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それから幽子が顔を上げると、いつもの満月の夜のように話をした。
やはり、彼女とは話すと時間を忘れる。このままじゃ夜が明けてしまうんじゃないか。
まあそれもいいか。
朝までいたい。
そう思ったのは俺だけか、急に幽子が離れ始めた。
「どこ行くんだよ」
『あの、私戻らないと』
「前と同じだな。シンデレラかよ」
『すみません。あの、えっと』
そして幽子の体は襖を通り抜け見なくなってしまった。
前回の満月も同じように急に離れてどこかへ行ってしまったのだが、幽子のように飛べない俺は呆然として見送る以外なかった。
だが、今回は違う。できるところまでは追いかけたくなった。
襖を開けて幽子を追いかけると、彼女は瞠目しより一層焦ったように思う。
ついてこないでと言うが、話の途中でいきなり離れるのは納得がいかないし、まじでどこに行くか気にもなる。
『謙一郎さんっ、本当にダメですからっ!これ以上はダメですから!止まってください』
「どうしたんだよ。なんでそんなに慌てるんだ」
『と、兎に角!ダメです!』
「何が駄目なんだ」
『こっ、ここは女子社員の部屋ですよっ!入ったら罰金だって、言ってたじゃないですかっ!』
「あ。そういやそうだったな...」
確か社長が乾杯音頭の前に言ってた。
女子部屋に一歩でも入ったら一万円だったっけ。
…でもちょっと待て。
「幽子、なんでそれ...」
知ってるんだ?
それを言葉にする前に、幽子は壁を通り抜け、いなくなってしまった。
その壁は、梅の間の壁。
確か、企画課、経理課、総務課の女子部屋。
その瞬間、頭に浮かんだのは山瀬すみれだった。
そしてその次に俺を襲った感覚は、まるで探偵が真犯人を確信した時の閃きのようだった。
身体が硬直し、悪寒まで走る。
似すぎる声と話し方。
徹底して隠し続ける顔。
地縛霊に気に入られている謎。
額の傷痕。
菊の間が課長部屋だと知っている口振り。
宴会場にいた社員しか聞いていないはずの社長の言葉。
点と点が結びつく。
幽子が山瀬なら、全部合点がいく。辻褄が合う。
「...うそだろ」
けどあり得ない。現実的でない。
幽子は確かに幽霊で、山瀬は生きている。
「確かめないと...」
俺はふらつきながら菊の間に戻った。
朝が来たら、直接山瀬に聞きに行こう。
だが、布団に入っても到底眠ることなどできなかった。
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