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まるで厚くも柔らかな毛布を抱きしめているような感覚だった。互いの乳房が潰れ、真宮は彼女の上に覆い被さる形で必死に腰を振っている。その都度真宮の体の肉が波打ち、乳頭が擦れていく。いつの間にかしっとりと汗をかいていた。
その汗を交換するように2人は抱き合っていた。恋愛としての好意はなく、ただ性を発散し合う友人として。
突然ぴたりと腰の動きが止む。荒い息遣いで真宮は疲れたように笑った。
「男の人、疲れるね、これ。」
おいで、と付け加えて彼女が差し出した両手を掴む。ゆっくりと上体を起こして2人は座った状態で向かい合った。再び2人の乳房がぶつかり合って肉が逃げていく。突然顔の距離が近付いたため、2人は堪え切れずに笑った。
「なんか、照れます、これ。」
「だよね。こんなに、運動量、すごいなんて。」
前髪が額に張り付き、それを鬱陶しそうに拭う。玉のような汗を滲ませている目の前の彼女を見て北川は真宮の背中に手を回した。
彼女が疲れているのであれば自分が腰を動かせばいい。どのみち真宮の膣内にもディルドはあり、それを互いに押し付け合っているのだから、自分が動かすことで真宮への快感は深くなるだろう。ふとそう考えた北川は、ベッドの上で潰れた真宮の尻を掴む。
そのまま両手に持ったものを手前に引き寄せるように、北川は覚束無い様子で腰を擦り付けた。
その時だった。
「ああっ、やっ、はぁ…」
それまで一心不乱に腰を振り、荒い息遣いを繰り返していた疲れた様子の真宮が高らかに喘いだ。彼女がこれほどまでに喘ぐと思っていなかった北川は、半ば驚いた思いで腰を振り続けた。
「だ、ダメ、ダメだって愛梨…あっ…」
「どうしたんですか、木乃香さん。」
凛とした彼女の表情はとうに崩れていた。母を見失った幼子のように、どこか切なく苦しそうな表情で喘いでいる。大学の食堂でも、劇団マハラジャの舞台上でも聞くことのできない彼女の声は、腰をより前に突き出すとさらに大きくなっていた。
彼女の濡れた声が耳元に響く。それはやがて焦った様子に変わった。
「ダメ、いきそう。いっちゃう。」
返事はしなかった。そのまま腰を振って真宮を責め続け、北川は彼女の肩に近付く。舌先を耳珠に当てて転がした。
それがトドメとなったのか、真宮は突然がくがくと震えながら唸り声を上げた。
「あっ、はぁ、んんっ…」
絶頂を迎えた彼女は過呼吸を起こしたように短く息を吐く。やがて顔を見合わせると、尖った唇を更に尖らせた。
「もう、ダメだよ、私が、責めるんだから。」
「でも私も気持ち良くなれますもん。発散し合うのがダイフレじゃないですか。」
「そ、それもそうだ、けど…」
少し体を動かすだけで2人の乳頭は強く擦れる。臀部から快感の波がぞくぞくと伝い、背骨を通って頸をなぞる。2人は体力もさることながら限界が近かった。
お互いがそれを分かっているのか、2人はほとんど同じタイミングで腰を突き動かし始めた。じゅぷじゅぷと粘液が擦れるおかしな音が部屋に響き渡る。しかしそれを掻き消すほど2人の濡れた声は大きかった。
「あっ、い、いきそうです…」
「い、いいよ、私も、結構、やばいから…」
現代において両者が満足しているセックスなど、数えるほどしかないのかもしれない。好意を持っている相手だから演技を行う女性や、本当は快感など無いものの肉体的な刺激を与え続ける男性など、性というものはお互いが満足いくレベルでの発散を行えないものなのかもしれない。
それがPCDを引き起こす要因になっていたのだろう。
渡邊辰也、北川が高校生の時に好意を抱いていた先輩だった。容姿端麗で常に北川のことを思ってくれている、優しい人。しかし彼には他に本命の女性がおり、北川は裏切られる形となった。
別れ際、渡邊は涙ぐんで別れを拒む北川にこう言った。
『自分に自信が持てないやつ、大嫌いなんだよ。』
ぐさりと胸に刺さったその言葉は今もなお取れずにいた。喉にひっかかった魚の小骨のように、北川の精神を削り続けていた。
しかし今の北川は違った。
自分に自信が無い、そんな自分を真宮は友人として受け入れてくれる。そこに好意などなく、まるで寂しがっている飼い主の隣に猫が寄り添ってくれるようだった。
ただそこにいてくれる、その心地良さが嬉しかった。
「あ、いく、いく…」
互いに素を晒け出した2人は、きつく抱き合って絶頂を迎えた。その時のお互いの表情は分からなかったものの、北川は母の両腕に抱かれて眠るように、安堵の表情を浮かべていた。
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