7話 男

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7話 男

「……なんだよ、これ……。」 その場所につくと、そこは地獄だった。 目に見える場所全てが赤に染まっていた。 人であった何かが、そこら中に転がっている。 コンクリートもえぐれている。 ……吐き気がした。 血の匂いと腐った死体の匂いが鼻から入り、体を頭の中を駆け巡る。 流石にこれは刺激が強すぎる。 人を殺してきた俺でも、耐えられないほどだった。 「……一体、誰がこんな。」 俺がそう言いかけたその刹那。 「……っ!」 俺の顔の横を、ナイフが通り過ぎる。 ……動けなかった。 そのため、ナイフは俺の頬を掠めた。 「そんな程度かよ、なぁ、朝霧一馬。」 「っ!誰だ!」 俺は後ろに振り返る。 「俺を覚えているか。」 そこには男が立っていた。 もちろん見覚えがない。 「お前なんて知らない。まずそもそもとして、なぜお前が俺の名前を知っている。」 「まぁ、それには色々とあるんだよ。」 「この大量虐殺は、お前がやったのか。」 「まぁ、俺がやったね。」 男は素直に答える。 「というか、俺の事を知らないのか……。」 男が何やらぶつくさ言っているが、俺は気にせず問う。 「お前は誰だ。」 「俺か?別に、名乗るほどの者じゃねぇよ。」 「何なんだ、お前は……。」 「まぁ、名乗る必要もない。」 「何故だ。」 「だってお前は。」 その瞬間、男は俺との距離を一瞬でゼロまで縮めて言った。 「お前はここで死ぬからだ。」 「……っ!」 俺は条件反射でなんとかその男の攻撃を回避した。 「そう来なくっちゃ。すぐに終わられたら楽しくないからね。」 そうして男はまた攻撃を繰り出す。 慣れてきた俺は、吸収した能力を使って身体能力を向上させ、回避し、さらに反撃を仕掛ける。 だが、その攻撃はいともたやすく(かわ)されてしまった。 そうして俺らはお互い距離を取る。 やはりまだ実力不足か。 というよりも…… 「お前は本当に何者なんだ。あんな動き、並大抵の能力者じゃできない。」 「そりゃ、俺は並大抵の能力者じゃないからな。」 「だからこそ何者なのかと聞いているんだ。」 「さぁ…?俺は一体何者なんだろうね。」 「そもそもとして、お前は何故こんな事をしている。この殺しに意味はあるのか。」 すると男は答える。 「そりゃ、理由があるに決まってるだろ。俺もそこまで狂っちゃいない。」 「どうせその理由を聞いても、お前の事だから口を割らないんだろうな。」 「なんだ?もう俺を知ったような口振りか?」 「そんな事あるか。俺は未だにお前が何考えてるかさっぱりわかんねぇよ。」 「そうか、じゃあ教えてやる。」 そうして男は口を開く。 「俺の目的を達成するために、お前の死は不可欠だ。だから俺はお前を殺そうと思ってる。」 「これが、俺が今考えている事だ。」 「そうか……。」 殺すと言われているのに、何故か俺は落ち着いていた。 いや、逆に興奮していた。 それはやはり、この目的があるからだろう。 「じゃあ、俺も目的を遂行するとするよ。」 「冥土の土産に教えてやる。俺の目的はもちろん、お前を倒して事の収まりをつけること。ただ、それだけじゃない。」 そうして俺は言う。 「俺の目的は、この狂った世界に全力で抗って、そして変えることだ。」 「社会ってのは理不尽に満ち溢れている。お前の目的のために、俺が殺されるのももちろん理不尽だ。」 「世界を変えるって言っても、やっていい事と悪いことがある。そして、俺はこの理不尽は別にいいと思ってる。」 「まぁ、人を理不尽に差別したり、殺したりするのは違うと思うがな。」 「それでも、この世界は理不尽で成り立っていると思っている。」 「俺が変えた後の世界も、多分理不尽で修復され、そして成り立っていくだろう。」 「だからこそ、俺はその理不尽に(のっと)って、俺の目的のためにお前を殺す。」 俺がそう言うと男はお腹を抑えて笑った。 「……傑作だな。世界を変えるだと?お前は何を言っているんだ?」 「この世界を変えられるわけない、少なくとも、あのお方がこの世界の頂点にいるまでは。」 「そしたら、そのお前が言う、『あのお方』を倒せば、この世界を変えられるんだな?」 「でも、お前には倒せない、今の動きを見ていたら、お前は俺より下、少し盛っても同じくらいだ。」 「そして、俺はこの世界の下の下だ。この世界には、俺よりも強いやつがごまんといる。」 「そんな俺より下のお前が、あのお方を倒せるわけないだろう。笑わせるな。」 そうして男はまた笑う。 「それじゃあ……」 そうして俺は、その男に言う。 「俺はお前を殺して、『あのお方』とやらを殺す為の踏み台にする。」 「お前にそんな事が出来るか?」 「出来なかったら俺は『世界を変える』なんていう目的なんかつくってねぇよ。」 「まぁ、それもそうか。いいだろう、お前の喧嘩、買ってやるよ。」 「喧嘩なんて生易しいもんじゃねぇぞ。」 「俺からしたら喧嘩なんだよ。」 「今のその言葉、忘れるなよ?」 そして俺らはお互いを睨みつける。 さぁ、今ここに宣言しよう。 俺が、この狂いに狂った世界を変えてやると……。
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