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「森の奥に住むのはたいてい、悪い魔法使いだ。子どもなんぞ見つけたときには、待っていましたとばかりに食べてしまう」
エアはミレーヌを「薬作りの助手」に任命した。
二人で森に分け入り、薬に使える草を摘み、家に帰って薬を作る。エアは時折街に行き、この薬を売って生活しているとのこと。
乾燥させるもの、刻んで煎じるもの、葡萄酒に漬けるもの。手分けして作業をしている間に、エアは様々な話をする。
「悪い魔法使い? 子どもを食べる? エアも?」
それまで聞いたこともない話の数々は、ミレーヌを大いに惑わせた。
器用な指先でフェンネルを束ねていたエアは、軽く眉を持ち上げて「まぁな」と面白そうに笑う。
「往々にして魔法使いは悪者だ。世の中の物語にはたいていそう書かれている。森で会った魔法使いなんて信用してはいけない。……ああそうか、ミレーヌは『本』や『お伽噺』を知らないのか」
身を寄せていた家では、物心ついたときから、その家の子どもたちと扱いが違った。夜寝る前に、暖炉の近くに集まって何か話していたのは知っている。そこに近づくことを許されなかったミレーヌは、内容までは知らない。
二人の間で会話が途絶えた後、エアは考えながら話を再開した。
「たとえば、口減らしのために、森に置き去りにされる兄妹の話がある」
「私みたい。私の場合、ひとりだったけど」
作業台に手の届かないミレーヌは、靴を脱いで椅子に立って作業している。森で草花を摘んできた籠の中身を広げ、種類ごとに分けて並べながらエアに言い返した。
エアはさりげなく手を伸ばしてきて、ミレーヌが同じものと見誤った草をつまんで抜き取り、並べ直しながら、話を続けた。
「嫌な予感がした兄妹は、たとえ置き去りにされても迷わないで帰れるように、目印にするためにパンを道々撒きながら歩いている。しかし、鳥に全部食われてしまう。もはや帰り道がわからぬままさまよい歩いてたどり着いたのは、お菓子でできた家」
「なんですって」
「お菓子だ、お菓子。屋根や壁はビスケットやパイ生地やチョコレートで出来ている。飾りはマジパンやマカロンで華やかに。窓は飴細工で虹色に輝き……」
片目を瞑って、エアはちらりとミレーヌへ視線を向けた。
手を止めて聞き入っていたミレーヌは、目が合うと言い訳するように素早く呟いた。
「とても素敵。きっと甘くて美味しいのね。食べたことがないものばかりだし、見たこともないけど、わかるような気がする。ねえ、パンくずを食べてしまう鳥がいる森の中で、お菓子の家はどうやって守られているの?」
「魔女の魔力かな……。そこまでさまよい歩いてきた兄妹は、思わずお菓子の家にかぶりついてしまって、そこを魔女にとらえられて……」
話しながら、エアの口調が上の空になる。考え事をしているときによくあるのだ。やがて言葉を途切れさせ、話すことも忘れてしまったように動きを止める。
ミレーヌがおとなしく待っていると、ぽつりと言った。
「作ってみるか。お菓子の家」
「作れるの?」
予想外の提案に、ミレーヌは驚いて目を見開く。
エアは柔和な笑みを浮かべて、力強く頷いた。
「もちろん。俺は魔法使いだ。この家をお菓子にすることまではできないが、ミレーヌが食べきれないくらいのお菓子で家を作るなんて、やってやれないことはない」
宣言通り、エアは思い描いたお菓子の家作りに着手。
マカロンがうまく作れなかったり、パイ生地がいまいちサクサクしていなかったり、何回か失敗もした。それはそれで二人で美味しく食べた。
試行錯誤の末に、お菓子の家は完成。
ときには森で迷った兄妹のように、ときには家を破壊する侵略者の巨人のように。
出来上がったそばから、二人で美味しく食べた。食べすぎてお腹が苦しくなるほど。
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