セレーヌ

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セレーヌ

灼熱の太陽に焼かれた岩肌の熱は ブーツのゴムを溶かし樹脂の焦げた臭いが タケルの鼻を刺激する。 巨大な竜の(うろこ)の様な岩礁地帯を 抜けた辺りで繋いでいた彼の左手は 急に重くなった。 「大丈夫…大丈夫だから…」 タケルの左手を握りながら(うずくま)ったリナの顔はきめ細かな肌が少し蒼白になっている。 「…熱があるな…体力も限界だろう」 額同士をくっつけた後 タケルはそう言ってリナを背負い再び歩き始めた。 ひび割れた大地から乾いた砂埃が舞い散る。 海面より標高が低い『死の谷(デスバレー)』と呼ばれる広大な盆地は 空気の循環が劣悪でタケルが若い頃に働いた事がある 真夏のガラス細工の窯工房を思い出させられた。 「あっ!お父さん(タケル)見えたよ。あれが『セレーヌ』だね」 リナの視線の先、褐色で折り重なった岩山の隙間から 遥か彼方に綺麗な町が見えた。 「ねぇ…お父さんはセレーヌに行った事が あるんだよね?」 「あぁ…美しい水の都だよ 緑豊かでエメラルド色に光輝く水路が街中に 張り巡らされて、ゴンドラボートに乗りながら 教会や市場に訪れたものさ。 隣国からも多くの人が集まってくる それにもうすぐ開催される『アクア•ラルタ』は…」 そう言いかけてタケルは言葉を詰まらせた。 セレーヌへと向かう長いキャラバン(隊列)が見える。 此処(ここ)からでは砂粒ほどの大きさである。 衰退したこの国がかつて栄えていた時代に開催されたボートレースを諸外国から代表競技者を招集し 復活させる事が国王より通達されている。 半日あればセレーヌに辿り着けるのだが 身体が鉛に様に重く動かない。 荒地に膝をついたタケルの顔をリナが心配そうに 覗き込む。 セレーヌに向かう途中、死の谷(デスバレー)で 落命する者は数えきれない。 「…少し休もう」 リナにそう言われたタケルは(うなず)くと 仰向けになり倒れ込んむ。 見上げた晴天には少しずつ雲が浮かび始めていた。
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