて。庭の手入れをね。君は?」 「先生の目を盗んで外で少し練習を」 「休憩中かなんかじゃないの?熱中症になるから、日陰に行って休んだ方がいいよ」 立夏は軽々しく声をかけるタイプではないが、自然と声をかけたくなるオーラが清人にはあった。 「俺、二年の石橋清人って言います」 「急に自己紹介?まあいいけど…僕は三年の加賀美立夏」 「生徒だったんですね」 目をパチクリする清人は信じられない様子だった。 「よく言われる。で、何か用?」 「あ、えっと、加賀美さん、俺と付き合ってください!」 深々と礼をする清人に次に目をパチクリするのは、立夏だった。 「え?」 「本気です。一目惚れです」 清人の真剣な瞳に嘘はない。立夏は昔から華道の名家としてたくさんの大人や子供を見てきたが、こんな純朴な青年を見るのは初めてだった。 「…遊びでよかったら」 からかって見ようー立夏は初めて心の底から楽しい気持ちで相手を見た。 人目を惹く容姿でひくて数多だった立夏は、性別や年齢問わず経験があった。 立夏の暇つぶし。相手もそうだった。 信頼関係よりも体の関係を持つ解消が先立つのが年齢的に満足できた。 恋愛なんて、面倒なものだー真剣な恋愛経験はないが、人は信用できないと刷り込みされた名家の悪しき人間模様に飽き飽きしていた。 さらに立夏の本心など放って勝手に恋愛沙汰に巻まれた経験は何度かあった。 遊びが気軽でいい。楽しいそうだし。 でもこんな風に自分から興味が湧いたのは、茶華道をしている時以来だな…。 回想している立夏の脳内を知らず、清人は遊びの意味を理解するのに必死だったらしい。 清人は眉を寄せて言った。 「遊びって…なんですか?」 まさか聴かれるとは思わず立夏は笑った。 こんな風に笑うのは久しぶりだな。人をからかう楽しみを知ってもいいよね。 立夏は好奇心のままに、清人の手を引いた。 「やっぱり立夏さんは、白い花虎の尾みたいですね」 清人が素直な笑顔で立夏を見下ろすので、立夏は戸惑った。 ただの遊びなのになあ…。不思議だな。 立夏が冷静だったのは、ここが学校だったから。 そして、もう一人清人の隣に清人の友人がいたから。 「おい、石橋、なんて口説き方だ…」 呆れているのは、清人と同級生の光橋悟。光橋製薬の一人息子がまさかスポーツ科のラグビー部にいたとは立夏は最初、聞いて驚いた。 いるとしても、てっきり著名な学生が入学する立夏と同じ一般クラスかと思っていた。 話を聞くにうちと違って子供の意思優先のいい親御さんなんだろう。 清人と親友であるのが、また立夏を安心させた。 光橋は清人と違い、冷静沈着、頭脳明晰。人を寄せ付けない雰囲気だが、清人においては別らしく世話を焼いていた。 いきなり告白してきたあの日からそうだった。 光橋が現れたのは、清人に告白された一時間後。 光橋は小屋の玄関を何度も叩いていた。 一人出てきた立夏を見るや。 「熱中症で保健室で休むと嘘をついて、外でこっそり練習してるだろうと踏んでいたのにまだ帰ってこないのでここを探しにやってきた」と言う。 光橋は少しの沈黙の後、立夏に続けて言った。 「あいつをあまり揶揄わないでください」 少し怒りの混じった目だった。 のちに清人に自身の親友だと紹介された光橋は、紹介されるまでもなく初対面で親友として全てを知りなおかつ心配しているのが伝わった。 「あいついい奴なんで。あの和装の人が好きだと告白してきた時は嘘かと思いましたし、軽くたしなめて諦めると思ってましたが、やっぱり行動したんですね。俺と友達になりたいって言ってきた時もそうでした」 親友の言葉は淡々としていたが、立夏はそれほど真っ直ぐなやつだからやめてくれと言葉の裏に孕んでいるのが伝わってきた。 真っ直ぐな子には、素敵な友達ができるものなんだね。 立夏は笑いながら「君たちは似てるね」と言った。 「すいません。俺にそんな趣味はないんで」 眉間に皺を寄せている光橋は勘違いされたら困ると言う顔だった。 「大丈夫、わかってるよ。君は清人くんのチームメイトで彼を心配するほどの親友なんでしょう?僕が似てると言ったのは、真っ直ぐで不器用なところだよ」 「初めて言われました。俺なんでもそつなくやるタイプなんで。清人以来です。すぐ見抜いたの」 目を見開いた光橋は立夏を不思議そうに見た。 「君は清人くんと同じグラウンドに立ってるけど、いいとこの人なんじゃないかな?」 「そうです。だからこそあいつ…石橋で遊ぶのはやめてください」 光橋に忠告されていたのに、立夏はわかったふりをした。 どうして一番面倒そうな人たちに僕は笑ってるんだろう? 真っ直ぐに思いを伝える清人と清人の親友の光橋は立夏にとって出会ったことのない二人だった。 自分にとって初めての想い人と大切な友達の一人でなると立夏はまだ知らなかった。 九月の終わり。 清人は、立夏を二年の強化試合を見にきて欲しい。そしてその後、光橋と三人で帰りに晩ご飯を食べようと誘った。 「え、立夏さんと光橋は友達になってるでしょう」 試合を見に行くのはよいが、光橋とは仲良くないからと言う立夏に清人は疑いのない目で言った。 「光橋くんが友達になったって言ったわけじゃないでしょう?」 「そうですけど、この前立夏さんにお茶をご馳走になりに小屋に光橋と来た時から仲良さげに話してたし」 「あれは清人くんがあまりに下手な口説き方をするから面白がって僕と光橋くんがからかっただけでしょう」 「気が合うと思うけどなあ」 「まあ、嫌いじゃないよ。光橋くん、友達思いだから」 「え!立夏さん、光橋がタイプなんですか!」 「バカ、そんな意味じゃないよ。この学校の二年で僕に告白してきたのは清人くんだけ。光橋くんは人としてね」 「人として俺は魅力的じゃないんすね」 「いじけない」 「立夏さんは俺が遊びなんでしょ?」 「…だとしたら、試合になんて見に行かない」 「え!ただの遊びじゃないんですか?」 目を輝かせる清人に立夏は罪悪感を覚えた。 「うん。本気の遊び」 清人と自身をその言葉と笑顔で誤魔化している。 立夏は素直に向き合えるほど、純心ではなかった。 本気の遊び。その言葉を自分に言い聞かせている。 立夏はお月見の用意を小屋でしながら、思った。 今まで本気になったのは、お茶とお花、舞踊だ。 勉強も家庭教師がよかったのか、嫌いじゃない。それなりの高校にも入学できた。 兄が荒れていて不真面目だったのもあり、反面教師で表ではおとなしくしていたのもある。 この小屋で部活仲間とともに部活に励んだり、指導したり、小屋で一人で作業をしている時間が楽しかった。 たまの息抜きが、言い寄ってくる男女との関係。裏で憂さを晴らしているのは、今の心のバランスを取っているだけのこと。いずれ大学に進学し、大人になれば、親からの期待に応えて、加賀美家の当主になり、いいところのお嬢様と結婚する。 見える未来に不満はなかった。 たまたま今だけの憂さ晴らしでからかいたくなった。その相手が清人だった。 今だから本気で遊んでおくのだ。 清人の純心を裏切ることになってもいい。 楽しいから、いいんだ。 立夏は言い聞かせながら、花瓶にススキを刺した。 それから立夏は度々清人に別れを持ちかけた。 絶対に嫌だと清人が言うのがわかっているのに、立夏はどうしても言わずにいれなかった。 僕が本当に好きなの?僕なんかでいいの? 自分の不安が揺らぐ度「立夏さんがいいんです」 そらすことのない瞳で言われるのが好きだった。 そういつのまにか、好きになってしまった。 本気の遊びだったから、楽しかった。 時間が経つほどに、清人の魅力にますますハマって行った。 逞しさと強さ、優しさ、抜けているところも、すべて素敵だと思ってしまった。 気がつくと立夏はエスカレーター式の大学一年になり、清人は自分を追いかけて大学に進学するとまで言い出した。 大学もスポーツ推薦で行くことができると笑顔で言われた時、光橋は「立夏さんをあまり困らせるな」と忠告していた。 この先を思っての親友の助言だった。 すると清人は「立夏さんが本当に嫌ならやめるけど」と言った。 「そんなわけない。嬉しいよ」 立夏はダメだとわかっていても、自制が効かなくなっていた。 光橋が心配そうに立夏を見たが、立夏は微笑み返した。 こうなったら、最後の最後まで後悔しないで生きたいから…。 立夏から清人にハグをした。 立夏が大学一年、清人と光橋が高校三年の夏のことだった。 清人は光橋が進学先が違うと言うので、最後の思い出に関西圏にある親戚の田舎に来ないかと誘った。 立夏は去年も清人に誘われて今年で二度目だ。 光橋は去年も誘っていたが興味がないと断っていた。だが今年は高校生活最後だし!と言う清人の言葉を聞いて「今回だけは行く」と言った。 新幹線と特急を乗り継ぎ、五時間。 たどり着いた山間の村は、静かで優しい自然に溢れていた。 木々の重なる風の音や虫の音。土の道に、川沿いの水の音。立夏はこの場所が一目で気に入っていた。清人と喧嘩をした去年の夏もいつのまにか此処に来たら仲直りするほど、和やかなる空気があった。 「僕の実家よりもずっと、あったかくて安心できるんだ」 立夏は心から光橋に素直に言った。言えてしまうくらい石橋家の親戚に当たる家族は皆、優しくて温かい。 「清人、立夏さんおかえりなさい」 清人似の笑顔で向かい入れてくれたのは、清人の叔父ー清人の父の兄に当たる。村の消防員として働いているがっちり体型の叔父は、都会に住む清人の父よりも温和に見えた。働いている地域によっての違いだろうか。 「立夏さん、清人くんおかえり〜!いつ見ても相変わらずイケメンやねー!」 隣で二歳になる息子の琥太郎を抱っこしてるのが、叔父の妻だ。少し癖っ毛のセミロングで目がくりっとして細身の可愛らしい女性だった。 「そっちのメガネのイケメンさんは?」 清人の後ろにいる光橋を見るや叔父の妻は目を輝かせる。 「ああ、俺らの友だちの光橋悟。同じ部活で今年の夏まで副キャプテンしてた」 「清人くんがキャプテンで光橋くんが副キャプテンやなんて!あー試合見たかったなあ〜」 「叔母さん、動画あるから見る?」 「えー見たい!」 「こらこらお客様をお招きしてからにしないと」 後ろで清人の祖父母が苦笑いしながら「どうぞ上がって」と三人を招いた。 祖母の足元にひょっこりと顔を出した女の子と立夏は目が合った。 「あ、彩夏ちゃん!おっきくなったねー!ランドセルで登校する写真、清人くんから見せてもらったよ」 「ほ、ほんま?」 叔母に似て愛らしい目をしている彩夏は、叔母が抱いている男の子ー琥太郎の姉でもあり、今年、小学一年になった。 「清人にい!」 「おお!久しぶりだな彩夏ちゃん!」 清人の大きな手のひらが彩夏の頭を撫でた。 彩夏は笑顔になって清人を見ていたが、清人の後ろの人物を見るや、また祖母の足元に隠れた。 「ああ、初対面だから緊張するよね。俺の友だちの光橋悟」 彩夏と目が合った光橋は子供は苦手だったが、無視するわけにいかず会釈した。 「光橋、冷たく見えるけど優しいやつだから、彩夏ちゃん仲良くしてやって」 彩夏はじっと光橋の動きを見ていた。 「光橋くん、物珍しいんかな?」 立夏の言葉に叔母がテンション高く言う。 「光橋くん見ためはスポーツ青年やけど、都会的やん!清楚で可憐な立夏さんもいいけど、クールで凛々しいイケメンもええわ〜」 「おい、お前落ち着けよ!」 叔父が呆れながら声をかけていた。 ありふれた風景の全てが、自分の家族にない温かさに満ちている。立夏は普段感じることのない景色に優しい気持ちになる。 自分にもこんな部分があるなんて、ここに来るまで知らなかった。 立夏は毎年夏、清人が真っ直ぐで純心である理由がここに来る度にわかる気がした。 荷物を起き、一休みしたところで三人は縁側でスイカを食べていた。すると彩夏が柱から顔を出し、こちらを見ている。 「どうしたの遠くにいて。こっちで一緒に食べよう」 清人が言うと彩夏は柱に手をやりながら、光橋を見た。 「あのお兄さんの隣で食べて良い?」 「光橋くん?」 立夏が視線の先を見て言った。 黙ったままの光橋は静かにスイカを食べている。 「光橋くん、いいよね」 「…子供は苦手だ」 「好かれたことがないから戸惑うだけだよ。彩夏ちゃんは光橋くんが良いって言ってるんだから。さ、彩夏ちゃん僕の隣に来たら、ちょうど光橋くんの隣だよ」 立夏の言葉にとてとてと小さな足が近づく。 立夏側の方に寄って、彩夏は座った。 それから光橋をじっと見た。 「俺を見てなにが面白いんだか…」 そう言ったまま光橋は彩夏を見ずに麦茶を飲んだ。 彩夏は立夏からもらったスイカを齧りながら、光橋に質問し始めた。 光橋は眉間に皺を寄せながらも、嫌だとは言わずぽつりぽつりと応えていた。 「彩夏ちゃん、光橋くんが気になるみたいだね」 「光橋、子供に好かれないのに珍しいなあ」 清人は半玉のスイカを豪快に食べていた。 「清人くん、種ごと食べてない?」 「できるだけ避けてるんですけど、時々食べてます」 へへっと笑う姿に立夏は胸がギュッとなる。彩夏もそうだが、石橋家特有の無邪気な笑顔は胸を掴むものがある。 光橋もそうだったりするのだろうか? 淡々と顔色を変えず彩夏の相手をする光橋と彩夏の様子を見た。 「なんでメガネかけてるん?」 「…目が悪いからだ」  「勉強しすぎたん?」 「そうかもな」 「勉強しすぎて目が悪いなんて変やな」 「変じゃない。宿題したのか?」 「まだ!あのなドリルがな…」 「説明しなくていい」 「なんで!お兄さん目が悪くなるぐらい勉強好きなんやろ?」 「それと自分の宿題の中身を教える意味がわからない」 「お兄さんにな、彩夏の勉強わかるかなって」 「できるに決まってる」 「ほんなら見てやー!」 彩夏は目を輝かせ、光橋の手を引く。 「なにを?どう見るんだよ?!」 光橋は眉間に皺を寄せながらも仕方なく彩夏の手の引かれるまま、連れられていく。 微笑ましいやりとりに立夏のみならず、清人も笑った。 「この調子じゃ光橋くんにべったりだね」 「光橋を振り回す女の子初めて見たよ」 「光橋くん、他校の女子に外で声かけられたときすら無視だったもんね」 「めんどくさいから嫌われる方がマシだ…ってモテない俺からしたら羨ましい話だよ」 「あれ?清人くんモテたいんだ。僕には立夏さんが誰かに話しかけられるのが嫌なんですって可愛いこと言ってたくせに」 「いや!それはそれ!これはこれ!俺は立夏さんや光橋にみたいにモテたことないから!男として、一度はモテる経験を味わいたいなと…」 「理由はわかった」 立夏は清人を意地悪そうに見た。清人はどこか落ち着きがない。立夏はお盆に三人の空の容器を乗せて立ち上がり、清人のそっと耳打ちした。 「…清人くんは、僕だけにモテてほしいなあ」 清人が顔を真っ赤にするのを立夏は楽しそうに笑った。 「立夏さん!新聞見たで!」 二泊三日の二日目の朝だった。立夏や清人、光橋と手を繋いだ彩夏が朝食に現れると、祖母と叔母が目を輝かせていた。 地方欄に、都内大学に通う有名華道家、加賀美立夏と書かれたインタビューが載っていたのだ。 「ああ、そう言えばここに来る前に取材を受けたんです」 「立夏さんとは現地集合だったけど、新聞の取材だったの?!」 隣で清人が驚いていると、あんた知らなかったの?と叔父一家がつっこんだ。 「清人は立夏さんのことに興味がないの?」 叔母が不思議そうに言った。 「いや、俺よくわかんなくて。展示会とか見に行くと綺麗だなとかしかわからないし。小屋で立夏さんしかいない時、光橋とお茶をもらった時があるけど、光橋は平然と仕方をわかってたけど、俺は全然…」 頭をかく清人に立夏は頭を横に振る。 「作法は確かに大切だけれど、入り口は興味でいいんです。できるできないに囚われないのが大切だと思うので…」 「同じことが新聞に書いてあるな」 叔父が感嘆している隣で叔母が手を叩いた。 「ほんなら、おばあちゃんがもってた古いお茶道具や花池取り出してみんなでしたいなあ。いいかな?立夏さん」 「叔母さん、そんな急に…」 清人の言葉を遮って、立夏はいいですよ。と言った。 立夏の隣にいる彩夏ー光橋の隣を陣取っていた彩夏も立夏を見た。 「彩夏ちゃんも興味ある?」 彩夏は朝食を静かに取っていた光橋を見た。 「…光橋くん次第みたいだね」 「ごちそうさま。美味しかったです」 光橋は話を聞きながら朝食を綺麗に食べ終え、手を合わせた。彩夏は慌てて残りのご飯をかき込もうとした。 「落ち着いて食べろ…後、俺は花は遠慮する」 「じゃ、お茶はするんだね?」 「ああ」 「やった!イケメンたちのお茶が拝めるのね!」 叔母が目を輝かせて言った。 「母さんの本音はそれか…」 隣で叔父が頭を抱えていた。 「お花はともかく、お茶はみなさんにご馳走します。おばあさんの道具と私が持っている道具を使いましょう」 立夏の主語が僕から私に変わった瞬間、清人の背筋が伸びた。 「光橋さん、彩夏もするで!」 「言わなくてもそうするってわかってるから、落ち着いて食べろ」 「はーい!」 「ほんま彩夏は光橋さんにつきっきりで悪いねえ」 叔母が光橋を見て頭を下げる。 「…構いません」 スイカを隣で食べてからと言うもの、彩夏は光橋に着いて回っている。 光橋は最近は困惑したが慣れている様子だった。 風呂以外ずっとでさすがに一日経てば飽きると思っていたらしいが、寝る時も光橋の側をがんとして離れないので、光橋は彩夏の気持ちに負けたと言う。 それに彩夏は本当に嫌なことはしてこないので、戸惑いは変わらないが、本心から嫌がってはいなかった。 二日目はお茶をし、活ける野花を探して、あっという間に日が落ちた。 夜は村で行われる神社の祭りだった。 一家と清人、立夏、光橋も参加した。立夏も手伝って着付けをしたので祖母と叔母は早く済んだと喜んでいた。 光橋は彩夏に手を引かれるまま、人波に消えて行った。 叔父や叔母、祖父母は二歳になる琥太郎を抱きながら、夜店を見ていた。 立夏と清人も並んでいたが、立夏は途中で清人に引き止められて神社から少し外れた場所にやってきた。 「どうしたの?こんな暗がりに連れ出すなんて」 清人は立夏に背中を向けていた。 「…いや、立夏さん。悩んでるんじゃないかなって」 「悩み?別に悩みなんかないよ?」 「悩みっていうかその…また俺と別れたいって言い出すんじゃないかって。ほら去年の夏そうだったじゃないですか」 「確かに去年の同じ頃、清人くんに言ったけど、清人くんが引き留めてくれたでしょう?」 「そうだけど、また言い出すんじゃないかって。俺、難しいことわからないけど、立夏さんの家のこととかでこの関係が続かないって言うのは分かってます」 清人が握り拳を作るのを立夏は見た。 立夏は清人の背にぴったりとくっつき、清人の握り拳の上に手を添えた。 「…分かってるなら言わないで。清人くんの親戚の人を見ていたら、僕もこんな風に誰かを大切に思える様になりたいって前向きになったんだから」 「やっぱり、後ろ向きになってたんですね」 「それに彩夏ちゃんが光橋くんに必死になっているの見てたら、僕はなんて大事に慕われてるんだろうってハッとしたから、今年はもう言わないかな?」 「今年も来年もないです。答えは変わらないですから」 清人は立夏の方を向き、手を握って見下ろした。 清人の顔が切実に見えたのは、暗がりだからだけではないと立夏は思った。 「…ね、清人くん。ここはキスする所じゃない?」 立夏が右耳に髪をかけると、清人は行動で答えた。 翌朝、叔父一家に見送られて清人たちは村を去った。光橋のポケットには、別れ際、彩夏からもらった手紙があった。 帰りの電車に揺られながら、光橋は窓際から遠くを見ている。 向かいに立夏が座り、その隣に清人が座っているが、立夏の肩に頭を乗せて眠っていた。 「彩夏ちゃん。泣かせちゃダメだよ」 立夏は光橋を見て言った。昨夜、神社で泣き始めて止まらない彩夏の姿を見ていた一人として、立夏は言わずに言われなかった。 「別れ際は泣いてなかっただろ?」 「あれは決意の目だよ」 「どうしてわかるんだ?」 「僕は彩夏ちゃんに似た親戚の人に一途に好かれているからね」 「だとしても。人の気持ちなんて移ろうものだろ?しかもあんな子供だ」 「まあね。どうなるかわからないけど…ただ一つ言えるのは、光橋くんの心を動かしたのは彩夏ちゃんだってことかな?」 「どうして立夏さんはそう思ったんだ?」 「お嫁さんになるって言葉、否定しなかったでしょ?いつもの光橋くんなら否定するって僕だけじゃなくて、清人くんも言ってた」 「俺に何を言わせたいんだ?」 「そんな人に出会えるってそう簡単じゃないんじゃないかなって言っておきたいだけだよ。光橋くんや僕みたいないろんな大人を小さい時から見ていたら、わかるでしょ?」 「確かにあんなに戸惑ったのは、両親にうちに継ぐ以外なら、他はお前の意思を尊重するって今の高校を受ける事になった時以来だ」 光橋はまた窓の向こうを見た。 「少なくとも、彩夏ちゃんと手を繋ぐ光橋くんを見たら、僕も手は離しちゃいけないって思ったんだ」 「俺の親友をあまり困らせるなよ」 「…分かってる」 立夏は隣で眠る清人の手を握った。
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