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小さな駅舎を出た北川は短い線路を渡り、左に進んだ。商店街の始まりと終わりを兼任するラインを超えて十字路に差し掛かる。
東京都世田谷区、奥沢にある九品仏駅は世田谷区にも関わらず高級感など微塵もなく、庶民的な雰囲気が漂っていた。浄真寺参道の石碑に沿って住宅街を進む。駅前の喧騒はすぐに遠去かる。児童公園がある角を右に曲がると、北川が一人暮らしを始めた学生用マンションが顔を見せた。
細い一本道に建つ鈍色の6階建、シティハイツ自由が丘のエントランスを潜り、オートロックを解除してエレベーター脇の階段を上がる。206号室が北川の暮らす部屋だった。
「ただい、ま。」
改めて家の中に誰もいないと思い直し、扉を閉めて鍵をかける。玄関の脇にある洗濯機に手をかけて靴を脱ぎ、短い廊下を進む。右手には普段あまり使うことのないキッチンがまだ油汚れなどなく、ぽつんと佇んでいる。
左手にある扉を開けて洗面所で手を洗う。コップに水道水を入れ、ふと鏡を見る。
アーモンドのような目に控えめな鼻筋、笑うと大きく開く唇はぽてっとしており、薄い桃色が照っている。水道水を含んだ口をもごもごと動かし、中身を吐き捨てる。
縦長の部屋は右手にシングルベッド、左手にはテレビと、シンプルな内装だった。特にこだわりのない部屋は白い壁と薄めた黄色の家具とカーテンに、新生活への期待を込めて購入した白いタンスやテーブルが置かれている。
そのどれもが寂しく見えた。
トートバッグを足元に置き、ベッドに飛び込む。白いブランケットの端が舞い上がる中で天井を見上げる。ざらりとした感触であろうその上を眺めながら、彼女は空っぽな心の中から言葉を絞り出した。
「つまんない…。」
予定があろうとなかろうと彼女は退屈していた。やがて今週末の夜を想像し、再びため息をついた。
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