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どんな間柄にも暗黙の了解というものは存在する。この人の前であの話題を出すのはやめよう、離婚した人の前で結婚の話をするのはやめよう。そんな風に誰もが気を遣い合って自然と人間関係というものは成り立っている。 それは北川と真宮の間にも存在していた。 レズビアンではなく、2人はダイバージェンスフレンドである。だからこそキスはしなかった。自然と唇が近づくのを避けて彼女たちは器用に抱き合う。誰かに教わったわけでもないが、その暗黙の了解が彼女たちを欲望の世界から抜け出させないようにしていた。 「あっ…」 アルコールの力は凄まじいものだった。真宮は荒い呼吸を繰り返しながら、一方的に北川の乳房を掌に収めていた。白いTシャツの上から柔らかな西瓜を揉んで舌先を首筋に這わせる。輪郭をなぞって耳珠を舐めると、北川はびくっと体を震わせ、切ない声を漏らした。 「ちょ、ちょっと、木乃香さん…くすぐったいです…。」 しかし真宮は止まらなかった。ゆっくりと北川の右手を持つと、唇を指先に近づける。手の甲、指の関節、爪の先を隈無く舐めとっていく。生暖かく濡れた感触に撫でられて北川は確かに感じていた。 しかしそれをすぐに言葉にすることはできず、もぞもぞと両足をくねらせる。それを分かっていたのか真宮はハーフパンツの裾から伸びる北川の足を撫でていった。 改めて不思議な関係性だと北川は思っていた。恋愛としての好意が無いにも関わらず、彼女の愛撫は寂しい自慰の何千倍も心地よく、すぐに感じてしまうのである。世界中の人々がダイバージェンスフレンドになることができれば、幾つか戦争は減るのかもしれない。 内腿を舐めるように触れて彼女の手は秘部へ向かった。足を閉じているからこそ生まれる膨らみをなぞり、北川の体はびくびくと震える。 直接的な快感は少なく、頬や顎のラインを唇で触れていく間接的な快感が身体中を駆け巡っていた。カーペットに水が沁み込んでいくようにじわりと訪れる快感の波、それは全身から発せられている。揉みしだかれている乳房、擦れる2人の足、輪郭に這う真宮の舌先、足の付け根と陰部を行き交う指先。一度に大量のダメージを与えるよりも、少ないダメージを何度も与えられる方が人間は弱いのだと、北川は感じながら考えていた。 やがて真宮の手が本格的に動き出す。既にショーツの底はぐっしょりと濡れており、今か今かと膣口が痙攣していた。それを確かめるようにハーフパンツの中へ進んでいった真宮の指がショーツの膨らみを撫でる。優しい愛撫を続ける彼女はくすりと笑った。 「すごい、もうこんなに濡れてる。」 「やだ…言わないでくださいよ…」 抱き合うように隣り合っていたが、北川は快感に耐えられず足を伸ばした。踵がテーブルに当たって食器が擦れる。しかし今の2人にそんな金属音は届いていなかった。 小魚が水面を跳ねるような音が響く。ハーフパンツとショーツの裏で真宮の中指は陰核のみに集中している。たったそれだけで北川の膣は淫靡な水の音を奏でていた。 「あ、あっ、木乃香さん…」 「なあに?」 「い、いきそう、です…」 じわじわと軽い感覚だったが、臀部を内側からくすぐられているような感覚が目立ち始めていた。全神経が股間の小さな箇所のみに集中したようで、思わず腰が浮いてしまう。すると真宮は指の動きをぴたりと止めてしまった。 ハーフパンツから手を抜いて、真宮は妖しく笑う。 「実はさ、ちょっとすごいの買ったの。それを愛梨としてみたくて。」 鎖骨までかかった髪を耳にかけて体を起こした彼女は、自身のリュックサックを手繰り寄せた。ファスナーを開けて中から取り出したのは茶色の紙袋だった。 「な、何ですかそれ…。」 絶頂間近であったために荒い息と言葉を吐く。再びニヤリと笑った真宮は、中から物を取り出した。 それは奇妙な形をしていた。黒い革のベルトは布面積の少ないレース素材のショーツのようで、比較的面積の大きい股間の部分には紫色の棒が装着されている。 しかしそれは革をぶち抜いたように連結していた。 「名前は…双頭ペニスバンド、だったかな。」 「そうとう…ヒトラーとかですか。」 「それは独裁者っていう意味の総統でしょ。私がこれを腰に巻いて、内側のディルドを私の中に入れるの。だから付けている側も気持ちいいし、簡単に言うと男の人のアレが生えてるみたいに見えるって感じかな。」 その説明でようやく理解できた北川は納得したように頷くと、すぐに首を傾げた。 「そういうのが無いと女性同士ってエッチなこと出来ないんですね。」 紙袋をリュックの中に仕舞い、金属音を鳴らしながら彼女はベルトを確かめる。 「いや、そうでもないよ。結構これは特殊器具なんじゃない?」 「じゃあわざわざ買ってくださったんですか。」 「そう。だって私、愛梨にはPCDを克服して欲しいんだもん。」 床にペニスバンドを置くと真宮は鬱陶しそうに黒いTシャツを脱いだ。白を基調とした布に紫色の艶やかな花柄がプリントされたブラジャーが露わになり、そこから豊満な乳房が溢れている。 「女の子同士だったらあそこを直接くっつけて擦るっていうのが多分定番だと思うんだ、エッチなビデオで見たことあるし。でもそれだとレズビアンのセックスになるでしょ?だけどこういう器具をつけるとまるで男の人としてるみたいな感覚になると思うんだ。そうしたらPCDも克服しやすいんじゃないかって。まぁ何の根拠もない個人的な意見だけど。」 照れたように笑って背中に手を回す。ブラジャーのホックが外れ、たっぷりと水を含んだ西瓜が露わになった。 彼女の優しさは痛いほどだった。 「ダイバージェンスフレンドはお互いの欠点とか、凹んだところを埋め合わせられる存在だと思うの。だから色々な方法を試して克服できたらいいかなって。」 ゆっくりと立ち上がって真宮は白いプリーツスカートを脱いだ。するりと布が落ちて肉付きのいい足が電灯の下で白く輝いている。北川はそれを眺めながら申し訳なさそうに言った。 「私のためにそんな…申し訳ないです…。」 「いいの、私も気持ちよくなりたいから両方ついてるんだし。気にしないで?」 真宮の言葉に返すものがなく、彼女は仕方なく頷いた。やがて2人はその場で立ったまま下着を脱いでいく。更衣の時とは違った緊張感が部屋の中に漂っていた。 生まれたばかりの姿となって北川はベッドに沈んだ。真宮はベッドの脇でベルトをカチャカチャと鳴らしている。内側のディルドを握って彼女は言った。 「ローションいらないよね、すぐ入るよね。」 「え、まぁ…そうですね。でも木乃香さんは?」 「私も大丈夫。お酒のせいかなぁ、すっごいしたいの。今。」 ごくりと生唾を飲んで彼女は北川を見下ろす。ぱっちりとした宝石のような瞳はどす黒い欲望を塗りたくっていた。 内側のディルドを掴み、少し腰を下ろして真宮は自ら膣の中にそれを挿入する。何てことない表情で彼女はベルトを腰回りに巻き付けていった。金属音が鳴り終わって真宮はゆっくりと手を離す。牛乳を満遍なく塗ったような白い肌に黒い革はひどく目立っている。男性器を模した紫色の医療用ゴムは反り立っていた。 「わ、男の人ってこんな目線なんだ。」 「でも違和感すごいですよ。何か、武器みたい。」 「まぁ…武器っちゃ武器だよね、多分。」 真宮はくすりと笑ってベッドに乗った。仰向けになった彼女の両足の中に座り込み、外側に付いたディルドに手を添える。その先端を北川の秘部に向けながら指で小陰唇を開いた。 「じゃあ…挿れるね。」 返事はなかった。ただこくりと頷き、北川は彼女の動向を待つ。視線の先で北川の乳房の上に乗った乳頭はぷっくりと膨らんでいた。 挿入は最も簡単に行われた。真宮の言う通り潤滑剤は不要であった。するすると紫色のゴムを飲み込んだ北川の膣内は粘液を零したようにひどく濡れている。あっという間にそれが奥へ潜入すると、2人はほとんど同じタイミングで切ない唸り声をあげた。 「んっ、ああ…すごい奥まで…」 「私も奥まで来てる…これ動かしたら、私やばいかも。」 人間はギャップを詰め込んだ生き物だった。普段は凛としていて、風になびかない花のような冷静さを併せ持つ容姿端麗な女性にも、一見グロテスクな構造の女性器がついているのだ。水面が透き通っていればいるほどその底は複雑で怪奇なものなのかもしれない。 一度弱音を吐いた真宮だったが、その言葉とは裏腹に彼女はゆっくりと腰を動かし始めた。臀部を高くしてから恐る恐る奥へ進む。ディルドはぬるりとした膣内を割って簡単に奥まで潜入した。 2人の喘ぎ声は重なった。 奥へ突く度に真宮の膣内にも動きが起こるのか、北川の脇腹を掴んで腰を振りながら彼女は短い喘ぎ声を漏らす。しかし声量を比較すると圧倒的に北川の声が大きかった。 数分前の愛撫で絶頂が近かったせいか、快感の荒波が体表を駆け巡っていた。やがて北川は枕の端を握りしめて切なく言う。 「あぁっ、ダメ…いっちゃう…」 そう言い残し、北川は全身を痙攣させて絶頂を迎えた。オーガズムは全身の毛穴から太い熱を放つような苦しい感覚を伴う。閉じ込めていた欲望と熱が外に漏れ出した時の衝撃で、北川は尻の肉を内側に締めた。 「もういっちゃったの?」 腰の動きを止めて真宮は微笑む。北川は恥ずかしさから頷くことしかできなかった。 すると彼女はペニスバンドを着けたまま思い出したように言った。 「今、どう?PCD発動してる?」 紫色の医療用ゴムを締め付けながら北川は唇をぽかんと開けた。昨日の夕飯を思い出すような表情で彼女は答える。 「いや、無いです。ただ気持ちいいって感覚だけですね。」 「本当?なら良かった…。」 真宮はぱあっと表情を輝かせて北川の上に沈んだ。2人の乳房が潰れて中の粘液が左右に逃げるようである。吹っ切れたような思いで彼女たちは笑っていた。
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