抱擁の満月

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 間抜けな顔でもしていたのではと不安になっていましたが、課長はそのうち問いに答えてくれました。 「そうだな、タイプか。痩せすぎず太すぎず。優しくて聞き上手、かな」  全部私自身にチェックがつきました。  はい、優しいももちろんチェックです。私は虫も殺せませんしご年配の方に席を譲ります。そして聞き上手です。課長の口から出てくる話なら、永遠に飽きずに聞いていられます!  課長のタイプの女性が自分でもなんとか合うことが嬉しくて舞い上がってしまいます。 「あ。あともう一つ。嘘をつかない人」  浮かれていた私に砲丸投げ選手が投げた砲丸が胸を直撃したような衝撃を覚えました。 「全ての嘘が許せないわけではないんだけど。自分の得の為だけに相手を騙すような嘘は嫌だな。やっぱ正直な人に惹かれる」 『ですよね...』  ひきつった笑みで同意しましたが、砲丸を受けた胸が痛くて痛くて仕方がありません。  私は課長を騙しています。今この瞬間も。  本当は同じ勤務先の山瀬すみれなのに、若くして死んだ幽霊だと偽り、そして課長はそれを信じきっています。  私の正体を話してしまったら、他人の家に不法侵入し私生活を覗いてきたヤバイ女であることと、課長を騙し続けていることが知られてしまいます。そんなことしたら、一生毛嫌いされますし、気持ち悪がられます。  そんなの耐えられません。  ですから騙し続けていますが、嘘を重ね続けた私は課長の嫌いなタイプに成り下がっていたんです。いや、家に侵入した時点でくそ嫌いでヤベェ女に成り果ててはいると思いますが。  とにかく、私は課長の前で正直な人間になれません。一生、課長の好きなタイプの女にはなれないんです。  唇が震えるのを抑えたくて下唇を噛めば、課長が俯く私に気づきました。 「どした!?」  ピン留めでおでこ全開にしていますから、俯いたところで泣き顔は公開されていました。
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