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「くぉらー! チョット待てやぁああ、そこの兄ちゃんよー」
グレーのニッカポッカを履いて、作業用ヘルメットをリュックに縛り付けている作業員風の男が、横を通り過ぎようとしたサラリーマン風の男性のスーツの袖を掴んで叫ぶ。
「あ! ゴメンなさい」
サラリーマン風の男性は、駅の乗り換え階段を急いで駆け降りていたために、ちょうど下から登ってきた作業員風の男性が背負っていたリュックに接触してしまったようだった。
「なに、今更謝ってんじゃ! 申し訳ないと思うんじゃったら、ぶつかった時に言わんかい、われ」
作業員風の男は、凄みを増しながらサラリーマン風の男性に迫り、睨みつけるようにグイッと顔を覗き込む。
――と、
男は、突然顔をほころばせ男性に向き合うと、男性の両肩に手を乗せて、パンパンと親しげに肩を叩く。
「オイ。お前、もしかして健太じゃね? ほら、山奥の分校で一緒だった」
男性は、突然態度を変えて親しげに喋り出したニッカポッカ男の顔をマジマジと見つめる。そして、昔の記憶の引き出しを順番に開けながら考える。
「――あれ、そう言うキミは、俊ちゃんじゃないか。懐かしいなぁ、こんな場所で会うなんて。ホント奇遇じゃないか」
「よう、健太。懐かしいな。お前が転校していった以来じゃからなー、もうかれこれ10年以上経ってるじゃろうか?」
ニッカポッカの男と、サラリーマン風の男性は、階段を歩く人達の邪魔にならないように隅に移動しながら、お互いに軽く肩をつつき合う。
男性は、電車に乗るのを諦めたかのように、軽くため息をついてから、にこやかに男に顔を向ける。
「でも、懐かしーなー。俊ちゃんもこっちに出て仕事してるんか?」
「まあな。あんな田舎にいたら、まともな仕事なんか無いじゃけんのー。今じゃあ、ワシも都会の住人じゃ」
二人は、並んで駅のホームまで降りてから、自動販売機で飲み物を買ってホームの椅子に座りながら一息入れた。
「そー言えば、僕らには、もう一人仲間がいたよな。彼はどうしたん? 俊ちゃん覚えとらんか?」
「あー、いたいた。ちびっちょくて、いつもワシらの後をついてきたヤツじゃろ。名前は、なんじゃったかな? うーん、確か、アキオ言うんじゃったか」
「ああ、そうそう。そんな名前だったかな。いつも僕ら三人で山ン中を探検してたよな」
サラリーマン風の男性は、自販機で買った栄養ドリンクを片手に駅のホームを行き来してる乗客達を目で追いながら、思い出を語りだした。
「アイツさー、変わってたよなー。色々な石を持って来ては、僕らに同じ石を探してくれって言って来んだよなー。だから、僕らは一生懸命に山ン中駆け回って、見つけて来てアイツに渡してたよな」
男性は、ホームの床に埋め込まれている黄色いプレートを見ながら懐かしそうにつぶやく。
「ほーじゃ、ほーじゃ。不思議なヤツじゃったのー。キラキラした石だけじゃなくて、くすんだ石とか、ボロボロに崩れる石とか、兎に角いろんな種類の石を集めとった。よく言われる『石マニア』ってーのか? まったく変わったヤツじゃったのー」
男も、缶コーヒーをぐびりと飲みながら懐かしそうだった。
「なんだか覚えてないんだけど、僕が転校する少し前に突然田舎を離れたんだっけか」
「ほーじゃった、思い出した。アキオがいなくなったって、お前こっそり泣いてたじゃろ。ワシは見とったぜ」
「えー、恥ずかしいなー、見られてたのか。弟みたいに可愛がっていた友達がいなくなるのは、やっぱりさみしいもんな」
「ヨッシャ、わかった。ワシがアキオに連絡とっちゃる。久しぶりに、ワシら三人で同窓会でもやるか」
ニッカポッカの男は、コーヒー缶の残りを一気に飲み干すと、そう言いながらサラリーマン風の男性に別れを告げるように、空いている手を上げて立ち去って行った。
* * *
「大変じゃ!」
「どうしたんだい、こんな夜中に。なんかあったんか?」
「ほーじゃ、大変なんじゃ。ワシらと遊んでたはずのアキオ。ワシらの学校にはいないんじゃ。ワシら確かにアキオと遊んどっちゃよな?」
「どうしたんだい、俊ちゃん……落ち着いて話を聞かせてくれ」
男性は、夜中にいきなりかかって来た電話に少し寝ぼけながら電話口の向こうの男に話を促す。
「アイツの連絡先、ワシらの同窓会名簿を見ても、載ってないんじゃ。それに、昔の同級生にアキオの話をしても、誰も覚えちょらん言いよるんじゃ」
「え? いくらなんでも、そんな事ないだろ。全学年合わせて一クラスしかない田舎の分校なんだから、クラスのみんなが忘れるはずがないだろ?」
「それが、『アキオ』いう背の小さい男の子の話をしても、誰も覚えてない、言うんじゃ……」
男の話を聞いてから二人とも黙ってしまい、電話口の前でキツネにつままれたような顔になっていた。
スマホのスピーカーからは、ザーザーと二人の会話の代わりに空しいノイズだけが聞こえ続けていた。
* * *
ありがとう。健太と俊。君達が一生懸命に探してくれた鉱石を使って、僕たちは故障した宇宙船を修理する事ができたよ。これで、僕らは自分達の故郷の星に戻れるんだ。
不思議な光に覆われた空間には、二つのベッドが置かれていた。そして、そこには小学生らしい男の子が二人、眠った状態で横たわっていた。
本来、他の星の現地人との接触は禁止されているから、僕は君たちの記憶を消さなければいけないんだ。
でも、君達に助けてもらって、君達の優しい心に触れて、そうして得られた多くの思い出を消すことは、僕にはつらくて出来ない。
だから、村人たちの記憶は消すけれど、君達二人の記憶だけは消さないで一時的に封印しておくことにしたよ。
もしもいつか、健太と俊が再開した時に、思い出してくれると良いな。
そう言って、『アキオ』と名乗っていた宇宙人は二人の小学生を宇宙船のそばの草むらに並べると、キラキラと輝く宇宙船に乗り込み、空に向かって一気に登って行った。
草むらにいた虫たちは、何事もなかったかのように、寝ている二人の小学生の回りで、再び静かに鳴き始めた。
了
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