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抜けるような青空の下、その喫茶店はひっそりと営業していた。
店内は全体的にレトロな臙脂色で統一され、温かなオレンジ色の明かりも相まって、落ち着いた雰囲気を醸し出している。カウンターでは、ロマンスグレーの頭髪に背の高いマスターがひとり、慣れた手つきでコーヒー豆を挽いているところだ。
カランカラン、と来客を告げるベルが鳴った。店へ入ってきたのは、シックな淡い紫色のワンピースに身を包んだ華奢な老婦人だ。店内をきょろきょろと見回しながら、カウンターに歩みを進める。
「いらっしゃいませ。当店のご利用は初めてですか?」
カウンターの椅子に腰かけた老婦人は、マスターの問いにうなずいた。
「ええ、初めてよ」
「ではまずメニューをどうぞ」
マスターはメニューを差し出した。老婦人がメニューを受け取って開くと、その中身は白紙だった。彼女が不思議に思ってぱらぱらとページをめくっていると、メニューに変化が現れた。まるで見えないペンと絵の具を走らせるかのごとく、白紙に文字と挿絵が浮き上がってきたのだ。
「まぁ、驚いた! どれも思い出のある食べ物ばかりで、懐かしいわ」
「はい、当店ではお客様の『思い出のメニュー』を提供いたします。お客様にあわせたメニューを提供できるのが、当店のウリなんです」
「私の記憶をメニューがのぞき見してるのかしら? なんだか少し恥ずかしいかも」
そう言いながら、老婦人は嬉しそうに笑った。その姿は想い人の視線を感じて恥じらう若い娘のようだった。
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