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「差し支えなければ、この後のご予定を伺っても?」
マスターがそう尋ねた時、老婦人はアイスコーヒーの最後の一口を飲み干したところだった。一息ついて、彼女は答える。
「今年は私の初盆でね、孫の家に行くの。夫とはここで待ち合わせ」
老婦人がいたずらっぽくふふふ、と笑うと、入口のほうからカランカランとベルの音がした。見ると、丸々とした体型の老紳士がドアから顔を出していた。彼は老婦人を見つけると、柔和な笑顔で手を振った。
「それじゃあ、ありがとうね。ごちそうさま」
老婦人はマスターに礼を言うと、カウンターから立ち上がった。それから老紳士に歩み寄り、二人は腕を組んで店を後にする。まるで二人が若返ったかのように、その足取りは軽やかだった。客のいなくなったカウンターでは、アイスコーヒーのわずかな名残を残して、グラスの中の氷がカランと音を立てた。
ここは、あの世とこの世の境目にある「はざまの喫茶店」。店は今日も、訪れる死者たちの思い出に彩られることだろう。
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