10話 勧誘

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10話 勧誘

「それにしてもお前すごいな。あの司様に楯突くなんて。」 久賀と出会ってから数日後、俺の牢屋に来ていた男が、そんな事を言った。 「別に、そこまででもねぇよ。っていうか、まだあんたの名前を聞いてなかったよな。」 「俺の名前か?俺の名前は乙葉一輝(おとわかずき)だよ。」 乙葉一輝って言うのか。 だったら…… 「一輝って呼べばいいんだな。」 「なんで名前呼びなんだよ。俺らそんな馴れ馴れしい関係かよ。一応敵同士だぞ?」 「でもお前、俺に馴れ馴れしい態度で接してるじゃねぇか。」 「そうか?俺は全ての人間に対しておんなじように接してるけどなぁ。」 「じゃあ、お前が元々そういう性格なんだろうな。」 「それにしても、流石に名前呼びはあれだな。じゃあ、乙葉でいいか?」 「勝手にしろ。」 「……なぁ、乙葉。」 「なんだよ。」 「お前は、昨日のあの久賀の姿を見た事はあるか?」 「お前を睨みつけた時の顔あのだろ?」 「そうだ。」 「…………そういや、見た事ねぇなぁ。」 「なんで一瞬押し黙ったんだ?」 「……別に、押し黙ってなんかいねぇよ。」 「ほら、今も押し黙った。間があるって言い方もあるな。」 「……………」 「乙葉、乙葉達は今まで久賀に何をされてきた。教えてくれ。言える範囲でいい。」 「……………」 乙葉はまた押し黙る。 「吐いたほうが、少しは楽になれるんじゃないのか。」 「……教えられる訳ねぇじゃんかよ。」 「なんでだ?」 「だって、俺らは敵同士だ。そんな事教えられる訳がない。」 「なんで敵同士だからって、教えられないんだ?」 「そりゃお前、俺らが司様に何されてるかを俺が言ったら、敵に自分らの情報を渡す事とおんなじ事をしてるようなもんだぞ?」 「それをして何になる。お前らの弱みを俺が握る事になるか?俺がそれを知って何かに活用出来るか?」 「少なくとも、俺は出来ないと思ってる。」 「じゃあ、何でお前はそんな事俺に聞いてくるんだよ……。」 「お前を楽にしてやりたいからだ。」 「えっ……」 「俺は、ここ数日お前と話をして、お前は悪い奴じゃないって事がわかった。」 「俺も、悪くない人間まで見捨てるようなクズじゃない。だから、俺はお前を助けたいと思った。」 「これじゃあ、話してくれないか……?」 俺がそう尋ねると、乙葉はゆっくりと口を開いて、 「……司様は、俺らの前じゃいつもお前に向けたような表情をしているんだ。」 「客人とかの前じゃ善人ヅラしてるけどな。」 「そうして、何か気に入らない事があったら、それに関わる奴らを殺していく。」 「何っ……?」 「例えば、何かを命令されて、それに失敗したときだな。」 「それに失敗して司様に殺されていく奴らを、俺は何人、いや何十人と見てきた。」 「他にも、俺らが些細な事でやらかしたら、結構キツめの暴力を食らう。」 「それを俺らは、何度も受けてきた。」 「でも、それをされても尚、俺がここにいる理由がある。」 「それは、何だ?」 俺がそう問うと、乙葉はこう言った。 「俺は司様に救われたんだよ。」 「救われた……?」 俺はそう聞き返す。 「俺は親がいなかった。俺が3つの時に事故で死んだ。」 「祖父母も死んでいて、俺は孤独だった。」 「そんな身寄りのない俺を、司様が拾ってくれたんだ。」 「そんな過去が……」 俺は思わず呟く。 「その恩を、俺はまだ返し切れていない。」 「だから、俺がその恩を返し切るまで、俺はここにいるんだ。」 「……そうか。話してくれてありがとう。」 「別に……」 「気は少しか楽になったか?」 「あぁ。お陰様でな。」 「……なら良かった。」 そうして俺らは微笑む。 「……なぁ、乙葉。」 「今度はなんだ?」 「俺んところ来ないか?」 「……………」 「俺の目的は、前言ったように、この世界を変えることだ。」 「覚えてるよ。」 「そして、それを達成するためには久賀を倒さないといけない。」 「少なくとも、今の俺じゃ不可能に近い。」 「それに、仲間は沢山いた方がいい。」 「さらに言えば、こんなとこよりも俺はこっちに来た方がいいと思ってるんだ。」 「だから俺は誘ってる。」 「……………」 「今のお前の言葉を聞いていても、俺は久賀がクズなやつだとしか思えない。」 「そんな奴に無理してまで恩を返そうとしなくていいんだよ。」 「……まぁ、考えとくよ。」 「おっ、そうか。」 「なんだよ、その反応は。」 「いや、ここまですんなり行くとは思わなかったからな。」 「まだ決めた訳じゃねぇからな。」 「わかったよ。」 ……そうして今日、俺は乙葉を勧誘した。 結果は脈アリだ。 今、乙葉はまだ心が揺れている状態。 そこからこっち側に持っていくには…… と、そんな事を考えていると、 「そーいや、なんで俺らが司様に酷い事されてるってわかってたんだよ。」 「んなもん知るわけないだろ。」 「……はぁ?」 乙葉は本当に意味がわからなさそうに溜息をついた。 「じゃあ何であんな事聞いてきたんだよ。気づいてたから聞いてきたんじゃなかったのか?」 「別に、気づいてねぇよ。」 「じゃあ、何で……」 「所謂、『勘』って奴さ。」 「なんだよ、それ。」 そうして俺らはまた笑い合う。 乙葉一輝との絆をまた一層深めることが出来たみたいだ。 さぁ、ここからだ。 ここからどう乙葉に接するかで今後の命運が決まると言っても過言ではない。 ……頑張らなきゃな。 と、俺は乙葉の笑顔を見ながらそんな事を思うのだった。
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