はざまの喫茶店

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 そんな老婦人の様子をにこやかに眺めていたマスターは、おもむろに口を開いた。 「お客様は、そのメニューにどのような思い出があるのですか? 教えていただけますでしょうか」 老婦人の唇が柔らかな微笑みを形作り、そして開いた。 「夫と初めてデートに行った時のことね。あの時もこんなふうなお店に入って、アイスコーヒーを二つ頼んだの。暑い日だったからね。私はコーヒーが好きだからなんとも思ってなかったのだけれど、夫は実は苦いものが苦手だったの。でも今思えば、格好つけたかったんでしょうね。アイスコーヒーを口に含んだ瞬間、口がへの字に曲がってたわ。それでも私に気づかれないように、頑張って笑顔を作ってた。眉間にしわが寄ってたけどね」 彼女はその時の夫の顔を思い出しているのだろう、クスクスと笑った。 「それで私、考えたの。甘いものも一緒に食べれば大丈夫なんじゃないかって。でも面と向かって『甘いものでも頼んだら』なんて言うの、野暮じゃない。だから私がガトーショコラを注文したの。私が少し食べてから『残りを食べて』って言って、夫にあげたの。そしたらあの人、ようやく表情が和らいで『おいしい』って。アイスコーヒーも全部飲めたのよ。あの時のほっとしたような笑顔、忘れられないわ。それで『ずっとこの人と一緒にいたい』って思ったのよ」  老婦人の話からややあって、ガトーショコラが乗っていた皿は空になった。 「ごちそうさま。最近はだったから、久しぶりに美味しいものが食べられてよかったわ」 上品にナプキンで口元を拭きながら、老婦人は言った。 「お代はいくらかしら?」 「当店では『お客様の思い出』がお代でございます。ですので、お代はすでにいただいております」 「あら、あんな話でよかったのね。それなら、また来ちゃおうかしら」 「ええ、またお待ちしております」 二人は顔を見合わあせて、にっこりと微笑んだ。
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