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未以子は今日、どうしても見たいテレビ番組があるそうだ。だけど、録画はする程でもないし、普通に帰れば十分に間に合うしということで、録画予約はしていない。雨宿りをして帰っていたのでは番組に間に合わず、見ることができなくなるかもしれない。
ということは避けたい未以子には先程、雨が止むまで待ってから帰るという選択肢はなかったそうだ。
「いやー、ほんとに助かったよ。来見が折り畳み、持ってなかったら、ずぶ濡れで帰らなきゃならないところだった。」
私と同じ傘に入った未以子は、横でそう言ってニコニコと笑っている。
「あんたは、もしもの時の対策がなってないのよ。折り畳みを持ってきておくか、録画予約をしておくか。」
「えー、だって、折り畳み重いしさ。テレビも一回見たらいいし。」
私の言葉に、未以子は少しだけ唇を尖らせながら此方を見てくる。そんなふて腐れた顔にすら少し胸が高鳴ってしまって、自分のチョロさに頭を抱えたくなってしまう。
と思っていたら、ふいに未以子が真面目な顔をした。あまり見ない表情に不覚にも胸がざわめいてしまっている間に、肩にぬくもりを感じた。未以子の顔が、私の顔のすぐそばにある。私の好きな柑橘系の爽やかな未以子香りが肺に侵入してくる。身体中の熱が、全て顔に集まってくるのを感じた。
「な、なによ。」
声が完全に裏返っている。顔が熱い。心臓の音がばくばくばくとあり得ないぐらいに聞こえる。これはまずい。これじゃ、未以子に聞こえてしまう。
「あ、ごめんね。来見、肩濡れてたから。こっちに傘傾けてくれて、自分が濡れちゃってるんだよ。だから、こうしてくっつけば、二人とも濡れないかなって。」
未以子はそう、いつもの人懐っこい笑顔で言った。その顔のまま、未以子は続ける。
「ほんと、来見は優しいよね。そういうところも、だいすき。」
羽のように軽い未以子の言葉は、私をまた、簡単に喜ばせる。そして、少しだけ切なくさせる。
私の『だいすき』はどう足掻いても彼女の『だいすき』とは比べられない程に重くて、厄介なものだから。
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