アネモネの花束と満月

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『本体は...こちらです。あ、靴は脱いでください...』  律儀に靴を脱ぎ窓枠に置いた課長は、室内に両足をつけ、『そこです』と指した私の指先を目で追いました。  そこにはシングルベッドに仰向けで眠る本体の私がいます。  すると課長は青ざめたような表情で私へ振り向きました。 「山瀬お前...。死んだんじゃないよな...?」 『えっ』 「これっ!罪滅ぼしの為に死んだってオチだったら、冗談じゃないぞっ!」  課長の目に涙が滲んでいるように見えるのは、幻覚か何かでしょうか。  呆然としてしまいましたが、すぐに誤解を解きます。 『いえ、あの、生きてますよ。眠ってるだけです』 「...眠ってる?...この格好で?」 『今夜はその...、たまたま』  切腹前の武士のような覚悟を持ちたくて選んだのですが、自分でも死体に見えてしまったので「紛らわしいな...」と呆れたような口調で呟いた課長に同感し、そして申し訳なくなりました。 「まあ、死んでないならいいんだ...。それで、どう起こせばいいんだ?」 『そうですね...。多分、体を揺するとか、冷水をかけたり、鼻を摘まんだりすればいいと思います』 「そうか」  課長は少し緊張したような面持ちで本体の横に行き、床に膝をつけました。  そのまま本体の私の顔を覗き込む姿に、急に心拍が上がってきます。  不思議な気分です。  課長が私を見つめているのを、私が傍観しているなんて。  しかも、顔が近いんじゃないですか課長!? 「山瀬。起きろ」  トントン、と肩を叩きますが、本体は熟睡しているようで何の反応も返ってきません。
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