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蓋を開けてみれば退屈であった。 オフィスを思わせる白と薄いベージュの内装に長机が並ぶ。その周りを大勢の大学生が埋め尽くし、ノートパソコンを立ち上げている者、携帯に取り憑かれてしまった者、日の浅い友人と大声で話す者、十人十色の世界が広がっている。 経営ビジネス1の受講者は40人を超えているものの、担当する教員はか細い声の老人だった。どこかの会社で経営を学んだ行く末が、やたらと騒ぐ大学生たちがたむろする場で経験を話す1時間半。北川は教室の端の席でそれらを眺めながら、小さくため息をついた。 千葉県は松戸市で生まれ育った北川愛梨は地元の高校を卒業し、大学から大井町線ですぐのところにある学生マンションで一人暮らしを始めた。親元を離れて1ヶ月、不安に満ちた新生活はカーペットにこぼした醤油のようにすぐ染み付いていった。 左にある窓の向こうで背の高い木々が風に揺られている。一体どういう名前で、どんな花を、どの季節で咲かせるのかも分からない。 自分はこの木に似ていると北川は考えていた。 特に目立つこともなく、強い力にただ身を任せる。それがただ続いていく。 びゅうと風が強く吹く。窓がガタガタと揺れて、辺りに座っていた生徒たちが大袈裟なリアクションをとる。北川は目をぎゅっと瞑り、何かを堪えていた。 何度目か分からないため息が終わり、教室にチャイムが鳴り響く。ぼーっと過ごしているだけで終わる1時間半。彼女は早くもその退屈に苛立ちを覚えていた。
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