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「幽子って名前に心当たりないか?」
核心的なそれに背中が冷えました。
息が乱れそうで、一度唾を飲み込んでから小さく首を左右に振ります。
「知らないです」
「本当に?」
「はい。心当たりはありません」
課長は完全に疑っているようですが、自分が幽子だと認めることはできません。
認めてしまったら最後です。
課長に嫌われます。今まで散々騙してきたことを咎められます。
嫌われて当然で、咎められるべきなのに、浅はかな私はこの期に及んでも尚、誤魔化すことを考えてしまいます。
「山瀬さ、なんでいつもマスクしてるの?」
「花粉症が...」
「...ふーん。顔を隠したいとかじゃなくて?」
「違います」
「...じゃあ、額に傷はある?」
「な、ないです」
「見せてくれないか」
課長の脚が一歩出るだけで距離が一気に縮まります。
逃れるように後ろに下がりましたが、すぐに踵に壁が当たってしまいました。逃げ場所はもうありません。
「マスクと眼鏡、外せないか」
「外せませんっ。あのっ、私、その幽子さんのことは知りませんし、課長の仰いたいことも理解できませんっ」
「顔を確認したいだけだ」
「できません」
「なんで」
「な、なんでって...」
そんなの、私が幽子だからに決まっています!
ああっもうこれは、疑っているというより確信してますっ!
どうしましょうっ!
もうこれは、切り抜けられない状況ですっ。
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