アネモネの花束と満月

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ーーーーー 「ここか?」 『はい。二階の端が私の家です』  二階建てアパートの駐車場に車を停め、外へ出ます。  今度は私が先頭を歩き、課長を案内しますが、階段を登ったところで気づいてしまいました。  急に動きを止めた私に課長が「どうした」と訊いてきます。 『あの...、それが。...鍵がかかっていて』 「鍵持ってないのか?」 『...幽霊なので、鍵は必要ないんです...』 「...ああ。...通り抜けられるもんな」 『はい...』  痛々しい沈黙が流れます。  ここまで案内しといてこんなオチがあったなんて、笑いにもできません。 「あ。じゃあ幽子が本体に戻って中から鍵を開ければいいんじゃないか」  妙案だとばかりに課長の口角が上がりました。  やっと見れたその笑みに僅かな安堵を覚えましたが、その期待を裏切らなければなりません...。 『それが、誰かが本体を起こさないと自分では戻れないんです...。それか、夜明けを待つか...』 「...そうか。意外に不便だな、幽体離脱」 『すみません...』  課長がスマホで時間を確認します。  しかし、夜明けまではまだまだ時間が残っています。  気候がちょうどよく涼しいのが唯一の救いですが、本当に、どうしましょう。  小さくため息を吐きながら自分の部屋がある方へ顔を向けました。  すると、あっ、と思い出します。 『課長!窓は開いてますっ!』 「......無用心だな」 『二階ですから、誰も入れませんよ』 「...じゃあ俺も入れないだろ」 『...あ』  読みにくい表情で見つめてくるのが辛いです。
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