幽子と名付けた幽霊は...

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 ーーーーー  幽子との甘い満月を過ごしてからひと月。  また、満月が来た。  だが、今夜は幽子に会えない。社員旅行で神奈川の旅館に来ているからだ。  部下と温泉で語らい疲れを癒す時間は愉しいが、頭の中はいつも、ああ、幽子と混浴してぇな~と思っていた。  旅館の住所を伝えていたら彼女は来れたんじゃないだろうか。今さら後悔しても遅いが、ずっと考えるほど、俺は幽霊の幽子に惚れ込んでいるんだな。  社員旅行の夜といえば宴会だ。  山桜の間は広く、百人ほどの社員が集まっても狭く感じない。  ふと、斜めに山瀬がいることに気づいた。  こういう場は苦手なのか、隣に斎藤もいるのに誰とも話さず俯いて食べている。  マスクを外していたから、これは素顔を見るチャンスだと暫く見ていたが、興味を持たないと決めていたことをすぐ思い出し、その後は料理や会話に集中していた。  そんな時。 「ねぇねぇ、ずっと気になってたんだけど、斎藤さんと山瀬さんって付き合ってたりするの?」  経理課の西野の声で、周りの視線が山瀬と斎藤に集中した。俺も例外なく意識が向いたが、山瀬が素早く手で口元を隠したから顔は見れなかった。  …しかし隠すの徹底してるな。余計に気になる。  山瀬も斎藤も交際は否定したが、付き合ってても普通言わないよな、と俺は思っていた。多分何人かも同じように思っているだろう。 「課長はどう思います?」  隣に座っていた企画課の池本が唐突に訊いてきた。 「どうって何が」 「あの二人、付き合ってると思います?」 「...さあな。池本はどう思ってるんだ」 「なんか前は雰囲気も似てるし付き合ってたらお似合いかなーって思ってたんですけど。斎藤さんイケメンになってからは、もしかして違うのかなって思いましたよ」 「なんでイケメンになると違うんだよ」 「だって、あまり釣り合わないっていうか。山瀬さんって意外に普通の顔っていうか」 「失礼だなお前」と山田がツッコミを入れると「だってぇ、美人だっていう噂あったから期待してたんですよー」と池本は頬を膨らませる。 「どんな顔だったんだよ」  山田が訊いた。 「うーん。平均的な顔ですね。肌は羨ましいほど綺麗だったんですけど、おでこの傷跡が勿体ないって思いました」 「おでこに傷跡?」  脳裏に浮かんだのは幽子の額にある非常口マークの傷痕。  まさか、山瀬にも額に傷痕があったとは。 「はい、なんか面白い形してたんでじっと見ちゃったんですけど。前髪でいつも隠してたんだなぁって」 「じっと見るなよ」 「だってぇ」 「だってじゃない。俺のこの腕の火傷痕ならずっと見ててくれても構わないよ」 「見ませ~ん」 「見てくれ~」  山田と池本の会話をどこか遠くで聞いているような感覚がした。  山瀬と幽子にまた新しい共通点があるとは。  どんな形の傷跡だったか聞きたくなったが、やめておいた。  似ているだけだ。  面白いほど似ているだけ。  わかりきったことなのに、やけに心拍が速まる。それを誤魔化すように酒を飲んだ。
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