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あれからもう二週間近く経ったのに、俺は山瀬と話すことができなかった。
チャンスは結構あったと思う。
山瀬は一日も休まず出勤したし、仕事のことで話すことも僅かな時間だったがあったにはあった。
それでも、幽子のことを言及することはできなかった。
理由は単純で、俺が山瀬に近づくと、明らかに怯えてくるからだ。
まるで肉食動物に囲まれ逃げ場を失ったリスみたいに。
相変わらず徹底して顔を隠しているから表情こそわからないが、肩を震わせているのを見たら、とうとう言えなかった。
俺自身も整理がついていなかった。
幽子と山瀬は同一人物で間違いないと思うものの、顔が未確認な以上、断言できるわけではない。
そして、真実を知りたいような、知りたくないような。
鋼のメンタルを持ち、竹を割ったような性格と言われるこの俺は、ここ数日、ずっと定まらない心境を抱えうじうじしていた。
そのせいか、筋トレもやる気が出ない。
折角育て上げた美しい筋肉達が衰えていくというのに嘘みたいにやる気が出ないんだ。
『おおっ』
『素敵な筋肉ですっ』
『素晴らしいですっ』
『逞しいですっ』
『きゃあっ』
と興奮しながら俺を応援してくれていた幽子が恋しい。
産休に入っていた内田が戻ることになり、今週末で山瀬の企画課への短期異動は終わる。
俯きながら入力作業をしている山瀬をぼんやり眺めながら、俺は深い深いため息を吐き出した。
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