971人が本棚に入れています
本棚に追加
/175ページ
アネモネの花束と満月
「すみれちゃんお疲れ様でしたぁ~っ」
金曜日の朝、出勤すると企画課のみなさんが集まってきて私にお菓子盛り合わせの箱を渡してくださいました。
今日は、企画課で働く最後の日なのです。
「ありがとうございます」
「いやぁ、すみれちゃんにはいろいろ助けられたよ!ありがとね」
山田さんに「少しでもお役に立てることができたなら嬉しいです」と返すと、「少しどころじゃないって、かなり助かったんだから。ね、課長?」と山田さんは輪から少し離れたところに立つ課長へ同意を求めました。
途端に緊張が全身を駆けます。
あの社員旅行以来、課長とはまともに目を合わせていません。
幽子が私だと確信していると思います。否定して最終的には逃げ出してしまいましたが、バレていることは確かです。
つまり、それは、課長に嫌われていることを意味していますよね。
だってヤベェ女ってバレたってことですから...。
本当は怒鳴り散らして警察につき出して慰謝料を請求して、なんなら頭をグリグリと踏み潰してやりたいと思ってるはずなのに、課長は何も言いません。
仕事のことを話すだけです。
もう、心底見損なって、口も聞きたくないのかもしれません。
胸が引き裂かれる思いですが、自業自得です。全て、私がいけないのです。
泣き出しそうになるのを、唇を噛んでなんとか耐えていると、山田さんが課長の腕を掴みました。
「なんでそんな離れてるんですか。それ渡すの課長の役ですよ?」
「わかってるよ」
課長がすぐ横に立ちます。
「...山瀬」
肩を強張らせつつも、恐る恐る顔を上げました。目が合ったかと思うと、課長に素早く逸らされてしまいます。
...今すぐ号泣したいです。苦しいです。胸が痛いです。
「今まで、ありがとう」
すっと差し出された手には小ぶりな花束がありました。
白、青、紫のアネモネの花に、かすみ草のアクセント。とても可愛らしい花束です。
最初のコメントを投稿しよう!