森の奥の小さな家

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 森の奥の小さな家。  薬草を扱う魔法使いエアは、材料調達に便利だからと、そこで一人で暮らしているという。 「俺は人間を必要としない。孤独を愛している。薬の材料さえあればそれでいい」  森で見つけたミレーヌを、自分の住み家に連れ帰ったエアは、胸に手を当ててそう言った。 「私も、誰も必要としない。私にははじめから誰もいないし、誰かがいれば水をかけられ、殴られる。誰もいなくて良い」  暖炉の前の絨毯に座り、エアの作ったミートパイを食べ、蜂蜜をたらしたミルクを飲み終えて、ミレーヌはたしかそのような意味のことを口走った。   パキッと小気味良い音をたてて暖炉の中で薪が爆ぜた。  赤々とした炎の光を浴びてエアを見上げると、胸に手を当てたままエアは動きを止めていた。  ミレーヌは、エアから目をそらして、その背後の窓の外を見た。暗い。 (森の中でこの大人の背に身を預けたのは、疲れていたから。他にどうにもならなかったから。食べ物をくれた。働けばいいのだろうか) 「誰かはいたはずだ。人間は人間から生まれる。そういう仕組みだ」  困惑したエアの声。  視線を戻して、言葉を連ねた。 「いない。死んだ。私がまだ赤ちゃんの頃に。育ててくれたひとはいたけれど、家族ではなかった。いつも誰よりもたくさん働けと言われ、食べ物は無かった。そして今日、もうお前の場所は無いと言われて、森に行くように言われた。私にはどうすることもできなかった」  当時ミレーヌは、推定七歳。記憶にあるほどに、理路整然と話せてはいないはず。ただ聞かれたことに答える形で、自分が孤児であること、すでに働き手であること、捨てられたことを伝えた。  エアは考え込んでしまった。 「何人たりとも、『子ども時代』を奪われてはいけない。子どもは子どもとしてきちんと生きなければ。衣食住を脅かされることなく、安心して眠られる夜を。その日一日を過ごすことに怯えなくて済む、健やかな朝の目覚めを」  エアの信念。彼はこのときすでに、ミレーヌをこの小さな家の住人とすることを決めていた。  そして、ミレーヌに告げた。 「この家には、生憎と俺という大人しか暮らしていない。隣家までは山一つ隔てている有様だ。食べるものにも着るものにも困らないようにする。勉強も教える。それでも、幸福で完璧な子ども時代を送るにあたり、どうしても欠けているものがある」 「なに?」 (それ以上に必要なものは、いったい何?)  全然思い付かずに尋ねたミレーヌに向かい、エアは眉をひそめ目を伏せて答えた。 「友だちだ。遺憾ながら俺が兼ねるしかないだろう」 「友だち……?」  いまいちぴんとこない言葉に、ミレーヌは首を傾げて聞き返す。  エアはミレーヌの前に膝をついて向き合い、告げた。 「俺が友だちになる。よろしく、ミレーヌ」  これがその後十年に渡る二人の「友人」関係の始まりだった。  * * *
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